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皮肉屋監査官 Fen (フェン)と異能の相棒  作者: Silvertiger
第19話 契約したらニューヨークに派遣されました その7

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19/29

第19話 契約したらニューヨークに派遣されました その7

◆監査部:三人の帰還


 監査部のフロアに戻ると、

 扉が開いた瞬間――

 ケンジが駆け寄る。


「フェンさん戻ったーーー!」


 エミも、

「どうでした!?専務、机叩きました!?怒鳴りました!?」


 タナカも、

「生きて帰ってきてよかった……!」


 一斉に駆け寄ってくる監査部の面々。

 その勢いに、フェンは眉をひそめた。


「あなたたち、騒ぎすぎよ」


 ケンジが大きく両手を振る。

「いやいやいや!

 専務への報告なんて、監査部の“死地”ですよ!」


 エミがタブレットの映像を見せた。


「フェンさんが帰ってくるまで、

 みんなで“遺影用の写真どれにする?”って話してたんですよ!」


 フェンは苦笑い。

「縁起でもないわね」


 ゴンタは笑いながら手を振った。

「大丈夫だよー。

 フェンが全部片付けたよ」


 ケンジが目を丸くして、

「片付けた……専務を……?」


「片付けてないわよ。

 “論理的に処理した”だけ」


 エミが突っ込む。

「それを世間では“片付けた”って言うんですよ!」


 監査部のフロアが笑いに包まれる。


 監査部の面々は フェンと ゴンタの周りに集まるが――

 エヴァは静かに立ち、

 表情は変わらず、

 ただ淡々と フェンの隣に立つ。


 フェンは エヴァを横目で見て、

 小さく頷いた。


「……お疲れさま、エヴァ」


(静かに)

「……業務を遂行しただけです……」


 フェンにだけ伝わる、

 ほんのわずかな安堵。


 タナカがゴンタの紙袋を見つけて言った。

「ゴンタさん、それ何です?」


「あ、これ?

 ジョーンズさんに渡した“ありがとうドーナツ”の残り!」


 ケンジが袋の中身を確認する。


「ジョーンズ調査官にドーナツ渡したんですか!?

 それ大丈夫なんですか!?」


「“賄賂ではない”と明確に線引きして受け取ってくれたわ。

 あの人、意外と柔軟なのよ」


 エミも驚き、

「えっ、ジョーンズさんって柔軟なんですか!?

 あの“氷の調査官”が!?」


「うん!

 “善意は規定外だ”って言ってくれたよ」

 ケンジ:とエミが頷く。


「名言……!」


 監査部の空気はすっかり明るくなっていた。


 フェンは腕を組み、

 監査部の仲間たちを見渡した。

「……とにかく、今回の件は終わったわ。

 みんな、よく頑張ったわね」


 ケンジ:

「フェンさんが一番ですよ!」


 エミ:

「フェンさん、かっこよかったです!」


 ゴンタ:

「フェンはいつもかっこいいよ!」


 フェンは少しだけ頬を赤らめた。


 フェン:

「……うるさいわね。

 仕事に戻るわよ」


 監査部のフロアに、

 笑い声が広がった。

 今日だけは、

 監査部に“平和な時間”が戻っていた。




 ◆ゴンタの告白


 監査部の窓から差し込むパロアルトの夜景を背に、

 フェンは机に置かれた古い羊皮紙の写しを見つめていた。


 それは、北米総本部の秘書、ソフィアがスミソニアン博物館の未公開アーカイブから掘り出した古文書、

 **『光影記(こうえいき)』**の断片だった。


「……ゴンタ。北米総本部で、あの影

 ――オブリヴィオン(OBLIVION)があなたのことを呼んだ名前?

