5.【雲裂】
「――そんな下らねぇ与太話、あんたほどの男が信じるとはな。第一、仮にそうだったらもう少し敬ってくれても良いんじゃねぇの」
あえて野卑な語調で軽口を叩くグレアに、リジェクはなお、その険しさを崩さない。
「クロノ・ナイツの宗主はシール様ただおひとり。如何なる血統であろうと、その権能を侵す者は許されない」
「親父殿にもそれ言ってやれよ」
「――父上など関係ないっ!」
クロノ・ナイツの実効的支配者の子息は、眉を逆立てた。
「自分のことを棚に上げて、俺の生まれのことは取沙汰するのか?」
「詭弁を弄するな。事実であろうとなかろうと、そういう噂が立っていること自体が問題なのだ。そこに加えて、家伝のパーク、シンシャ・ランドバークへの勝ち星が加われば、どうなるか……ただでさえ、シール様のお立場は危ういというのに」
奥歯を軋らせながら、リジェクは言った。心底より自身の宗主を案じているようだった。
家と社の実権を握るのは、彼の父親。そしてその父親には、その擁立したシールには、なお敵が多い。女であることを理由に引きずりおろそうという者、あるいは自身の男子との縁談を組み、権力を取り込もうと画策する者は組織の内外に後を絶たない。
「シンシャと示し合わせて、今更なんの魂胆だ! ランドバーク家と結託し、社の吸収でも企んでいるのか!?」
「妄想の極みだな。あいつとはただの成り行きの付き合いだ」
「ふざけるな! だったら何故女装などしてまでお前と接触しようとする!?」
(いや俺が訊きてぇよ!?)
喉から出かかったことを表情には出さずぐっと飲み下し、代わりに溜息を地面に落とす。
「とにかく、あいつとは何もない。あいつは何の関係もない。そして言った通り、俺はただクロノ家に仕えるのみだ」
「ならばクロノ家にとって必要と判断したら、自身が当主にとって代わるか?」
「……」
横を通り過ぎようとしたグレアの鼻先を、風の圧と熱が通り抜ける。
それは、突き出されたリジェクの右拳より放たれた魔の一撃。穿たれた壁の痕を見れば、十分な殺傷能力を伴っていたことは明白だった。
「――冗談じゃ済まされねぇぞ」
この攻撃は。
当主にとって代わるつもりかという、下種の勘ぐりは。
「この勝負、是が非でも受けてもらうぞ――クロノに尽くすのだと言うならば」
そう低い声で言うリジェクに、諦観と共に、グレアはエニグマを鞘にセットし、剣を抜いた。
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「――おい、どこへ行った?」
「おかしい、たしかにこちらに」
細まった袋小路に、縦列を組んで五人ばかりの男が侵入してきた。
追跡対象の折れた角。その終着点がここであったにも関わらず、その影は忽然と消えていたのだから、彼らの困惑は当然のものと言えた。
「ほんと、モテる男はつらいねぇ」
……女の恰好をしたシンシャは、その彼らに対して、あえて声をあげた。
仰ぎ見た先、シンシャは、我が身を空中に留めていた。
家の数階建ての建造物の壁と壁。その一方に足をかけ、もう一方に背を預け、手は帽子を押さえて。
そして逆の手を、はだけたスカートの隙間に差し込むや、そこに巻いていた短剣型の装置を引き抜く。
ヴァルゴ九式。女子供の護身用のクラドスだ。
「お望み通り、一人になってあげたよ。じゃあ、さっさと済ませようか」
普段の彼からは想像もつかない、冷えた声音でそう宣うや、ライトニングワイバーンのエニグマをセットする。
天に蓋するが如く、竜星が彼の頭上に瞬く。
瞬間、その身体は雷光となって地上に墜ちた。
空気が引き裂く音と共に、直近に在ってそれに打たれた三人ばかりが、白目を剥いてその場に倒れ伏した。命までは奪っていないが、理性の欠片もなく開けられた口と吹いた泡と、痙攣する指先が生々しい。
【雲裂】――と謂う。
雲の切れ目から光の筋が差し込むように。
飛竜を『降ろした』シンシャ・ランドバークには、ある道筋が視覚化される。
彼自身の膨大にして高密度の魔力が最大限の効力を発揮できる、絶好の導線。
もちろんそれは、予知のたぐいではなく、あくまでエネルギーの出力効率の話でしかない。よってそれを忠実になぞったところで、それは必勝を意味しない。
だが――彼の魔導の行使とその軌道とが合致した時、その移動は光の速さへと到達し、副次的に生じる魔力の余波は雷電となって周囲の一切を退け、その身に触れられる何者も無く、直撃を受け止められる者など、いようはずもない……『彼』を、除いては。
それが、竜の化身たるシンシャが天より授けられし、恩恵。
「ありゃ、討ち漏らしたか。やっぱ普段こっち使わないから、リーチの把握が難しいな」
目線を落とし、クラドスのグリップの具合を確かめながら、ポツリと漏らす。
「大事な、時間だったんだ。君らにとってもたぶんそうなんだろうけど、俺にとってはもっと、ずっと」
瞬く間に戦力が半減し、愕然としてその身を凍らせた残り二人に向けて、ゆっくりとシンシャは顔を持ち上げた。
「悪いけど、加減はできない」
彼らにとっては、あまりに無慈悲にして絶望的な宣告と共に。
開かれた蒼き双眸が、人ならざる別種の生き物のように、煌めいていた。




