第21話 兼務はつらいよ その2
「再建会議」
ニューヨーク 北米総本部。
会議室の扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように静まり返った。
長い楕円形のテーブルには、レイエス副本部長をはじめ、主要部門の幹部たちが並んでいる。
フェンが席につくと、レイエスが資料を開いた。
◆現状報告と暫定改革案
「総本部長、まずは現状のご説明を」
レイエスの声は落ち着いていたが、資料の数字は容赦なかった。
「売上は前期比28%減。
顧客離れは深刻で、特にクロウリー氏と関係の深かった企業は、ほぼ全てが契約更新を保留しています」
総務部長が続ける。
「内部統制は形骸化し、社員の士気は低下。
離職希望者も増えています」
ゴンタが小声で囁く。
「フェン、これ……廃墟の再建だよ」
フェンは目だけで制し、資料を閉じた。
「……よくまとめてくれました。
でも、私は方向性を変えます」
会議室の空気が変わる。
「売上や利益を、今すぐ追いかけるつもりはありません。
数字は結果です。
今の北米総本部に必要なのは――信頼です」
幹部たちが息を呑む。
「失った顧客を取り戻すこと。
そして、社員が胸を張って働ける環境を作ること。
この二つが整えば、数字は自然とついてきます」
レイエスが深く頷いた。
ハリス技術部長が、別の資料を差し出した。
「総本部長。
クロウリー前総本部長の指示で、複数の顧客に他社システムをODMで提供しています」
フェンが眉をひそめる。
「ODM……?
設計まで外部に任せるなんて?」
「はい。
ODMは、設計から製造まで受託側が担う方式です。
つまり―― サイファー・ネクサス(Cipher Nexus)社の開発した
ドミニオン・ゲート(Dominion Gate)
というネットワークと自社内システムの監視・制御システムを我が社の製品として顧客に提供したということです」
会議室がざわめく。
「問題は、すでに異常ログが複数の顧客から上がっています」
レイエスが低く呟く。
「……クロウリーの経営判断です」
「どういうことなの?我が社(Paradox Logistics )が自社製造のシステムではなく、他社のシステムをODMする理由は?」
「はい、ご説明します」
ハリス技術部長が語り出した。
三ヶ月前、クロウリー総本部長が、レイエス副本部長とハリス技術部長を呼び、サイファー・ネクサス(Cipher Nexus)社の開発したドミニオン・ゲート(Dominion Gate)を、自社製品として顧客に提供すると宣言した。
しかも、ODM(Original Design Manufacturing)での提供というのだ。
注:ODMとは「Original Design Manufacturing」の略で、他社ブランドの製品を企画・設計から製造までを一貫して請け負う形態(または企業)を指します。依頼側は自社で開発部門を持たなくても、ブランド名をつけるだけで高品質なオリジナル商品を販売できます。
◆北米総本部・総本部長室
重厚な扉が閉まると、空気が一気に重くなる。
レイエス副本部長はハリス技術部長を伴い、
クロウリーの前に立った。
クロウリーは椅子に深く腰掛け、
書類をめくりながら言った。
ハリスは一歩前に出る。
その声は抑えていたが、怒りが滲んでいた。
「総本部長。
なぜ自社開発のセンチネル( Sentinel )を採用せず、
サイファーネクサス(Cipher Nexus )社の ドミニオン・ゲート(Dominion Gate )を顧客に提供するのですか?」
クロウリーは書類を閉じ、
ゆっくりと顔を上げた。
「ハリス。
君たちのシステムは――
いつ完成するんだ?」
ハリス
「……それは、現在最終段階で――」
クロウリーは机を叩いた。
「最終段階?
そんな言葉は聞き飽きた!」
ハリスが思わず肩を震わせる。
クロウリーは続けた。
「開発費用は膨れ上がる一方だ。
今期の売上目標に、
君たちの“金食い虫”のシステムは間に合うのか?」
レイエス副本部長
「しかし、ドミニオン・ゲートには未知の危険性があると技術部より報告されています」
クロウリー
「危険?
