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皮肉屋監査官 Fen (フェン)と異能の相棒  作者: Silvertiger
第10話  遊んでいたら叱られました その1

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第10話  遊んでいたら叱られました その1

◆ 静かなる呼び出し


 監査役室の午後は、いつもと変わらず静かだった。


 フェンは淡々と書類に目を走らせ、必要な箇所にだけ赤を入れていく。


 その集中を破るように、控えめなノックが響いた。


「フェン様。お時間をいただけますか」

 エヴァの声は落ち着いていたが、その奥にわずかな“硬さ”があった。


 フェンは顔を上げ、彼女の表情を探る。

「……どうぞ」


 エヴァは静かに入室し、丁寧に会釈した。

 その動きは完璧で乱れがない。


 だがフェンは、彼女の纏う空気の違いに気づいていた。


「お話があります。二人だけでお願いします」


「わざわざ? そんなに込み入った話なのね」


「……はい。他の方々の耳に入らない方がよろしいかと」

 その一言で、フェンの胸に小さなざわめきが生まれた。



 ◆新人秘書エマ、そしてケンジとエミの“排除”


 ちょうど新人秘書のエマが書類を抱えて近づいてきた。


「フェン様、こちらサインを――」


 エヴァがすっと前に出た。


「エマ。総務部へ至急、書類を届けてください。“今すぐ”です」


 エマは驚きつつも、慌てて去っていく。


 続いて、ケンジとエミがガラス越しに近づいてきた。


「フェンさん、さっきの――」


 エヴァは扉越しに、しかしはっきりと告げた。


「ケンジ、エミ。監査部フロアに戻りなさい」


 二人は固まり、“重大な話だ”と察して青ざめた。


 フェンはその様子を見て、胸の奥にざらつく感覚を覚えた。

(……エヴァがここまで露骨に“排除”するなんて、珍しい)



 ◆密談


 エヴァは静かにドアを閉めた。


 その音は、普段よりも重く響いた気がした。


 フェンが席に着くと、エヴァは一冊の資料を机に置いた。


「ゴンタ様の件で、お話がございます」


 フェンの指先が止まる。


「……ゴンタのこと?」


 エヴァは頷き、資料を開いた。


 そこには、入退館ログの“空白”、監視カメラの“死角”、

 そして“存在しないはずの人物”が映り込んだ写真が並んでいた。


「フェン様。このままでは監査部の信用が揺らぎます。

 そして……フェン様ご自身の立場も」


 淡々とした声。


 しかし、その奥に“静かな警告”が潜んでいる。


 フェンはゆっくりと息を吸った。


「……要するに、ゴンタの扱いを見直せということね」


「はい。表向きの理由はコンプライアンス遵守の徹底です。

 ですが――裏の理由もございます」


 監査役室の空気が変わった。


 まるで温度が一度下がったような、静かな圧迫感。


 フェンは悟る。


(……専務の差し金ね)


 エヴァは静かに告げた。


「専務からの指示です。

 ゴンタ様を、フェン様の“管理下”に置くように、と」


 フェンの胸に、冷たいものが落ちた。


「……管理下、ね」


「はい。従属契約、あるいはそれに準ずる拘束を。

 専務は、ゴンタ様を“有効に使うべきだ”と」


 フェンは資料を閉じた。


「エヴァ。これは“あなた”の判断なの? それとも……」


 エヴァは一瞬だけ目を伏せた。


「……私は、命令を遂行する立場です」


 その言葉は、まるで自分自身を縛る鎖のようだった。


 フェンは深く息を吐いた。


「……そう。あの人は、ついにここまで手を伸ばしてきたのね」


 監査役室の静寂が、二人の間に重く沈んだ。



 ◆表の理由 ― コンプライアンスの檻


 監査役室の空気は、閉じたままだった。


 フェンは資料のページをめくりながら、淡々と視線を走らせる。


 エヴァは対面に座り、姿勢を崩さない。


「こちらをご覧ください」


 エヴァが指先で示したのは、入退館ログの一覧だった。


 そこには、ゴンタの名前は一度も記録されていない。


 それなのに、監査部のフロアに“頻繁に現れている”という事実だけが残っている。


「……まあ、そうなるわよね。彼、そもそも社員じゃないし」


 フェンは軽く皮肉を混ぜて言った。


 だがエヴァは表情を変えない。


「問題はそこではありません。

“記録に残らない人物が監査部に出入りしている”という事実が、

 監査部の信用を損なう可能性があるのです」


「……なるほど。“監査部が自分のところの管理もできていない”と見られるわけね」


「はい」


 エヴァは淡々と頷く。


 次に提示されたのは、監視カメラの映像だった。


 廊下の死角から、ゴンタがひょいと現れる。


 まるで空間をすり抜けてきたかのように。


 フェンは思わず眉を寄せた。


「……これ、どう見ても普通じゃないわよね」


「普通ではありません。だからこそ、問題なのです」


 エヴァの声は静かだが、逃げ道を与えない。


「フェン様。監査部は会社の“最後の砦”です。

 その監査部がコンプライアンス違反を黙認していると見なされれば……」


「会社全体の信用が揺らぐ、というわけね」


「はい。そして、監査役であるフェン様の責任も問われます」


 その言葉は刃物のように鋭かった。


 しかし声色はあくまで穏やかで、丁寧で、冷静だった。


 フェンは資料を閉じ、静かに息を吐いた。


「……つまり、表向きの理由は“コンプライアンス遵守”。

 ゴンタをこのまま自由に出入りさせるのは、監査部としても会社としても許容できない、ということね」


「はい。“表向き”は、あくまで」


 エヴァはそこで言葉を切った。


 その沈黙が、“裏の気配”を再び呼び起こす。


 フェンは椅子に背を預け、天井を見上げた。


(正論で押されるのが、一番厄介なのよね……)


