1.二派紛糾
「そう言えば、グレアにはちゃんと紹介してなかったっけ?」
昼休み中。いつものように、唐突に、シンシャはカウンター越しに身を浮かせて切り出した。
「あそこで優雅に座ってんのがミチル……はまぁとっくに知ってるか。で、その隣が、メリ・アンブロシア。侍官補のドゥマディオ卿の姪っ子だって」
手組み足組み、不貞腐れてそっぽを向いているミチル嬢は、とても余裕ある優雅な佇まいには見えない。
その横で、蜂蜜色の髪をふわふわと靡かせた小柄な少女が、裾の長いローブをルーズに肩から流すようにして持て余しつつ、ぼんやりと中空を眺めている。
「で、今俺の後ろに立っているのが、コマキ・マシロ。東方列島からの留学生。ニンジャで、サムライ。で、さらにその隣が、シギン・ブレラ。傭兵を生業としていた一家の末裔だってさ」
おそらく海を越えれば美人の部類に入るであろう、のっぺりとした顔つきの、黒髪を切り揃えた東洋人。その隣でテーブルの大半を腕で占拠するのは、ワイルドに襟元を開け広げた、如何にも女傑でございというローブの女。骨格や筋肉のつき方は、シンシャよりも余程たくましいのではないだろうか。
とかく、種々様々な同学年の美少女が揃い踏み、シンシャを囲むようにしている。だけでなく皆、魔導や座学のいずれか、あるいは両方ともで指折りの成績上位者である。
「どうよ」
真顔で指先をひらひらとさせて紹介するシンシャに、
「うん。分かった。お前がモテるってことは、よーく分かった。この目で再確認できた」
営業的笑顔を貼りつかせて、グレアは言った。
「でもな――ここ食堂だから。せめて何か食え」
厨房を背景に。頭巾にエプロン姿で。
~~~
リジェク・ベネディクトとの私闘で、財布およびその中に入っていた有り金を紛失したグレアは、すっかり素寒貧となっていた。
アンティキラの家宰は金庫がたまさか生命と知性を得たかのような金に厳格な人物であり、決められた額の仕送りなどまずしない。当初定め渡した額以上の出費やアクシデントは、すべて自己責任というスタンスである。
というわけで院内で応募していた臨時労働に、グレア・アンティキラは従事していた。
仕事場は全寮共有の学生食堂。広めに取られた板張りの床に、暖色の絨毯を敷き詰めたホールが持ち味の、生徒たちの憩いと談笑の場である。
最初、そのホールでの接客を任されたが、
「表情、なんか暗い」
と料理長に言われて厨房に回された。
「俺さ、実は来るのはじめてだったり?」
と、意外なことを切り出したシンシャは、
「グレアの作ったものなら、食べたいな。どれとどれ?」
「いや、こーゆーのって別に厨房に入ったからって全員作ってるわけじゃないから。だいたい皿洗いとかだから」
シギンと紹介された女子が冷ややかに指摘する。
「えーと、そこに並んでるカタラーナと、林檎のタルトとジンジャークッキーだな」
「いや作ってんのかよ……しかも菓子」
カウンター前に並ぶラインナップを、事務的に指で示すグレアだったが、その手前で、シンシャは大口を開けている。小さく前に首を動かし、何かを催促せんとしている。
「何?」
「食べさせて」
「ふざけんな。さっさとトレーに載せて席につけ。自分の手かフォークで食え」
「えー? 作った本人としては、食べた反応間近で見たいんじゃないの?」
「んなわけあるか!」
……明らかに、周囲からは奇異の、取り巻き連中からは刺々しい視線が集まっている。特にミチルは、目こそ向けていないものの、明らかに苛立ったように、テーブルを指で小刻みに叩いている。
とは言え、ここに居直られても、自分の作業も食堂自体の人の流れも滞る。
腹を括って、グレアはクッキーを一個、カウンター越しにつまみ上げて口の中に放り込もうとした。
周囲の空気に当てられてか。そこには妙な緊張が生まれた。
靴音が、高らかに響いた。
ある一団が、シンシャ一派の席を横切った時、間を流れる空気がひりついた。
それは、クロノ家の一派。先頭を切るのは、言うまでもなくシールである。
シンシャのハーレム、転じてそれは、ランドバークの派閥。仲が良かろうはずもない。
だがシールは彼女たちを無視して、一直線にグレアの許へと向かってきた。シンシャは、それとなく横に逸れた。
「まさか、アンティキラ家の当主ともあろう人が、本当に働いているなんて」
そして、珍しく呆れたような声音を隠さず、シールは言った。