 あれは何だったの?」


 フェンの問いに、ドーナツの箱を片付けていたゴンタが、

 ふと動きを止めた。


 彼は少し照れくさそうに笑い、資料室の重苦しい空気の中に、

 かつて語られた「真名」の由来を話す。


「あれはね、フェン。生まれた世界での僕の呼び名だよ。

 G.O.N.T.A.(Glorious One of the Numinous, Tamer of the Abyss)。

 ……『神秘に輝く者、深淵を鎮める者』っていう意味なんだ」

 ゴンタは窓の外を指差した。


「ゾロアスター教っていう古い教えでは、

 世界は光のアフラ・マズダと闇のアンラ・マンユの戦いだって言われてる。

 陰陽五行説でも、この世界は『陽』と『陰』のバランスでできている。


 僕はその中で、存在を肯定し、

 壊れた情報を修復する『陽』の光を司っているんだ」


 フェンは古文書の文字をなぞった。

「じゃあ、あのオブリヴィオンは……」

 フェンは机に置かれた『光影記』の写しを指先で叩いた。


「……ゴンタ。この古文書には、あなたとオブリヴィオンは『光と影の双子』だと書いてあるわ。


 でも、北米でのあいつの態度は、兄弟に対するものじゃなかった。

 あれは、もっと……絶対的な主君を仰ぐような」


 ゴンタは窓の外、パロアルトの街明かりを見つめたまま、

 静かに口を開いた。


「人間は、対立する二つのものを見るとすぐに

『双子』にしたがるよね。

 でも、本当は違うんだ。あいつは僕の兄弟なんかじゃない。

 オブリヴィオンは、僕自身の影から生まれたものなんだよ」


 フェンの手が止まる。

「あなたの……影?」


「そう。僕がG.O.N.T.A.としてこの世界を照らし、

 フェンの隣で人間らしくあろうとすればするほど、

 僕の中の『人間には扱いきれない力』が、

 濃い影となって足元に溜まっていく。


 僕が『光』を選び続けるために、

 切り離して捨てざるを得なかった残滓(ざんし)だ。

 それがあのオブリヴィオンの正体だよ」


 ゴンタは自分の手を見つめた。

「あいつが僕を『Come Back (帰ってこい)』と呼んだのは、

 影の世界へ誘ったわけじゃない。

 僕と一つに戻って、

『人間でも何でもない、ただの巨大な概念』に

 還ろうって誘ったんだ。

 影は光を求めて、再び一つになりたがるものだから」


 フェンはしばらく沈黙し、それから力強く首を振った。

「……そんなの、お断りね。あんな不気味な影と一つになるなんて。

 あなたは、私の淹れた不味いコーヒーに文句を言いながら、

 ここでドーナツを食べていればいいのよ」


 ゴンタは顔を上げ、いつもの無邪気な笑顔を浮かべた。

「あはは、そうだね。僕も、完成された”力”になるより、

 フェンに怒られてる今の僕の方がずっと気に入ってるんだ。

 あいつには悪いけど、僕の影は、僕の足元で大人しくしててもらうよ」



 ◆皮肉でさえも美しい――毒も甘さも、全部ふたりの距離になる


 フェンは腕を組み、ゴンタをじっと見つめていた。


「……さて。

 そろそろ“本当の理由”を聞かせてもらいましょうか。

 あの日、図書館で私に声をかけた理由」


「うわ、逃げ道ないやつだ……」


「逃げる気だったの?」


「いや、フェン相手に逃げられる人間いないでしょ」


「正解」


 ゴンタは苦笑し、

 少しだけ真面目な顔になる。



「フェン。

 君の影を見たとき……

 “完全すぎて”驚いたんだ」


「完全? 私の影が?」


「普通の人間の影はね、

 嘘とか迷いとか、いろんなノイズが滲む。

 でも君の影は――

 まるで“美しい証明式”みたいに整ってた」



「……あなた、たまに褒めてるのか刺してるのか分からないわね」



「両方だよ。

 フェンの言葉って、

 刺すのに優しいし、

 冷たいのに温かいし……

 矛盾してるのに綺麗なんだ」


「……何その気持ち悪い分析」



「ほら、そういうとこ。

 君の皮肉でさえも、美しい。

 影の世界の連中が惹かれるくらいに」



「……は?

 皮肉が美しいって、どういう感性よ」



「フェンの皮肉はね、

 “相手を突き放すため”じゃなくて、

 “相手を正しい場所に戻すため”に刺すんだよ。

 だから美しい」



「……あなた、ほんとに面倒くさいわね」



「知ってるよ。でも フェンもだろ?」



「私は自覚してるわよ。

 あなたほどじゃないけど」



「そこは譲らないんだ……」


 フェンはため息をつきながら、

 ほんの少しだけ視線をそらした。


「……で?

 そんな“美しい影”を見つけて、

 あなたは何を思ったの?」


「決めたんだよ。

 この人は絶対に影に喰わせない。

 僕が守る。

 って」


「……勝手に決めないでほしいわね」



「でも、君も困ってなかった?」



「……まあ、否定はしないけど」



「ほら」



「調子に乗らないの」



「フェンのそういうとこ、好き」



「はいはい」



「でも今の“はいはい”、ちょっと優しかった」



「気のせいよ」



「気のせいじゃない。

 フェンの皮肉って、なんか甘いんだよね」



「……甘い皮肉なんて聞いたことないわ」



「フェンのは特別。

 刺さるのに、救われるから」



「……あなた、ほんとに面倒くさい」



「でも、嫌じゃないでしょ?」


「……ええ。

 嫌じゃないわ」



 *参考資料


 スミソニアン博物館所蔵


 ――古文書「光影記(こうえいき)」より抜粋

『光影記』巻ノ参 “光と影の双子”