そんなものはサイファーネクサス社が、随時改善していくさ!」
レイエスとハリスは、言葉に詰まる。
「……っ」
クロウリーは椅子から立ち上がり、
二人に歩み寄った。
「ドミニオン・ゲートはすぐに提供できる。
ODM調達費用は、
技術部の開発費の 3 分の 2 以下 だ」
ハリス
「しかし、我々の センチネルは――」
クロウリー
「なら見せてみろ!」
部屋の空気が凍りつく。
クロウリー
「今すぐ、この場で、
君たちの“高品質で廉価なシステム”とやらを
動かして見せてみろ!
できるなら採用してやる!」
レイエスは言葉を失った。
ハリスは拳を握りしめ、唇を噛む。
だが――
今は何も言えない。
ハリス
「……申し訳ありません。
現段階では、ここでお見せできる状態では……」
クロウリーは鼻で笑った。
「ほら見ろ。
使えないシステムに金を注ぎ込む余裕はない。
ドミニオン・ゲートを採用する。
以上だ」
レイエスとハリスは深く頭を下げるしかなかった。
ハリスは悔しさで震えながら、
クロウリーの視線を避けた。
「退室しろ。
次は“結果”を持ってこい」
二人は静かに部屋を出た。
扉が閉まった瞬間、
ハリスは小さく呟いた。
「……悔しい……」
レイエスは肩に手を置いた。
「ハリス……
君は正しい。
だが、今は……どうにもならん」
二人は、
クロウリーの“支配の影”に押し潰されるように
廊下を歩き去った。
◆エイダンの存在とセンチネル
ハリス技術部長が続ける。
「以上がクロウリー前総本部長との話です」
フェン
「我が社のセンチネルというのは?
それはまだ完成していなかったのね?」
「はい、
クロウリー氏の甥、エイダン・クロウリーが中心になって開発した
センチネルというネットワーク防衛システムですが、その当時は最終工程の総合試験前でした。現在はエイデンのチームが最終調整をほぼ終えています」
フェンが目を細める。
「センチネル……守護者ね」
「ハリス技術部長、どうしてそのドミニオン・ゲートが危険だとわかったの?」
「はい。
エイデンが、ドミニオン・ゲートの受け入れ試験中に危険性を見抜き、私たちに警告しました。
ドミニオン・ゲートは、表向きはセキュリティ強化ツールですが、
実態は“外部からの支配”を可能にする危険なプログラムです。
しかしクロウリー氏は聞き入れず、彼を冷遇しました」
ゴンタが呟く。
「フェン、エイダンくん……絶対すごい子だよ」
フェンは小さく笑った。
◆フェンの決断
フェンは立ち上がり、会議室を見渡した。
「北米総本部の再生は、
“信頼の回復”と“新しい価値の創造”の二本柱で進めます」
「ドミニオン・ゲートを導入した顧客には、
センチネルが完成次第、無償で試用提供します。
我々の誠意を示し、関係を正常化するために」
レイエスが深く頷く。
「総本部長……全力で支えます」
ゴンタが小声で囁く。
「フェン、なんか……本当に総本部長っぽいよ」
フェンはため息をついた。
「仕事が増えるだけよ」
会議室に、わずかな笑いが生まれた。
*解説します。
ODMは、Original Design Manufacturingの略語で、受託側が商品の設計から製造までを担う形態です。
OEMは委託側が主導権を握る傾向がありますが、ODMの場合は、主導権が委託側と受託側で同等、もしくは受託側にあるといえるでしょう。技術レベルは、委託側と受託側が同程度、もしくは受託側のほうが高いのが一般的です。
つまり、フェンの会社Paradox Logistics社が、自社製品としてサイファー・ネクサス社の開発したドミニオン・ゲートを販売するということです。
◆フェンのオフィス・深夜
北米本部の夜は静かだった。
フェンは机に広げた資料を見つめ、眉をひそめる。
「……どう考えても、おかしい」
ノックもなく、
ソフィアが影のように現れた。
「お呼びでしょうか、フェン様」
「ソフィア。
クロウリー前総本部長の動き、調べてほしい」
ソフィアは微動だにしない。
「対象の範囲は?」
「三つ。
・ドミニオン・ゲート導入企業との接触記録
・サイファー・ネクサス社との金銭・情報の流れ