弁明の余地などあろうはずもなく、手を引っ込め、黙して下げた頭の前に、見覚えのある財布が宙吊りになっていた。四角く区切られた、車輪の印章が焼き付けられている。紛れもなく、アンティキラの紋。そして、グレアの財布だった。
「何処でこれを……?」
とは、訊くだけ意味のないことであろう。
彼女とグレアの間に割って入り、財布を吊るしているリジェクが、おそらくあの後回収したのだ。
しかしプライドゆえに素直に返すに返せず、当主に露見し今に至る、と。
だんまりを決め込むにしても、捨てるなり使い切るなりも出来ただろうに。そうしない辺りの不器用な真面目さに、リジェクを憎めないところがある。
「……金の無心に来た折か、確認されたら返すつもりでした。それさえもせず、まさかこのような恥知らずな真似をして小金稼ぎとは……」
「リジェク殿」
言い訳がましく低い声を繰るリジェクに、シールの圧が目と言葉で加えられる。
不承不承といった調子で、リジェクは財布をグレアの胸に突き返した。
「いずれ貴様の化けの皮は剥いでやる……覚悟しておけ」
と、小声で余計なことを言い添えて。
「どうもありがとう」
それを流して、グレアはクッキーを引っ込めて、礼と共にその革袋を受け取る。
きっかけはともかくとして、財布を落としたのは自分の落ち度だ。その責を擦りつけるつもりはなく、返した礼は他意のないものだった。
だが、皮肉と捉えたのか、
「ど・う・い・た・し・ま・し・て!」
彼は歯を剥いて目を尖らせた。
「貴方も」
軽く咎めるような視線を、シールはグレアへと移した。
「我々が生活やクラドス、エニグマ開発のために費える資金は、帝都の臣民から頂戴した、大事なお金の一部。ゆめ、粗略に扱わないよう」
と、釘を刺された。
「……肝に銘じます」
本来支えなければいけない相手に、気を遣わせ、何度となく叱責される。
その不甲斐なさを、グレアは深く恥じた。
そこで、失笑が飛んできた。
「粗略に扱わないよう、だ?」
件のシギンのものである。
「軍務大臣とズブズブで、ジャブジャブ献金使っといて良く言うぜ」
椅子に肘をかけ首を捻るようにし、殊更悪辣に揶揄する彼女に、一瞥も呉れず、
「根も葉もない噂です。クラドスは元より我々の開発するエニグマも、軍用が主流。自然、距離は近くなります」
「大陸統一も大詰めで、軍縮が謳われる昨今、生き残るために尻尾振るのも必死だな、犬」
「犬は貴殿らの専売特許だろう」
応じたのは、リジェクだった。
「陛下が病がちなのを良いことに、早くも皇太子に擦り寄ってると聞くぞ。侍官派とも、狢同士同じ巣穴で仲良くやっているようだな」
蔑むようなその目線が、メリへと注がれる。だが彼女は無言で、ぼんやりと虚空を見つめるばかりで反応さえしない。異邦人のコマキもまた、黙して瞑目し、椅子の上で正座している。そして次なる標的が、ミチルに移った。
「それと、国務大臣の抱き込みも図っているのか? それとも、彼の方こそサイクロン・エンシェントに取り入ろうと画策しているのか? わざわざ娘を使って御曹司を篭絡しようとは、大胆なことだ」
「無礼なッ、父は父! 私とは関係ないわ!」
激高した令嬢は、よく通る甲高い声を轟かせた。
そこからは、昼飯そっちのけで議論は紛糾。ついには周囲を巻き込んだ。
やれ北部提督が皇太子一派と険悪だからエニグマを横流しし挙兵を促しているだとか、密かにこの学園にスパイを送り込んでいるだとか。ほとんどは難癖に等しい陰謀論ばかりだが、お互いを疑い、罵る言葉には事欠かない。
シンシャは、その片隅で微かに笑みを浮かべるばかりだ。
その陰のある横顔を眺めて、グレアはため息一つ、行き場を失ったクッキーを口の中へ放り込んだ。
「料理長。時間なんで、休憩入って良いですか?」
「……良いよ、行っておいで」
雇い主に暇を乞うて自由になった彼は、自身の頭巾を剥いだ。そして足早にカウンターを出るや、シンシャの肩に手を置いた。
その掌の内で、ぴくりと小さな身体が跳ねた。
「出るぞ」
短く耳打ちして、そう促す。
「え、でも……」
白熱する場を横目に逡巡するシンシャ。わずかに強張るその肩を抱えるようにしてそっと押す。抵抗は、なかった。
途中、静観を決め込んでいた何人かの意識がこちらを向いた気がしたが、あえてそ確かめることはせず、食堂を後にしたのだった。




