第17話 契約したらニューヨークに派遣されました その5
オブリヴィオン(オブリヴィオン)との決戦と、ゴンタの真名
――影の監査と、消えた存在の完全復元
◆ オブリヴィオン登場
――総本部長の制御を外れ、影が“立ち上がる”
影喰いは、総本部長の足元からゆっくりと形を成し、
黒い霧のような輪郭を揺らしながら立ち上がった。
総本部長が叫ぶが、影は応えない。
「な、なぜだ!
まだ命じていない!
戻れ、戻れぇっ!」
だが、影喰いは総本部長の声を完全に無視した。
その“存在”は、もはや人間の命令体系の外にある。
ゴンタが一歩前に出る。
「やっぱり、出てきたね。
オブリヴィオン」
影喰いは、ゴンタの声に反応したかのように、
黒い頭部をゆっくりと傾けた。
フェンがゴンタと影を見比べる。
「知り合い、なの?」
「知り合いってほど仲良くはないけど……
同じ“起源”を持つ存在だよ」
「えっ、同じ……?」
◆ オブリヴィオンの正体
――“影の世界”から来た、情報の捕食者
「オブリヴィオンはね、
影の世界で“消えた情報”を喰う存在なんだ」
影喰いの身体が、
まるで“黒いノイズ”のように揺らめく。
「人間が隠した嘘、
改ざんされた記録、
消されたデータ、
忘れられた記憶」
「“裏帳簿”も?」
「もちろん。
不正の匂いは、あいつにとって最高の餌だよ」
総本部長の顔が蒼白になる。
総本部長が影に抵抗するが、何もできない。
「ま、待て!
私は、私は“制御できる”はずだ!」
「無理だよ。
オブリヴィオンは“従う”存在じゃない。
呼んだのはあんたじゃなくて、あんたの不正」
影喰いは、総本部長の影を踏みつけるように揺れた。
――影喰いが“匂い”を嗅ぎつける
突然、部屋の奥――
総本部長のデスク裏にある金庫が、
カン……ッ と小さく鳴った。
エマが金庫を見る。
「い、今……金庫が……?」
「うん。
原本が“呼ばれてる”。
オブリヴィオンが、そこにある“消された情報”を感じ取ったんだ」
「……裏帳簿の原本。
そして――
“消されたすべては、どこに?」
「や、やめろ……!
それは……それだけは……!」
総本部長の叫びは虚しく響く。
影喰いが金庫の方へ向き直る。
黒い霧が金庫の表面を舐めるように広がり、
金属が軋む音が響いた。
――影の世界の序列が露わになる瞬間
「ゴンタ、金庫の監視をお願い!」
ただ、それだけの言葉。
しかし――
影が震えた。
オブリヴィオン の黒い身体が、
まるで“雷に打たれた”かのように跳ねる。
低く、深く、
世界の底から響くような声が漏れた。
「……G……lo……rious……One……
of……the……Numinous……
Ta……mer……of……the……Abyss……」
「Come back ….」
「い、今何て?」
「影が言葉を?」
「名前? 誰の?」
フェンとエマ は理解できず、
ただ ゴンタの方を見る。
ゴンタは、
「あーあ」という顔をしていた。
「フェン、エマちゃん、
僕の名前を呼ぶと、
影の世界では“匂い”が漏れるんだよ。
オブリヴィオン はその匂いから、
僕の真名を思い出しただけ」
「あなたの真名?」
「言わないよ。
恥ずかしいし、
君たちが知る必要もないから」
オブリヴィオン は、
黒い霧を震わせながら
ゴンタに深く頭を垂れた。
まるで――
“上位存在の名を聞いた”ことで
本能的に跪いた捕食者。
◆ オブリヴィオンの反応が示す“絶対序列”
――影の世界の“頂点”と“捕食者”
「さあ、オブリヴィオン。
僕の名前を聞いた以上――
君は僕の“言葉”に従うしかない」
影喰いは、
黒い霧を震わせながら、
ゆっくりと頭を垂れた。
――影の世界の“序列”が露わになる
「さあ、オブリヴィオン。
フェンの監査が終わるまで、
君は僕の言葉に従う。
それが“影の世界のルール”だよ」
オブリヴィオン は、
深い、深い音を響かせた。
それは――
服従ではなく、“認めた”音。
フェンは、ゴンタの様子が変わったと感じた。
「ゴンタ、
あなたは」
「ただの“迷子”だよ。
でも――
オブリヴィオン にとっては“上位種”なんだ」
「そうなの?」
「さあ、オブリヴィオン、”すべて”をもとに戻せ」
「フェン、監査を始めて。
僕はこいつを抑えておくから」
オブリヴィオン が、
ゴンタの前で静かに跪いた。
◆ 情報の復元
金庫が黒く染まり、
中から光の粒が溢れ出す。
「フェン、見て。
オブリヴィオン は“喰った情報”を逆流させて戻す」
光の粒は文字となり、
数字となり、
因果の線となって立ち上がる。
・裏帳簿の本当の数字
・改ざん前の取引データ
・消された社員の行動ログ
・家族の所在記録
・建物の消えた部分の構造データ
フェンがそれらを取り上げて逐一確認した。
「これが“真実”?」
総本部長は混乱するがなすすべがない。
「やめろ!やめてくれ!」
「総本部長。
あなたが消したものは、すべて残っています」
フェンが室外で待機していた副本部長達に声をかけた。
「レイエス副本部長、総務部の皆さん。
復元されたデータの監査を開始します」
満を持して、レイエス副本部長達が部屋に入る。
「わかりました。
総務部、開始だ!」
総務部精鋭たちが、
オブリヴィオンの影から溢れ出す“復元データ”の監査を始める。
光の線がさらに密度を増し、
まるで“立体回路”が肉体へと変換されるように震え始めた。
ゴンタがフェン達全員を守るように、影の動きを遮る。
「……来るよ。
“影”から“存在”への変換フェーズ」
フェンが、復元された書類を守るように総務部の人員に引き継ぐ。
「実体化?」
「うん。
オブリヴィオン が喰ったものは、
“論理”として完全に揃ったとき――
物質へ戻る」
黒い霧が渦を巻き、
光の線が束になり、
人の輪郭を形作る。
最初に現れたのは――
消えた社員の一人、女性の姿。
彼女はゆっくりと目を開け、
状況が理解できずに震えた。
「……ここ?