 エヴァは淡々と続ける。


「ゴンタ様を社員にするか、あるいは契約で縛り、正式な立場を与える必要があります」


「……縛る、ね」


 フェンはその言葉をゆっくりと反芻した。


「彼を“枠”に入れるのは、簡単じゃないわよ」


「承知しています。ですが、今のままでは……フェン様を守ることができません」


 その一言に、フェンの視線がエヴァに戻る。


「……守る?」


 エヴァはわずかに目を伏せた。


「はい。これは、フェン様のためでもあります」


 その声音は、ほんの少しだけ柔らかかった。


 だが、その奥にある“別の意図”は消えていない。


 フェンは静かに目を閉じた。


(正論と、圧力と、そして……命令。全部が混ざっている)


 監査役室の空気は、さらに重く沈んでいった。


 ◆ 裏の理由 ― 専務の影


 監査役室の空気は、まだ冷えたままだった。


 フェンは資料を閉じ、指先で軽く表紙をなぞる。


 その仕草は落ち着いているようでいて、内側には小さな波が立っていた。


「……エヴァ。表向きの理由は理解したわ。

 でも、あなたの言い方だと……それだけじゃないのよね」


 フェンの声は静かだった。


 問い詰めるでもなく、責めるでもなく。


 ただ、事実を確認するような柔らかさ。


 エヴァは一瞬だけ目を伏せた。


 その沈黙が、すでに答えを語っている。


「……はい。裏の理由がございます」


 エヴァは資料を閉じ、両手を膝の上に揃えた。


 その姿勢は、まるで“儀式”の前のように整っている。


「専務からの指示です」


 フェンの胸に、冷たいものが落ちた。


「……やっぱり、あの人ね」


 エヴァは頷く。


「専務は、ゴンタ様を“有効に使うべきだ”と考えておられます。

 そのためには、フェン様の管理下に置くことが必要だと」


「管理下……」


 フェンはその言葉をゆっくりと反芻した。


 まるで口の中で苦い薬を転がすように。


「彼を“従わせる”ことが目的なの?」


「はい。従属契約、あるいはそれに準ずる拘束を求められています」


 フェンは静かに息を吸った。


「……エヴァ。あなたは、その指示に納得しているの?」


 その問いに、エヴァの指先がわずかに震えた。


 ほんの一瞬。


 しかし、フェンは見逃さなかった。


「私は……命令を遂行する立場です」


 その言葉は、まるで自分自身を縛る鎖のようだった。


 フェンはゆっくりと姿勢を正し、エヴァを見つめる。


「あなたは専務と……契約しているのよね」


 エヴァの瞳が揺れた。


 それは、普段の彼女からは決して見せない“人間らしい揺らぎ”だった。


「……はい。私は専務と“魔術的契約”を結んでいます。


 秘書課長として、社長や重役方の動向を監視し、

 配属した秘書から情報を集めること。


 そして……フェン様の側に仕えることも、その契約の一部です」


 フェンは静かに目を閉じた。


(やっぱり……最初から、あの人の意図だったのね)


 エヴァは続けた。


「専務は、ゴンタ様の力を高く評価しています。

“あの存在を手に入れれば、計画が進む”と」


「計画……」


 フェンはその言葉に、胸の奥がざわつくのを感じた。


「専務は、会社の権力構造を再編しようとしています。

 そのために、監査部と……フェン様の力が必要なのです」


 フェンはゆっくりと息を吐いた。


「……つまり、ゴンタを私の足枷にして、

 私ごと専務の陣営に引き込みたい、ということね」


 エヴァは否定しなかった。


 ただ、静かに目を伏せた。


「私は……フェン様を危険に晒したくありません。

 ですが、命令には逆らえません」


 その声は、ほんの少しだけ震えていた。


 フェンはその震えを見て、

 エヴァが“完全に専務の道具ではない”ことを悟った。


(……この子も、縛られているのね)


 監査役室の静寂が、二人の間に重く沈んだ。


 フェンはゆっくりと立ち上がり、窓の外を見た。


 遠くのビル群が、夕陽に照らされて赤く染まっている。


「……わかったわ、エヴァ。

 あなたが言いにくそうにしていた理由も、全部」


 フェンは振り返り、静かに微笑んだ。


 その微笑みは、強さと優しさが混ざったものだった。


「でもね。ゴンタを“縛る”なんて、簡単じゃないわよ」


 エヴァはその言葉に、ほんのわずかだけ目を見開いた。


 フェンは続ける。


「そして……私も、縛られるつもりはないの」


 その声は静かだった。


 しかし、揺るぎない芯があった。


 エヴァはその言葉を聞き、


 胸の奥で何かが小さく震えるのを感じた。


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