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煙たい存在

最近はポテチにはまってます

「……どうした」

 轟木が笑いを堪えながらそう言ったのは明光と別れて元来た階段を降りたときだった。わずかに開いた隠し扉の隙間からバディである後輩がこちらを覗いている。それはそれは眉をこれでもかと下げながら。目も潤んでおり言ってしまえば捜査一課の刑事がするような表情ではない。

「先輩……怖かったですぅ……」

 ……捜査一課の刑事がするような表情でもないし発言でもない。

 恐怖で目が潤み眉も八の字になっているバディに苦笑いしながら開かれた隠し扉をすり抜ける。ひとまず何があったか話を聞こうじゃないか。

「常世田は?」

「自宅に戻りました……ちゃんとこの目で見たので間違いないです」

「そうかそうか。で、何があったんだ?」

 轟木にあてがわれた部屋で恵は建物の外であった出来事を事細かに説明した。

「なるほど、外から二階に行ける階段があるんだな」

 どうやら黙って家の外に出たことに関してはお咎めなしのようだ。

「はい、外の物置から上がれるようになっているんだと思います。二階にはそんな通り道ありましたか?」

「いや……二階にはトイレと洗面所、祭壇のある部屋と明光の部屋しか無かったような気がするが。どこか見落としているのかもしれん。チャンスがあればその外の出入り口から行ってみたいな」

「そうですね、ところで……明光ってなんです?人ですか?」

「え?あぁ……」

 轟木は建物の二階であった出来事を恵に話した。二階には子供が監禁されていること。そして部屋には祭壇がありそこには人間の頭蓋骨が祀られていたこと。話を聞いていた恵の顔色は段々と青白くなっていった。

「その子って今も二階に……?」

「あぁ、見たところ五、六歳ってとこだろうな。言葉はたどたどしかったが意思の疎通は十分に出来る。体に外傷も見当たらなかったから肉体的な虐待のようなものは無いと思っている。もちろん体の自由が奪われているわけでもない、十分かどうかか分からないが食事も与えられていた。だが常世田は俺たちにはその子の存在を隠したいらしかったな、それはあの子にも同じことで俺たちのことを隠したいような言い方だった。つまり何か警察にバレては困ること……やましいことを隠しているのも確かだ」

 轟木は恵の目を見てこう言った。

「ちなみに俺はそのやましいことは殺人だと睨んでいる」

「えっ、どうしてですか」

「そりゃあ警察にどーーしてもバレたくないことのトップに関しては殺人一択だからな。ちなみに第二位は不倫」

 轟木の答えに恵は危うくずっこけるところだった。根拠も何も無い!確かに轟木は事件の関係者に出会ってそこから何か関係者がやましいことを隠しているのを目ざとく見つけることが多々あり実際にその人物が事件の犯人だった、なんてことも少なくない。本人は刑事の勘と言っているが勘にしては優秀すぎるがちゃんと後に証拠も持ってくるので恵がとやかく言うようなことはない。が今回は違う。筋が通っていない。

「どのみち仮定があるんだ。途中式を今から探すんだよ」

 ドヤ顔でそう言うと携帯を取り出した轟木は誰かに電話をし始めた。

「誰に電話するんです?」

 恵の問いに一瞬キョトンとした表情をした轟木だったが段々と口角を上げ言った。

「主任」

 ――轟木は所属する班の主任の事を便利屋か何かだと勘違いしている。恵の中の疑惑が確信に変わった瞬間だった。

 この時の顔を例えるなら『いたずらっ子の悪い微笑み』だろうな。と恵は声に出さずに一人で納得した。こういう時の彼はろくな事を考えてない、数年バディを組んできたから分かる。

 何やらコソコソと会話をしている轟木を尻目に恵は自身のスーツのポケットからチョコレートを一粒取り出した。包み紙を開け口の中に放り込む。程よい甘さが口の中に広がり無意識に入っていた肩の力が抜ける。恵はこの瞬間が大好きだった。

