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皮肉屋監査官 Fen (フェン)と異能の相棒  作者: Silvertiger
第22話 兼務はつらいよ その3

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22/29

第22話 兼務はつらいよ その3

境界を越える者」


 エイデンの地下研究室。


 フェン、ゴンタ、そして技術開発責任者のハリスは、

 北米総本部の地下へと続くエレベーターに乗り込んだ。


 階数表示は、地上階を過ぎると数字ではなく

「B-α」「B-β」と記号に変わる。


 ゴンタが首をかしげる。

「フェン……ここ、なんか秘密基地みたいだよ」


「実際そうよ。

 エイデン・クロウリーの研究室は、前本部長が“隔離”していた場所だそうよ」


 ハリスは苦笑した。

「彼は天才ですが……扱いづらいところもありましてね。

 ただ、センチネルに関しては誰よりも情熱を持っています」


 エレベーターが止まり、重い扉が開いた。


 廊下は薄暗く、壁には配線がむき出しになっている。

 奥の部屋だけが、青白い光を放っていた。

 低い機械音が床を震わせていた。


 ハリスがノックする。

「エイデン、フェン総本部長がお越しだ」


 返事はない。

 代わりに、扉が自動で開いた。

 壁際に置いている数台の簡易ベッドにエイデンのチーム・メンバーが眠っていた。

 部屋の中央には巨大な湾曲モニターが鎮座している。

 その前に、黒いパーカー姿の青年が座っていた。



 髪は無造作、鳥の巣状態、目の下には薄いクマ。

 だが、その瞳は異様なほど澄んでいる。


 エイデン・クロウリー。


 彼は振り返らずに言った。

「……来るのが遅いよ。

 センチネルの最終試験、もう終わってるのに」


 フェンが眉を上げる。

「初めまして、エイデン。フェン・ワイルドよ」


 エイデンはようやく振り返り、フェンを一瞥した。


「あなたが……叔父のアレクサンダーを追い出した人ですか。

 なら、話は早い」



 ◆ ゴンタの“いつもの”差し入れ


 ゴンタが突然コーヒーとドーナツを取り出し、散らかったテーブルの書類を避けて置いていく。


「さあ、休憩したらどうだい、コーヒータイムだよ」


 フェンは慣れた様子でコーヒーカップをとる。


 エイデンとハリスは固まる。


 エイデン

「……物理法則を無視してる……」


 ゴンタ

「え? ただの差し入れだよ?」


 フェン

「彼、こういうことができるのよ。今日のドーナツは、チョコレートね」


 エイデンは困惑しながらも、興味を抑えきれない。


「エイデン。

 あなたが見つけた“ドミニオン・ゲートの危険性”を、

 私に説明して」

 フェンは指についたチョコレートを舐めながら言った。


 エイデンは一瞬だけ目を伏せ、

 そして静かに頷いた。


「……はい。

 ずっと言いたかったんだ」


 彼はモニターを操作し、

 ドミニオン・ゲートのコードを映し出した。



 ◆ エイデンの説明:ドミニオン・ゲートの危険性


 エイデン

「まず、これを見てください。

 ここに“空白”がある。

 普通のシステムには絶対に存在しない、

 意図的に消された領域です」


 フェン

「……裏口?」


 エイデン

「はい。

 しかも、誰が見ても不自然なほど綺麗に消されてる。

 “隠すための空白”ですよ」


 次に、エイデンはログ画面を開いた。

「これが表のログ。

 そして……これが裏のログ」


 フェン

「……二重構造……?」


 エイデン

「裏のログは、

 サイファー・ネクサス社にデータを送っていた。

 顧客の行動、意思決定、内部データ……

 全部です」


 フェンは息を呑んだ。


 エイデン

「そして、これが一番危険な部分。

 ドミニオン・ゲートは“守るための予測”じゃない。

 “支配するための予測”をしています」


 フェン

「支配……?」


 エイデン

「顧客の行動を誘導し、

 意思決定を操作し、

 最終的には“依存させる”。

 これはセキュリティシステムじゃないです。

 “支配システム”です」


 フェンの表情が固まる。



 ◆センチネルの性能説明


 エイデンは別の画面を開いた。

「対して、センチネルは違います。

 透明性が高く、

 ログは完全に残り、

 意思決定の理由も可視化されます。

 顧客を“守る”ためのシステムです」


 フェン

「……だからクロウリーはセンチネルを嫌ったのね」


 エイデン

「はい。

 センチネルは“嘘をつけない”。

 だから、彼の計画には邪魔だったと思います」


 フェンは深く息を吸い、

 静かに言った。


「エイデン。

 あなたの報告は正しかった。

 今度は私が守る番よ」


 エイデンは少し笑った。

「……ありがとうございます、フェン・ワイルド総本部長」



 ◆センチネル の“人型データ”が動き出す


 コーヒーを飲み、ドーナツを齧りながら、エイデンがモニターを操作する。

 サイバー空間のデータが 人の形をした光の影 として現れた。

 青い影は穏やかに巡回し、

 黄色い影は落ち着きなく揺れ、

 赤い影は威圧するように脈打つ。


 ゴンタ

「フェン! これすごいな!