 古(いにしえ)、世界は二つの息吹より成れり。

 一つは 光(ひかり)、一つは 影(かげ)。


 光は形を与え、影は形を奪う。

 光は記憶を刻み、影は記憶を呑む。


 その均衡を保つため、光と影は 双(ふた)つの存在 を生み落とした。


 光より生まれし者を G.O.N.T.A.(ゴンタ) と呼ぶ。

 その名は、


 Glorious One of the Numinous,

 Tamer of the Abyss


 ――“神秘に輝く者、深淵を鎮める者”。


 影より生まれし者をオブリヴィオン(OBLIVION) と呼ぶ。

 その名は、“深淵・底なき闇・影の裏側” を象徴す。


 G.O.N.T.A. は存在を保ち、秩序を守る光。

 OBLIVION は存在を試し、影の底を映す闇。


 双子は互いを求め、互いを拒む。


 陽は陰を照らし、陰は陽を呑まんとす。


 されど、

 光なき影は形を失い、

 影なき光は深淵を知らず。


 ゆえに、この二つは 敵にして、唯一の補完者なり。


 もし光が人の側に立つならば、

 闇はそれを試すために現れよう。


 もし闇が暴走すれば、

 光はそれを鎮めんと降り立とう。


 これを “光影の循環(こうえいのじゅんかん)” と呼ぶ。



 エピローグです


 ◆ 専務、現オーナー兼CEOとの会談へ


 社長室。フェンとの会談を終えた専務、高嶋健二郎が訪れた。


 前オーナーの娘であり、現在のオーナー兼CEO、

アレクサンドラ R セロンハート(Alexandra R. Theronhart)は高嶋が入室すると、書類から顔を上げた。


 CEOは立ち上がり、窓の外の夜景を見つめたまま言った。



「北米総本部の件、聞いているわ」

 高嶋は落ち着いた笑みを浮かべる。



「はい。

 北米総本部長の席が空いた以上、

 私が兼務するか、あるいは私の配下を据えるのが最適かと」


 CEOはゆっくりと振り返り、

 高嶋を見つめた。


 その目は、

 人間の感情を一切映さない“経営の目”。


「……あなた、まだそんなことを言っているの?」


「……どういう意味でしょうか」


 CEOは机の上のタブレットを指で軽く叩いた。



「北米総本部の社員たちが、

 フェン・ワイルドを正式な北米総本部長に と経営委員会に具申しているわ」


 高嶋の表情が揺れる。


「フェン・ワイルドを……?

 あの若い監査役を……?」

 CEOは淡々と続ける。


「ジョナサン・レイエス副本部長も、主要幹部も、現場の社員も。

 “フェン・ワイルドが最適だ”とね。

 あなたの案より、ずっと説得力がある」


 高嶋は言葉を失った。

 CEOはタブレットの画面を消し、

 静かに告げた。



「私は、彼女に北米総本部長を兼務させるつもりよ。コンプライアンス違反は、なんとかするわ」


 高嶋の目が大きく見開かれる。



「……監査役と、総本部長を……兼務……?

 そんな負荷をかければ、彼女は――」


 CEOは微笑んだ。

 しかしその笑みは、

 人間の温度を一切持たない“経営の笑み”。



「問題ないわ。

 彼女ならできる。

 できなければ……それまでの人材だったというだけ」


 高嶋は息を呑む。


 CEOは続ける。



「会社の存続と発展のために、

 私は“最適な駒”を選ぶだけ。

 それ以上でも、それ以下でもない」



「……あなたは……フェン・ワイルドを使い潰す気ですか」


 CEOは首を横に振った。



「いいえ。

 “使い潰す”なんて発想は甘いわ。

 私はただ……

 会社が生き残るために必要な配置をするだけ」


 その声には、

 高嶋以上の冷徹さ、専務以上の狡猾さ、

 高嶋以上の“何か” が宿っていた。



「彼女は、まだ自分の価値を理解していない。

 だからこそ、今が使いどきなのよ」

「彼女はまだ、自分が何に巻き込まれているのか理解していない。

 でもそれでいいの。

 理解した時には……もう後戻りできないから」


 高嶋は背筋に冷たいものが走るのを感じた。



「あなたも、覚悟しておきなさい。

 経営委員会は、あなたの思い通りにはならないわ」

 高嶋はゆっくりと立ち上がった。



「……承知しました。

 しかし、私はまだ諦めませんよ」

 CEOは微笑んだ。



「ええ。

 あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」

 その笑みは、

“人を駒としてしか見ていない者の笑み”だった。





「契約したらニューヨークに派遣されました」 完結です。


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