3.魔の応酬
再戦の場は、先と同じ野外演習場。
再現性を求めて、シンシャからの提案で決まった。
「ねーねー、それってピスケスの八式?」
準備運動の最中、空色の視線を注いで、シンシャが言った。
クロノ・ナイツから発表されたクラドスの型の一種。片刃の剣をモチーフとした安定感の良さが特徴的なシリーズだった。
「……まぁ、はい」
「良いなぁー。一番使い勝手良いって人気高かったやつだ。さっすがクラドスの製造元クロノ家!」
「末端の人間にそんな便宜はかってもらえるわけないでしょ。復刻モデルですよ。そっちは比較的流通量も多いし、安上がりだから……無駄話は良いですから、さっさと始めましょう。人目に触れたくないし、時間も勿体無い」
あらためて、その八式を抜き放つ。赤銅色の鞘から、鉛の延べ板のごとき、片刃が露わとなる。反りは浅く、幅は厚めにとっている。おおよそ、クラドスにおいては切れ味は必要ない。殺傷能力は魔力で補い、かつ調整する。
その魔力伝達の一点において微細かつ絶妙な均衡をとっているのが、八式が今もって最高の出来と評される所以だ。
あらためて、クラドスにセットしたエニグマを起動させる。
足に、歯車の図面のタッチで、魔力の陣が形成される。その輪郭に沿うように、解放した術法が星となって表される。
それが系統樹のイメージ図。エニグマに内包された、魔導技術の集合体。使用者の資質や経験を汲み取ったエニグマは、段階を踏んでそれらを抽出、解放していく。その許可がなければ、スキルは扱えない。これが、エニグマが『思考する石片』とも称される所以である。
「タスクギア。こないだと一緒だけど、それで良いの?」
「……再現性が大事なんでしょう? ていうか、何で挑もうと一緒ですよ」
「……ふーん?」
曰くあり気に目を細めたシンシャが、クラドスをすらりと抜き放つ。澱みないその所作に、思わず心と目を奪われる。
ふざけたガキのようだったその振る舞いはナリをひそめる。細身の片刃剣を握るその手に無駄な力も入らず、しかして気と魔力が充溢している。
その鞘の溝に、青い結晶体をセットすると、身体を伸ばして羽ばたく朱色の飛竜の紋様が浮かび上がる。
ライトニングワイバーン。彼ともっとも相性が良いとされるエニグマだ。
その背に、青い飛竜の横姿が展開する。それを形作る光の点の大部分が、星座の如くまたたく。
ひときわ輝く星々が、系統樹の解放度合を表している。
――シンシャは、その全種を、すでにして解放していた。
それ以外にも、多くの同種を同程度に取り扱えるとの噂だ。
ゆえに、シンシャ・ランドバークにつけられた異名は『竜使い』。
学院において、畏敬と共に伝えられる。
才、装備ともに、グレアのそれとは位格が違う。
どうしてこうなった。
あらためて、グレアは深くため息を吐いた。
次の瞬間、対峙していたシンシャの姿が消えていた。
横合いに、音も無く着地していた。掬い上げるような剣筋が、竜の爪を想わせる曲線を描いて襲いかかった。
響き渡る、何層もの音。
噛み合う鉄の音。竜の咆哮が如き風鳴り。滑車の回る音。硝子が破砕するようなさざめき。
曲直織り交ざる斬光は、そのすべてが致命打になりうる。本人がその気ならば、比喩でなく。
「【一噛】」
クラドスの切っ先に、魔力が集中する。青く竜の頭部を形作り、咢が開かれる。
そのまま、突っ込んできた。
正面からそれを受け止める、しか術がない。そのまま、観戦席まで吹き飛ばされた。
そのうえで、力が揺らいだ瞬間を狙って、その切先――もとい牙を逸らす。
「【三叉】」
外された切先が、再び翻る。瞬間、その太刀筋がそのまま竜の爪となり、三筋の亀裂が奔る。
――【速駆】。
強化された瞬発力で、その間隙に飛び込み、躱す。
自身の代わりに、削り取られて吹き飛ぶ石段が大きな欠片となって鼻先をかすめ、観戦席は基礎が見えるほどに断裂していた。本能的に背に冷たいものを感じる。
これが、召喚術の大家、ランドバークの真骨頂とも言うべき技能。
竜降ろしの術。
もっとも、実際にそのような種の生き物など、当世にいるはずもなし。
伝説上の生物をモチーフとして、出力する魔力に具体的なヴィジョンを持たせる、象形の術法が本質だろう。
――だが、紛れもなく。
目の前に在るのは、その竜の化身、その暴威。
桁違いの魔力を出し惜しまず、スキルとして発揮させていく。
エニグマが発動した時点で、かつては必要だった詠唱等は省略される。
あえてその技術名を口にするのは、意識をその行使に集中させ、より魔導の精度を高めるため――なのだが、技の出の速さに反した、ゆったりとした語調には、それ以外の意図を感じさせる。
すなわち、
――次はこの手で行く。どう凌ぐ?
