8.思慕
(ボルトシューターだと)
痛む後頭部を押さえて、距離を置きつつ、リジェクは困惑した。
クロノ・ナイツ社製の一つ。螺子の概念さえない時代に、その回転性を活かして矢や魔力弾を飛ばす術式を組み込んだ。最初期の遠距離戦用のエニグマ。
(タスクギアが、グレアの最適装備では無かったのか)
パークが、複数のエニグマにおいて開放されることは、稀だ。たとえそれが同種のスキルであったとしても。
才器の優劣の話ではない。それが、魂と運命の本質だからだ。出逢うべくして出逢ったエニグマとしか、人は深く結びつけない。
だが、落ち着いて基本に立ち返れば、自然それが虚勢だと知れる。唇を軽く歪める。
足下に浮かべた魔導陣に輝星は、せいぜい全体の半ば程度。何のことはない。サブとして用いている程度のもの。
こちらの遠距離攻撃に抗する術がないゆえ、あえて射撃戦に持ち込もうなどという、浅はかな考え。
「ならば、望み通りにしてくれる」
望むがまま、撃ち合いにて。
望むがまま、虚しい抵抗の末に、死を選べ。
【速射】。一弾のみを高速で発射するスキル。
右手よりそれをもって牽制し、次いで【釣瓶】を残る五発で展開。敵の手を塞ぐ。それを弾かれようとも、左手の六発で正面に叩き込みつつ、【再装填】で先行の五〜六発を引き戻す。それで必勝。何ら手立てを変える必要はない。
喰らえ、と念じる。
死ね、と呪う。
そうして射ち出さんとした一発目は、
「――【釣瓶】」
先手を取られて撃ち砕かれた。グレアの掌中から発せられた六角形の矢羽を携えた螺子型の魔矢によって。
のみならず、次弾がすでに迫りつつある。
「くっ!」
即座に弾幕を広げるも、ことごとく撃ち落とされた。互いの間に生じた爆炎に、咽こむ。
魔力弾が霧消してしまえば、【再装填】は機能しない。失われた魔力は回収もできずリターンしての有効打も与えられない。
(速い! それに、なんだこの的確さは!? 詠唱ありの精度底上げがあったとしてもだ!)
その煙幕を突き破って、剣先が迫る。それを左手の甲で弾き、流す。
【転】を、使う。自らの間合いに敵を引き込み、残り六発をまとめて【爆華】として叩き込むべく。
グレアは、その力の流れにあえて逆らわず。かと言って従わず。
【転】を、使われた。チャンバーと、螺子。可視化された魔力の回転が、組み合う。噛み合う。
二人分の力に乗じて、グレアはリジェクの頭上へと回り込んだ。
「お前が言ったんだろ。この程度の力の指向性の操作はクロノ家なら、容易い……どんなエニグマを使おうともな」
そう嘯きながら、グレアの突き出したクラドスに、電光が奔る。
【雷華】。刃を基点に螺旋を描く雷光に対して、【爆華】をもって、その迎撃に当たる。
撃ち合うも、その威力が相殺される。爆炎をその内側から、電光が引き裂き、中和していくように。
そのうえで、着地してきたグレアの剣筋に押される。真っ当で分厚い、地に足のついた堅実な技。
(何故、いきなり強くなった……いや、いきなりではない!)
その理由は、最早判っていた。
そもそもが、タスクギアの基本性能それ自体が、あまりにも低過ぎるのだ。
それゆえ、パークを使わない以上他のエニグマを使用するならば、適性の度合がタスクギアより低かったとしても、それ以上の力を発揮するのだと。
「貴様……何故これを模擬戦で使わなかった……ッ、まさかランドバーク相手にも、手を抜いていたというのか!?」
「……んなワケねぇだろ……ドラゴン相手にナイフから小弓に持ち替えたところで……なんの意味も無ぇからだよッ!」
たしかに、まるで尽きぬ魔力を発揮する生まれながらの竜の寵児に、地力の競い合いなど愚の骨頂だろう。小手先の技術で変化を加えたところで、容易く押し負ける。
……だとするならば、その圧倒的な戦力を前に、最底クラスのクラドスで渡り合えた、こいつは一体、何だというのだ。
そして、エニグマを替えるだけでこれだけの力を発揮するとは。
「手を抜いていたのは……このおれに対してか」
グレアは答えない。それが答えだった。黙って殴られておけば気が済むだろう。そんな考えがあったことは、明白だった。
……自分は、加減され、気遣われていた。
「舐めたマネをッ!」
髪を振り乱しながら、怒喝と共に、攻勢を強めていく。
だがしかし、愚直な攻めは悉く弾かれた。流された。支えを失うような感覚と共に前のめりになり、無防備な腹に膝を見舞われる。
それでも、攻撃を止めない。歯を食いしばり、食いしばり、食いしばり……食い下がり続ける。
(異端児め、鬼子めっ! パークがどうだからというのではない! 貴様はやはり、クロノ家に……シール様にとって邪魔な存在。貴様が在るだけで彼女が苦しむ!!)
ずっと、彼女を見てきた。
そしてずっと、彼女は遠ざかる奴の背を、粛々と垂れる頭を見てきた。
忌まわしき血のつながり。それをうっすらと知ってしまったが故に、掛ける言葉も情けも見つからず、懊悩してきた。そんな少女を。
『見て見てっ! グレアに貰ったの!』
そんな風に、帽子を嬉しそうに被りながら、自分に振り返ってはにかむ、彼女を。
「貴様は、貴様は……邪魔だ!!」
そう、吼えたとて。
もはや、形勢は完全に覆っていた。本当の実力を見せた、グレアによって。
彼に操るクラドスの切先が、リジェクの顔のすぐ横の壁に突き立つ。雷鳴が空気を引き裂く音が、掘削音が、耳元を掠めていく。
腰が砕けて頽れそうになる自身を、リジェクは後ろ手で支えた。
「もうやめとけよ。この状態から仕掛けたら、多分俺の方が先だ」
そう、息を整えながらグレアは言った。
「あんたは死ぬほど嫌いなんだろうけど、俺は別に、あんたのこと嫌いじゃないんだ。あんたぐらいだしな、回りくどくなく真っ直ぐ敵意向けてくんの」
口端の血を袖口拭いながら、そう言ってゆっくりと剣を壁から引く。鞘に納める。
「……たぶん、あんたの言うとおりなんだと思う。俺が消えた方が、クロノ家の皆にとって多分都合が良いってな」
少しよろめくように、足を引きずるように。
そうやって身体を動かしつつ、続けた。
「けどそれは御当主様が決断を下すことであって、あんたじゃないだろう……あの方が、要らない人間だとはっきり言ってくれるのなら、俺は迷わずその決定に従う」
まったく、どうしようもないほどに、であればこそなおさらに腹の立つ、正論だった。
そう本人の口から言わせることが出来たのなら、ここまで苦労はしない。
「待て……どこへ行くつもりだ……!」
リジェクが詰るように言葉を絞り出すと、最後に一度だけ振り返って、グレアは何のことも無さげに答えた。
「ご飯食べに行くんだよ、あいつと一緒に」