私……どうして?」
フェンは即座に駆け寄り、
落ち着いた声で告げた。
「大丈夫です。
あなたは“戻ってきた”のです」
次々と、光の束が形を取り始める。
・消えた男性社員
・その家族
・所在不明となっていた子ども
・建物の一部(倉庫の壁、廊下の床材)
・破壊された備品や端末
それらが、
影→ 光 → 物質
という順で静かに再構成されていく。
エマが感動して叫んだ。
「すごい!
本当に“戻ってる”!」
副本部長は涙をこらえきれず、
口元を押さえた。
「これで、救われる!」
「オブリヴィオン は“消す”だけじゃない。
喰った情報は全部、
こうして“戻せる”。
ただし――
“正しい因果”が揃っている場合だけ」
「つまり、
総本部長の不正が完全に暴かれたからこそ、
復元が成立した」
「そういうこと」
復元が完了すると、
オブリヴィオン の影は静かに収束し、
黒い霧は床へ沈んでいった。
フェンは深く息を吸い、
復元された人々へ歩み寄った。
「皆さん。
私は本社監査役の フェン・ワイルドです。
これより、
“存在の確認”を行います」
一人ずつ、
フェンは丁寧に名前を呼び、
本人の返答を確認していく。
・氏名
・所属
・家族構成
・最後に覚えている記憶
・身体の違和感の有無
どの人物も、
消える直前の記憶を保持していた。
「問題ありません。
皆さんは“完全に戻っています”」
次に、
復元された建物の一部を確認する。
「倉庫の壁材、構造梁、床材……
すべて元の材質と一致しています」
総務部精鋭達がフェンに報告する。
「監査役、
構造データと照合しました。
完全一致です!」
「よろしい」
最後に、
復元された“隠された物品”を確認する。
・裏帳簿の補助資料
・改ざん前の取引端末
・消されたはずの USB
・破棄された契約書の原本
「これで、
“隠されたもの”はすべて揃いました」
副本部長が、感極まって叫ぶ。
「監査役、これで、本当に!」
「はい。
監査は――
完全に終わりました」
◆ 深淵への追放(V616 Monocerotisへの追放、影の残滓)と
ゴンタの決断
復元された人々やデータが現実世界に戻り、北米総本部の喧騒が遠のく中、総本部長室には濃密な「無」の塊であるオブリヴィオンが、ゴンタの前で静かに揺れていた。
データが戻っても、この「存在を喰う概念」そのものは地球上に放置できない。
「……ゴンタ、それをどうするつもり?」 フェンが不安げに問いかけた。
「あいつは僕から零れ落ちた影だ。でも、もう僕とは一つになれない。
だから、あいつに相応しい『深淵』へ帰してあげるんだ。
……V616 Monocerotis。一角獣座にある、光すら逃げ出せない場所へね」
◆ 「深淵を鎮める者(Tamer of the Abyss)」の発動
ゴンタが自身の真名、Glorious One of the Numinous, Tamer of the Abyssを低く唱えると(ソース)、彼の全身から「陽」の光が溢れ出た。
それはオブリヴィオンを消滅させるためではなく、包み込み、導くための光だ。
ゴンタが虚空を指先で弾くと、空間が歪み、3,300光年の彼方にあるブラックホールの特異点へと通じる門が開いた。
「さあ、行っておいで、僕の影。そこならどれだけ『存在』を喰っても、誰にも文句は言われない。恒星とペアを組む連星系だから、寂しくはないはずだよ」
◆ 3,300光年の彼方への追放
オブリヴィオンは、自分を切り離した本体であるゴンタに最後の一礼をするかのように霧を震わせると、光の粒子に包まれて空間の裂け目へと吸い込まれていった)
総本部長は崩れ落ちた。
◆ 暫定監査報告書
Palo Alto 本社の監査部フロア。
まだ外は薄暗く、
ビル全体が眠っているような静けさに包まれていた。
フェンは自席に座り、
ノート PC の画面を見つめていた。
画面には――
「北米総本部監査報告書(暫定版)」
というタイトル。
「さて。
“事実”だけを書こう」
深く息を吸い、
キーボードに指を置く。
フェンは淡々と、しかし確実に書き進める。
北米総本部における裏帳簿の存在
原本の所在(総本部長室金庫)
消失した社員・家族・建物の一部
オブリヴィオン による“情報の復元”
総務部精鋭による照合作業
総本部長の不正の因果関係
