4.待ち構えた二人
ふと、気配の背に感じた。
数にして五名ほど。露店の裏から回り込もうとしてくる者。人に紛れる者。
そして気配を隠すことなく、まっすぐに追ってくる見慣れた人間、一人。
「……帽子、無駄になっちまったじゃねーか」
グレアは、今日だけでも通算何度目かもしれない溜息を吐いた。
「グレア……? わひゃっ」
シンシャの肩を掴んで自分の方を向かせ、上体を畳むようにして屈み、唇をシンシャの耳元へと寄せた。咄嗟か演技か知らないが、乙女のような反応が返ってきた。はたから見れば睦み合う恋人のようにも見えるかもしれない。そしてそれは勘弁願いたいところだが、事態が事態だ、眼を瞑れと己の自尊心に強いる。
「……尾けてきてる連中、いるだろ」
「――知ってる」
自分の背越しに、確認させる。
さすがにこと『こういうこと』については察しが良いのか。落ちた声量で、シンシャはどこか冷ややかな表情で答えた。
「悪いな。たぶん、俺を追ってきた奴らだ」
「え?」
「あいつらの狙いは俺だ。だから、俺が話をつけてきてやる。その間にお前は院に引き返せ」
ひそひそと指示するグレアに、しばしシンシャは考えを巡らせるように、眼の中の蒼を泳がせた。
「……いや、このまま目的地に向かおう。ただし、二手に分かれて」
今度は、シンシャが同じように耳元で囁く。
やってしまったことをやり返されただけなのに、今度はグレアの方が、ぞくぞくとうなじの辺りに、痺れのようなものを感じた。
は、と呼気が抜けた。
「だって、このまま引き返したらそのまま魔導院で待ち構えられるだけでしょ。連中は、行先と目的が分からないから尾行してきてるんだ。だったら、この先に入り組んだ路地がある。そこで完全に撒くか……しちゃった方が良い。目的地、教えてあるよね。赤い煉瓦のところ」
「……お前、なんかずいぶん慣れてないか?」
「まぁホラ、俺ってばモテるから」
はいはい、と適当に流して、身体を離す。掴んだ肩の細さ、身体それ自体の薄さ、赤子のように甘い香り。それらが意識の中に残る。
これが学年問わず学院最強の『竜使い』であると、知識無くして誰が信じるというのか。
「じゃ! 絶対に店来てねっ、絶対だよ――グレア!」
そして溌剌と言い残すや、シンシャは油で弾ける黍のような敏捷さでその場を駆け抜けていってしまう。
数人が彼を追っていく。その両者を止める間もなく、グレアもまた、自身の『誘導』に専念したのだった。
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なるほどシンシャの言う通り。あるいは自身の心当たり通り。
少し右に折れたあたりに、奥まった路地がある。住宅の密集地に挟まれたそこは四肢を振り回す分には、十分な広さを持っていた。
その中途で立ち止まり、かつ、斜陽を背に伸びた影の正体を、顧みた。
「で、何か御用ですか……リジェク殿」
灰と褐色の青年が、硬い表情で睨み据えている。
「学院から追ってきて、しかもあんな人数まで駆り出して、大仰なことだ」
「なんの話だ……まぁ良い」
上着のポケットに両手を突っ込み、リジェクは言った。
「シール様からのご注意を無視するほどに、ランドバークとずいぶんと仲が良いようだな」
やはり、自身の連れ合いの正体には気づいていたらしい。恫喝とまではいかずとも、険しい声で圧を加えてくる。
「この件については、そのシール様から前もってお許しは頂いてますがね」
「……ならば、これそのものについては咎めまい」
だが、とそのポケットから抜き取った。
小さな輪の集合体のような、あえて艶を消した装飾具のごときもの。その輪の中に、左右の五指を通し、かつそれぞれ挟み込むようにして握り固める。
「かくもランドバークに執着されるその魔導、試してみたい。おれとも手合わせ願いたい」
――ジェミニ六式。
二つで一対の、近接戦闘をメインに想定したクラドス。
左手の甲あたりの装填口に、すでに黒色のエニグマが
「話が繋がりませんね。それこそ、同族間の私闘は禁じられているはずだ」
「その同族間の和をまず乱したのは君ではないか。なに、ほんの戯れだ。遠慮せず挑んできたまえ」
そう言って、突き出した拳を握り固めるリジェクに、
「――あの集会といい、ずいぶん回りくどいな」
と、虚飾を取り払ってグレアは冷笑した。
「言いたいことがあるなら、こんな場でくらいハッキリ言ったらどうだ?」
それを受けて、リジェクもまた、同種同質の笑みを返した。
「ならば、単刀直入に訊こう――貴様、何れかの家伝の術法を所持しているな?」
そう、直裁に問うた。
「さて覚えがないが……万が一、持っていたとして、それが何の罪になる?」
厳密に言えば、【刻】の秘匿は、あくまで処世の一つでしかない。
それを持っていたからといって、クロノ家長の継承権にはつながらない。まして、分家の身などではもってのほかだ。
――よほど下らないことを、持ち出さない限り。
「シール様に先んじてそれを獲得していること。かつそれを隠匿していたこと。それはクロノ家にとりて、重大な背信だ。査問にかけて、除籍も視野に入れる」
へぇ、と。
こちさらに語尾を伸ばす。
もちろんその目当ては、間違ってはいない。
が、これはリジェクの観察眼が優れていたわけではなく、猜疑心によるところが大きい。落としたペンを目の前で拾っただけでも、そう結びつけて邪推していたことだろう。
実際に確証があるわけではなく、だからこそ戦うことで探りを入れようと来たのだろう。
「……いや、その言い方は正しくないな。シール様に先んじて、ではない。他ならぬ《《貴様が》》、持ってることが問題なのだ」
揶揄と侮蔑を多分に含ませて、リジェクは言った。
「アンティキラではなく、クロノ家御先代の御種との風聞がある……そんな貴様がな」