という、謎かけのごとき、宣言。
グレアの鬱屈と諦観の奥底で、かすかな熱が宿る。
~~~
一方で、シンシャもまた当惑と好奇の只中にあった。
タスクギア。クロノ・ナイツの発売したシリーズの中でも、基本中の基本。どちらかといえば、エニグマ運用の基礎を学ぶための教材として、幼年学校で用いる類のものだ。
言わずもがな、それより高い性能を持つエニグマ相手に、シンシャは勝利を重ねてきた。
魔導を使えば敵は吹き飛んだ。剣を振るえば相手は倒れた。
(なのに――)
何故、攻めきれない。
「【双牙】」
宣告と共に、グレアの横っ面に撃ち込む。単純な攻めだ。これは柄で防がれる。
が、その反対側に、竜の牙が生じて挟み撃たんと彼に迫る。
刹那、グレアの八式の刃に、半径の歯車の形を成した刃が宿る。
それが回転の兆しを見せた瞬間、シンシャの手先と身体が、浮遊感に見舞われた。
左右からの攻撃が、受け流された。
「おっ」
と声を発するも、間を置かず背に回り込んだグレアが反撃に転じる。
重さが乗っている。防ぎ切れないことはないが、あえて受けるメリットもない。
飛び退いて寸でのところでそれをかわし、軽やかにバックステップで態勢を整える。
(そういえば、あったなー。力の方向性をズラすとか、そんなスキル)
たしか――【転】だったか。
おそらく先の戦いでシンシャの剣をこの技の適用。握る力をあらぬ方向に逸脱させることで、剣を飛ばした。
そこまでは、あえて戦うまでもなく、いずれ結論に至っただろう。
問題は、その過程。
あの時も、気づけば懐に入られていた。正面からのまっすぐな攻めだった。当然警戒を怠っていたはずがない。
「じゃあ……これはどうだっ」
次は術名を口にせず、クラドスを振り下ろす。
【五爪】。
【三叉】と同じく、力に任せた一撃を、魔力によって五筋に分散させる。熊手ならぬ竜手で、大地を掻き削るがごとき断撃。
逃げ場を奪うための範囲攻撃であり、ゆえに、詠唱などして威力や精度をあえて底上げする必要がない。
次も宣言してくると思ったのだろう。不意を打たれたグレアは、グッと息を詰まらせながら、【三叉】がすでに足場を削っている。咄嗟の退き口などない。
「歯車に」
その彼が、口の中で何かを呟いた。
そして次の瞬間、彼の姿は、亀裂の向こう側の観戦席に飛んでいた。不可避と思われたその斬撃を、ことごとくすり抜けて。
(これだ)
シンシャは思った。
一瞬だが、加速する様が見えた。【転】でいくつかの斬撃の軌道を流し、そして、グレアは横っ飛びに回避した。
だがその過程と結果の間には、連続性がない。空白が、挟まれている。《《そこ以外の全て》》は観測できるし、理解もできる。
(ただの身体強化じゃない。通常の魔導を発現させた様となれば……『パーク』かな?)
高い親和性を持つエニグマと使用者とは、系統樹より呼び出される通常のスキルとは別の、天からの恩恵とも言うべき能力が発現することがある。
それが、パーク。
他とは一線を画す、特殊な能力。それは時として、魔導の枠組みを超える。
となれば、彼があえてタスクギアという、ランクの低いエニグマを使い続けることにも納得がいく。その異能が、エニグマに紐付けされたものであればこそ。
(だとしても)
すごい、とシンシャは感じ入った。
身体強化と瞬間的な術式の発動に徹し、自分の手の内はひた隠す。
そうして、粘り強く隙を探り、勝機を見出した瞬間に攻めに出る。
たとえその力の秘密が、如何に優れたパークであったとしても。
そこには、並々ならぬ研鑽と研究があったはずだ。
(俺には分かる。君はほんとに強い人だ。だから嘘なんてついて欲しくない。全部、見せて欲しい! 君の磨き上げてきた全てを、そこに欠けてきた熱を!)
空色の瞳が、閃く。