・クロウリーがセンチネルを拒否した理由」
ソフィアの瞳がわずかに光る。
「……危険な任務になります」
フェンは静かに言った。
「わかってる。
でも、放置できない。
この戦いの裏に、何かがある」
ソフィアは深く頭を下げた。
「承知しました。
“影”に潜ります」
「ソフィア。
……必ず戻ってきて」
ソフィアは微笑んだ。
「フェン様の命令なら、必ず」
そして、
ソフィアの姿は音もなく消えた。
◆その三日後、北米本部・フェンのオフィス
深夜。
部屋には緊張した空気が漂っていた。
フェンは机に広げた資料を見つめ、
眉間に深い皺を刻んでいた。
ソフィアの報告を聞いていた。
ソフィアは一歩前に進み、
暗号化デバイスを机に置いた。
「フェン様。
これは“過去の真実”です。
クロウリー前総本部長が失脚する前、
サイファー・ネクサス社(サイバー空間の“王国”)のCEO兼開発総責任者の
通称ジョーカー、アドリアン・サイファー博士(Dr. Adrian Cipher) (サイバー空間の支配者)と “直接取引”していた証拠を掴みました」
フェンの目が鋭くなる。
「……やっぱり」
ソフィアは淡々と報告を続けた。
「まず、クロウリーの秘密口座。
そこには、サイファー・ネクサス社からの送金が
定期的に入っていました。
時期は、ドミニオン・ゲートの試験導入が始まる直前です」
「……金で買われていたのね」
「それだけではありません。
ドミニオン・ゲートを導入した顧客企業のデータが、
“裏口”を通じてサイファー・ネクサス社に流れていました。
これは、クロウリーが失脚する前のログです」
「顧客データの横流し……
それをクロウリーが黙認していた?」
ソフィアは首を横に振る。
「黙認ではありません。
積極的に協力していました。
こちらをご覧ください」
フェンは、パソコンにソフィアの暗号デバイスを接続し、
画面に映し出された暗号通信ログを見て息を呑む。
そこには――
クロウリーとジョーカーの“過去の密談”の記録
が残っていた。
「……これが、彼が失脚する前の“裏側”……」
「はい。
フェン様、これは“背任”です。
敵は外だけではありません。
内側にもいました」
フェンは深く息を吸い、
静かに頷いた。
「……ありがとう、ソフィア。
あなたがいなければ、真実に辿り着けなかった」
ソフィアは微笑んだ。
「フェン様のためなら、影に潜るのは当然です」
◆クロウリーとジョーカーの密談(過去)
「支配の契約」
※ソフィアが復元した“過去ログ”の内容です。
壁一面にモニターが並び、
赤いコードが流れている。
これは、
クロウリーが失脚する“数ヶ月前”の記録だ。
クロウリーは椅子に座り、
落ち着かない様子で指を組んでいた。
「……本当に、これでいいのか?」
モニターの中央に、
“仮面のような顔”が浮かび上がる。
ジョーカー:Dr. Adrian Cipher (サイバー空間の支配者)。
声は歪み、
しかしどこか愉快そうだった。
『クロウリー。
あなたは“王”になりたいのだろう?』
「……ああ。
北米総本部は私のものだ。
レイエスやハリスのような理想主義者に邪魔されてたまるか」
ジョーカーは笑った。
『センチネルは透明すぎる。
あなたの“計画”には向かない』
「だから、ドミニオン・ゲートを使う。
顧客のデータも、行動も、意思決定も……
すべて私の掌の上だ」
『その通り。
あなたは“支配者”になれる。
ただし――』
「……ただし?」
『あなたの王国は、
私の“庭”の中にある』
クロウリーは一瞬だけ怯えたが、
すぐに笑った。
「構わん。
私が支配できるなら、それでいい」
『なら契約成立だ。
ドミニオン・ゲートをODMとして広めろ。
顧客のデータはすべて私に流れる』
「見返りは?」
『あなたの望む“権力”を与えよう。
ただし――
裏切れば、あなたの存在を消す』
クロウリーは喉を鳴らした。
「……わかった。
センチネルは葬る。
ドミニオン・ゲートを広める」
『良い子だ。
では――
“支配のゲーム”を始めよう』
赤い光がクロウリーの顔を照らし、
その目はすでに“人間の目”ではなかった。