 まるで映画みたい!」


 フェン

「あなた、映画館でも騒ぐわね」


 エイデンはゴンタの反応に驚く。


 エイデン

「……君、これが“何を表しているか”わかるのか?」


 ゴンタ

「なんとなくね。

 青いのは優しい、黄色は落ち着かない、赤は怒ってる」


 エイデンは息を呑む。

「……直感でそこまで読める人間は珍しい」



 ◆ドミニオン・ゲート の影


 エイデンは別の画面を開く。

 赤黒い“人型データ”がじわじわと増えている。


 エイデン

「これが ドミニオン・ゲート の“前兆”です。

 まだ攻撃ではないが……赤い影が増えている」


 ゴンタ

「なんか……嫌な感じだね」


 フェン

「センチネルで監視を強化するのね?」


 エイデン

「はい。センチネルは“見張る”ことが得意です」


 フェン

「エイデン、センチネルを顧客に無償試用で提供するわ。

 ドミニオン・ゲート の挙動を可視化するために」


 エイデン

「いい判断です。

 センチネルは“真実を見せる”ためのシステムですよ」


 ゴンタ

「僕も手伝う。

 センチネルと仲良くなれそうだな」


 エイデンは微笑む。

「……君、本当に変わってるね。

 でも嫌いじゃない」



 フェンは二人を見て、静かに言った。

「このセンチネルは、サイファー・ネクサス と戦えるかもしれない」




 ◆ 「信頼回復」


 フェンはレイエス副本部長とゴンタを連れ、ドミニオン・ゲート を導入した企業を次々に訪問した。


 その一つ、北米有数の金融機関の応接室で、フェン達はCIO(最高情報責任者)と面談していた。


 大手金融企業のCIOは、フェン達に冷たい視線を向けた。

「あなた方の前本部長が“安全だ”と言うから導入したのです。

 しかし最近、説明のつかない事象が増えています」


 フェンが静かに聞き返す。

「説明のつかない事象……?」


 CIOは資料を示す。

「ログの一部が欠損している。

 外部通信量が増えている。

 設定が書き換えられた痕跡もある。

 だが、決定的な証拠はない。

 だからこそ不気味なのです」


 フェンは深く頷く。

「……ご不安はもっともです。

 ――だからこそ、我々は“証拠が出る前に”動く必要があるのです」


 CIOは続ける。

「現時点では“重大な障害”とは言いません。

 「……しかし、このままでは取引先顧客情報の安全を保証できない。

 監査法人にも説明がつきません。

 規制当局に提出するレポートの整合性が崩れれば、……我々の責任問題になります。

 Paradox Logistics社 の責任は重大ですよ」


「申し訳ありません。ご指摘の現象につきましては早急に対案をご提示します」


 CIO

「……ドミニオン・ゲート の不具合は確かに気になりますが、

 あれはあれで、うちのセキュリティに貢献している。

 完全に止めるわけにはいきません」


 フェン

「承知しています。

 ドミニオン・ゲート は“表向きの性能”だけ見れば優秀です。

 だからこそ、御社が使い続けている理由も理解しています」


 CIO

「では、あなた方は何を提案するのですか?」


 フェンは資料を一枚置いた。

「――センチネル。

 我々が開発した“守護者”です」


 CIO

「新しいシステムを導入しろと?」


 フェンは首を振った。


「いいえ。

 ドミニオン・ゲート を止める必要はありません。

 センチネル は“外側からの安全レイヤー”として稼働します。

 御社の環境には一切手を加えません。

 センチネル は透明な監査証跡を提供し、 御社の内部統制プロセスを阻害しません。

 無償の試用期間を設け、ご利用いただきます」


 CIO

「外側から、無償で……?」


 フェンは続けた。

「センチネル は、ドミニオン・ゲート の“挙動そのもの”を監視します。

 設定変更、外部通信、ログ欠損――

 それらが“正常範囲かどうか”を判定し、

 異常があれば即座に通知します。

 ドミニオン・ゲート のメリットはそのままに、

 危険性だけをセンチネルが補完します。

 異常な挙動を検知した瞬間に遮断し、

 透明なログを御社に提供します」


 CIO

「……つまり、

 ドミニオン・ゲート の“弱点だけ”を補強するわけですか」


 フェン

「その通りです。

 センチネル は攻撃しません。

 ただ“守る”だけです」


「そして、

 まずは信頼を取り戻すことが先ですから」


 CIOは深く頷いた。

「……分りました。……試用だけなら受けましょう。

 ――ただし、我々は甘くありませんよ。

 あなた方のの誠意を見せてもらいましょう」


 フェン

「ありがとうございます。

 必ず結果でお返しします」



 ◆ 北米総本部長執務室


 フェン達は、顧客との面談を終え北米総本部に戻った。

 レイエス副本部長は、フェンに頭を下げる。


「総本部長、ありがとうございます。これで北米総本部は救われます」