証拠の完全一致
監査妨害の試み(マーカス・ケイン秘書課長の行動)
ゴンタによるオブリヴィオンの制御
監査完了の宣言
「これで、骨子は整った」
しかし、
“総本部長の末路”
“オブリヴィオン が最後に何をしたか”
“ゴンタが影の世界で何を語ったか”
それらは――
まだ書かれていない。
北米総本部監査報告書(暫定版)
作成者:本社監査役(Chief Audit Executive) フェンWild
提出先:取締役会、監査委員会、CEO
作成日:XXXX年XX月XX日
1. 監査目的
北米総本部において発生した以下の事象について、
事実関係の確認および内部統制上の問題点を特定することを目的とする。
裏帳簿の存在に関する疑義
関与した社員およびその家族の“所在不明化”
建物構造の一部消失
アレクサンダー・クロウリー総本部長による監査妨害の疑い
2. 監査実施概要
監査チーム(フェン・ワイルド、エマ・トンプソン、ゴンタ)は、
北米総本部に対し事前通知の上で監査を実施した。
監査当日、総本部長室金庫より
裏帳簿原本の存在を確認。
同時に、総務部精鋭(ジョナサン・レイエス副本部長選抜)を動員し、
復元データとの照合作業を実施した。
3. 主な監査結果
3-1. 裏帳簿原本の存在
総本部長室金庫より、
裏帳簿原本(紙媒体および電子媒体)を確認した。
内容は以下の通り:
特定プロジェクトにおける収支の二重計上
社外取引先との不正な資金循環
関与社員の複数名を示す記録
取引の痕跡を消去するための“特殊処理”の記述
3-2. “消失”した社員・家族・建物の一部について
裏帳簿原本には、
関与した社員数名およびその家族の“所在不明化”に関する
因果関係の断絶点が記録されていた。
また、北米総本部ビルの一部構造(倉庫・廊下等)についても、
存在が消失した痕跡が確認された。
これらは後述の復元データにより、
論理的整合性をもって再構築可能であることを確認した。
3-3. 復元データの取得と照合
監査中、特殊現象(詳細は別紙機密扱い)により、
以下のデータが復元された。
消失した社員及び、その行動ログ
家族との通信記録
勤務データ
建物構造の消失部分の情報
裏帳簿原本に記載されていない“隠蔽された取引情報”
総務部精鋭による照合の結果、
復元データと裏帳簿原本は完全一致した。
3-4. 監査妨害の試み
マーカス・ケイン秘書課長による以下の行為を確認した。
証拠隠滅を目的とした不審な動作
監査チームへの接触妨害
クロウリー総本部長の指示による監査阻害行為の疑い
これらは監査規程第XX条に抵触する。
4. 内部統制上の重大な問題点
クロウリー総本部長による組織的な不正関与
証拠隠滅を目的とした金庫管理の不透明性
社員および家族の“所在不明化”に関する重大な倫理違反
建物構造の一部消失に関する説明責任の欠如
監査妨害行為の存在
これらは企業統治上、極めて重大な問題である。
5. 暫定結論
北米総本部における不正は、
組織的かつ計画的に実行された可能性が極めて高い。
復元データと裏帳簿原本の一致により、
クロウリー総本部長および関与者の責任は明白である。
なお、
アレクサンダー・クロウリー総本部長およびマーカス・ケイン秘書課長の“最終的な行動”については、本報告書には記載しない。
詳細は監査役 フェン・ワイルドが口頭にて説明する。
6. 今後の対応(提言)
北米総本部の全面的な内部統制再構築
関与者の処分および法務部との連携
復元データの保全と証拠化
本社危機管理局による追加調査
監査妨害行為に対する厳正な措置
IRS(内国歳入庁)主任税務調査官への情報共有と税務的調整
署名:フェン・ワイルド
Chief Audit Executive(監査役)
Paradox Logistics 本社
「以上が、暫定版として提出できる内容だ」
気がつくと、エヴァが静かに来客用テーブルに淹れたての紅茶を置いていた。
「おはようございます。専務への報告書は、逐次エマからの連絡で作成済みです」
「おはよう、エヴァ。私も暫定版の監査報告書を仕上げたところよ」
フェンはソファに座り紅茶を一口飲むと、専務との交渉に頭を切り替えた。
「計画通り、やってやろうじゃないの」
「お供いたします」




