6.弾倉の星
疾――。
呼気と共に、リジェクが前後させる二の腕から圧縮されて繰り出される、魔力弾。
礫のごとき形状のそれは破砕音と共に壁に打ちつけられる。
リボルバーアストロジー。
それが、リジェク愛用のエニグマの名である。
腕に展開した蓮根の断面が如き、円形に規則正しく穴を穿ち並べた陣こそが、系統樹の形である。
……古来、魔導の術法とはすなわち相伝の法であり、貴族の特権であった。
だが先々帝の御代、エニグマが台頭を始めた時代、特権は徐々に特権で無くなっていく。
ランドバーク家のように、自ら術法を提供することで、この新興技術の恩恵に与らんとする者あれば、罪を得て家財と共に剥奪される者あり。あるいは恭順を条件に秘伝の術法を開示する他国あり。
だからこそ、系統樹に組み込まれた術式は言語、起源となる宗教観や文化、伝承が滅茶苦茶に混在している。
おそらくはこれも、そうして抽出したものを系統樹に組み込んだもの。
『星』を司る魔導に、未知の機構を掛け合わせた、いわば――異種混成魔導。
近距離が主体のジェミニシリーズと、本来組み合わせるエニグマではないのだが、あえて好んで用いる数寄者がいると聞く。リジェクもいかにも堅物然とした顔をしておいて、その類か。
「ちぇありゃあ!!」
普段まず聴かないであろう、リジェクの雄たけびが轟く。
頭ほどのサイズの塊が左右から六発。交互に突き出し、振り抜いた拳から放たれる。
【釣瓶】。
魔力弾を間髪入れず斉射する基本術。
だが、この限られた空間においては、何よりも手数を増やされることこそ脅威だ。
ならば、【刻】を用いてやり過ごすか――論外。
そもそもが、リジェクが脈絡も無く喧嘩を吹っ掛けて来た理由は、おそらく……
「っと!」
防御と回避を織り交ぜそれを回避、【速駆】で一気に距離を詰める。軌道は単調。ある程度の見慣れてしまえば、そこまで苦にはならない。
だが、そこに油断を誘う作為を感じる。
(となれば、次はアレが来る)
それを踏まえて、一息で間を詰めようとする。
リジェクのパークは、【再装填】。
一度放出した魔力を自動回収、自身に還元する術法。元は、星の運気運行を、己が許に手繰り寄せる術法だったのだろうが、それが未知の技術と合成し、適合するよう落とし込められた結果このパークとなった。
そして――回収される魔力は、その過程において、発射した際と同様の速威を伴う。
転身し、自らに追い縋る魔力弾の速さに、グレアは舌打ちする。
リジェク本体を攻撃する前に、引き返してきた弾がこちらの背に命中する。そう踏んだグレアは、一旦足を止めて振り返りざま、剣を振るった。
【転】の連打で、撃ち落とす。
威力を相殺することは敵わないが、一時的に、軌道を迂回させて時間と空間を作ることはできる。その間に、本体を叩く。
再度駆け出し、刃をリジェクへ叩き込む。
だが、その拳に触れた瞬間、腕から先が脱力感に襲われた。ひとりでにその身は、脇へと逸れていった。
その接触の間際、小さな穴で囲われた円陣が、グレアの剣とリジェクの拳の接点に発生した。ガチャリと錠を下ろすが如き音と共に回る。
すなわちこれ、リジェクの【転】である。
「この程度の方向操作スキルなど、クロノ・ナイツの人間ならば誰でも扱える……思い上がるな」
すれ違いざま、睥睨しながらリジェクは吐き捨て、膝蹴りを繰り出した。その出鼻を踏みつけて防ぎつつ反動を利用してその背後に飛び退き、間を置く。
(これだから、同社製品対決は……!)
曲線を描いて、弾はリジェクのクラドスに吸い込まれていく。その名のごとく、左右に分かれて再装填、されていく。
そのクラドスを、傍らの壁へと突っ込ませる。
「【爆華】」
中級の火炎魔法。それが土竜のごとく壁内を伝い、グレアの横へ至る。隆起し、爆ぜた。石材の破片。そして火球。
そして正面では、第二射を放つ。
グレアを中心として、魔弾が跳ね回る。
互いに互いを弾き飛ばし合いながら、軌道で檻を作るように。
だがあまりに乱雑に過ぎ、リジェクにも読める弾道でもない。ただ彼に確実に分かるのは――確実に、自分の手元に戻ってくること。
軌道上にある、グレアの肉体がその回収に巻き込まれること。
「がっ……っ!」
四方八方から迫る熱と礫と魔。
【転】による防御が追いつかないほどに、それらに苛烈に攻め立てられる。
裾に穴が開けられ、皮膚が裂け、血がにじむ。
そのまま、グレアは膝を折る。
「おい、あんたら何やってんだ!?」
壁を爆破されたアパートの窓から、住人らしい中年男が顔を覗かせて怒鳴る。
「ご心配なく。我が家の不忠者に制裁を加えているだけです」
一顧だにしないまま冷ややかに返し、リジェクはグレアへと距離を詰めていく。
「この程度の攻撃にて倒壊するほど、都市部の防御機構は脆弱ではない。建物自体も見た目こそ派手に壊れているようにも見えるが、業者に依頼し、修復術で処置すれば問題ありませんよ」
「いや、でもしかし……」
「修復費の賠償、その他苦情等につきましては、クロノ・ナイツ本社にお申し出いただければ、我がベネディクト家が責任をもって対応いたします」
「く、クロノ……」
その名を反芻するや、頬を引きつらせた男は無言で窓を閉めた。
あらためて、若者ふたり、対峙する。ただし、形勢の優劣は、すでに明らかだった。
「パークを見せろ。でなければこのまま殺す」
やはり、狙いはそこにある。
グレアを追い詰めて、パークを、【刻】を発現させる。それをもって、確証を得たいというのが、リジェクの思惑。
「続けろよ。気の済むまで、罪の無い人間を甚振れば良い」
なお憎まれ口を叩くグレアの胸板を、リジェクは革靴の底で蹴りつけてそのまま踏み倒した。
「……『罪の無い』だと?」
その足が、さらなる重圧が加えられる。
「ふざけるなっ! 存在自体が過ちのような奴が、よくもそんなことを吠えられたものだな!」
激発するままに、リジェクは目と眉を逆立てて憤怒の形相でグレアを何度も蹴たぐり、声を荒げる。
「『与太話』!? 貴様の血が一滴の疑いなくアンティキラのものなのだとしたら、シール様があそこまで! 負い目を感じられて! 貴様のような木端に、思い煩われることなど、ありはしないっ! そんな、あの方の憐れみで生かしてもらっているだけの貴様がッ、『クロノ家が御為、この身も心も、捧げてまいります』だ!? 笑わせるなこの忌子が!」
どこかの陰で聴いていたらしいその誓いを引き合いに出した上で、さらにグレアを苛み、止めとばかりに頭を踏み躙った。
言葉が途切れた。と同時に乱した息を整えつつ、だがなお、靴底はぎりぎりと押しつけられる。
「死ねよ」
ぞっとするほどに冷たく重い声音で、リジェクは言い渡した。
「死んでしまえ。もしくは、何処へなりとも消え失せろ。これ以上あの方を苦しませるな、家の和を乱すな。それが、貴様がクロノ家に対して出来る最大の奉公だ」