「まだまだですよ。他の顧客にもセンチネルの導入を進めないといけません。レイエスさん、急いでください」


「承知しました。各部の幹部に総本部長の方針を徹底させ、顧客対応を進めます」

 レイエス副本部長は、足早に幹部達へ指示に動く。


 ゴンタが小声で囁く。

「フェン、外交官みたい」


 フェンは肩をすくめた。

「仕事よ」


 ――その声には、わずかな疲労と、それ以上の覚悟が滲んでいた。



 ◆センチネルの先進性


 フェンたちが顧客企業を回る間、

 エイダンはセンチネルのデモを準備していた。


「センチネルは、侵入される前に“悪意”を検知します」


 フェンが首をかしげる。


「悪意を……どうやって?」


「ドミニオン・ゲート のコードには、攻撃者の“準備動作”が刻まれています。

 センチネルはそれを学習し、攻撃が始まる前に遮断するんです」


 ゴンタが目を丸くする。

「つまり……殴られる前に、殴る気配を読むってこと?」


「そう。

 そして、相手が拳を握った瞬間に腕を押さえる」


 フェンは感心したように息をつく。



 ◆ ドミニオン・ゲート の反撃 ― 赤いノイズ


 センチネル の試用が始まると、

 ドミニオン・ゲート を導入した企業のネットワークで異常が発生した。

 センチネル の画面に赤い波形が走る。


「来た……ドミニオン・ゲート が外部から指令を受けてる!」


 ゴンタがフェンを見る。

「フェン、これ……ジョーカーの仕業だよ」


 フェンは静かに頷いた。

「センチネル、対応を開始して」

 青い人形(Commander:コマンダー)が赤を押し返す。



 ◆ゴンタ、静かなるダイブ「境界を越える者」


 センチネル のモニターには、

 赤い“人型データ”がじわじわと増え続けていた。

 それらを迎えうつコマンダー(Commander)は、青い光の中で静かに立ち尽くしている。


 その姿は、戦場の風をまとった兵士のように揺るぎない。

 エイデンは歯を食いしばった。


「……ダメだ。

 センチネルの防御アルゴリズムじゃ、赤の侵食速度に追いつかない。

 コマンダーも戦術は持っているけど、実戦データが足りない」


 フェンが低く問う。


「アップデートは?」


「時間が足りません。

 センチネルは“守る”ことはできても、

 “戦う”経験がないんだ」


 ゴンタは黙ってモニターを見つめていた。

 その横顔は、いつもの軽さを完全に消している。


「……青い人形、コマンダーは、ひとりで戦っているんだね」


 フェンがゴンタを見る。


「あなた、コマンダーの気持ちがわかるの?」


 ゴンタは小さく笑った。


「わかるよ。

 あの目は、“誰かを守るために自分を削っている人”の目だ。

 僕は……そういう人を放っておけない」


 コマンダーの影が、わずかに揺れた。

 まるでゴンタの言葉に反応したかのように。


 エイデンが息を呑む。


「……ゴンタ、君……」


 ゴンタはフェンの方へ向き直った。


「フェン。

 僕、行ってくる」


 フェンの表情が固まる。

「……どこへ?」


 ゴンタはモニターの青い光を指差した。


「センチネルの中さ。

 サイバー空間へ」


 ハリスが叫ぶ。

「そんなことができるわけ――」


 フェンは静かに言った。

「……できるのよ。

 彼は、そういう人だから」


 ゴンタは軽く笑った。

「フェンが言うと説得力あるね」


 そして、ゴンタはエイデンに向き直る。

「エイデン。

 センチネルは優しい。

 でも、戦い方を知らない。

 コマンダーは強いけど、孤独だ。

 だったら、僕が行って……彼らに“戦い方”を教えてくる」


 エイデンは震える声で言った。

「……君が行けば、センチネルは進化するかもしれない。

 でも、戻ってこられる保証は――」


 ゴンタは静かに遮った。

「戻るよ。

 フェンが待ってるから」


 フェンは息を呑んだ。


 ゴンタはモニターの前に立ち、

 青い光に手を伸ばした。


 その瞬間――

 光が“水面”のように揺れ、ゴンタの指先を飲み込んだ。


 エイデンが驚愕する。

「……境界を……越えてる……?

 物理じゃない……概念のレイヤーを……!」


 ゴンタは振り返り、フェンに微笑んだ。


「行ってくる。

 すぐ戻るよ」


 フェンは静かに頷いた。

 フェンは、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 だが、止める言葉は出てこなかった。


「……必ず」


 ゴンタは青い光の中へ一歩踏み出した。


 足が沈む。

 身体が溶ける。

 境界がほどける。

 世界が“概念”として再構築され、

 ゴンタはその中心へ吸い込まれていった。


 コマンダーの影が、

 まるで迎えに来たかのように手を伸ばす。


 次の瞬間――

 ゴンタの姿は光に溶け、

 サイバー空間へと転移した。






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