 実は気になっていることがある。それは轟木が先程言っていた『祭壇』についてだ。一般的に言えば祭壇とは神様を祭るものだ。日本国内で一番多いとされているのは仏教であるが仏教には教祖という存在はない。強いて言うなら『開祖(かいそ)』という存在がいる。しかしその開祖というのは言い伝え的に『釈迦(しゃか)』を指す。つまりこの島に教祖的存在である明光がいるということは明領島には仏教ではない別の宗教が布教されているということになる。そう考えてみると一ノ瀬和美の家には仏壇が無かったような気がする。と言っても祭壇があった訳でもない。そしてもう一つ気になっていることがある。一ノ瀬和美の家や村役場の玄関に置いてあった手作りの置物についてだ。恵の中で何かが少し引っかかっている。なぜ手作りのぬいぐるみが玄関に置いてあったのだろうか。恐らく何か理由があるはずだ。置いてあるものが市販のものだとしたらここまで気になってはいなかったと思う。なぜ手作りなのか。そして……どうしてこの家の玄関にはその手作りのぬいぐるみが置かれていないのか。一ノ瀬家にはウサギの置物、村役場には龍の置物。他の家には行っていないので確認することが出来ないがどうせならこの家にも置いていて良いと思うのだが。

 恵はもう一度この家の玄関を見に行こうと立ち上がった。

 部屋を出てすぐ左側にある玄関の棚に目を向ける。しかしそこにはやはり特に何も置かれていない。ただの思い過ごしだろうか。

「どうした?」

 主任と電話を終えた轟木が恵の後を追ってやって来た。恵の視線の先にある棚を見て首を傾げる。

「何か気になることでもあるのか」

「……いや、思い過ごしかもしれません」

「ふぅん」

 何やら含みのある言葉に恵は思わず轟木の方へ顔を向けると彼は何やら呆れたような表情をしていた。

「な、なんですか」

「……俺の座右の銘、何だったか覚えてるか」

「座右の銘……?」

 唐突な問いに思わず目をぱちくりとさせた。が、すぐに問いの意味を理解し得意げに言った。

「『勘しか勝たん』ですよね」

 もちろん覚えている、なにせ座右の銘に憧れていると言っていた轟木にアイデアを渡したのは恵本人だからだ。

「そうだ、勘しか勝たないんだよ。自分の勘を信じてみるのも良いんじゃないか?その勘が今引っかかっていることに対する答えを提示してくれるかもしれないぞ。そもそも刑事ってのは確証の無いことに対して一生懸命追求することが仕事だ。ほら、この国には良いことわざがあるじゃないか。『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』……だったか?お前のそのフラフラとした佇まいでももしかするとすごく大きな獲物を釣り上げるかもしれないんだぞ。中途半端に投げ出してどうする。とことん追求すればいいじゃないか」

「そう、ですね。先輩の言う通りかもしれません。……実は一つ気になっていることがあるんですけど聞いていただけますか?」

 不安そうな表情で見つめてくる恵に対して轟木は「もちろん」と言うように頷き続きを促した。

 では。恵は一つ咳払いをした。

「ぬいぐるみです」

「……ぬいぐるみ?」

「はい、一ノ瀬さんのお宅の玄関に置かれていたぬいぐるみが気になるんです」

「ピンク色のウサギのやつか」

「やっぱり気になるんですよねぇ……一ノ瀬由香さんが持っていたポーチと同じキャラクターの手作りのぬいぐるみが家の玄関に置いてあることが。実はそのウサギに対して一ノ瀬さんが何か思い入れがあるのではないかと思ってて。あと一つ気になるのはその同じような手作りのぬいぐるみがここの村役場の出入り口にも置かれていたことについてです。まぁあっちはウサギではなくて龍でしたけど」

 先ほど役場を訪れた際に一応撮影しておいた写真を見せながら続ける。

「と言ってもまだ二軒しか見てないので何とも言えませんが何か関わりがあると思うんです。もしそうだとしたら一つ気になる点が……この家には無いんですよ、ぬいぐるみが」

「ほぉ……」

「やっぱり偶然だったのかなとも思ったんですが前の二軒ともその手作りのぬいぐるみ以外のものを一緒に飾ってないんです。他のものと一緒に飾っててもおかしくないのに」

 確かに玄関先に飾るのなら沢山ってほどではないが多少の物があったほうが賑やかだし冷たい印象を受けることはない。一理ある、そう轟木は心の中で頷いた。

「で、色々自分なりに考えた結果そのぬいぐるみが神様的な役割を担っているんじゃないかなと思った次第です。……今から言うことは聞き流す程度で大丈夫です、あくまで想像なので」

「今この状態で聞き流す方が難しいけどな?」

 呆れながらも轟木は続きを促す。

「えっとまず、何でこの家の玄関には手作りのぬいぐるみが無いのかというと二階に祭壇があるからなんです。もうその時点で神様はこの家に居るようなもんですし。で、他の家のぬいぐるみをどう説明するかというと簡単に言うとそんな気軽に祭壇なんて作れないから神様に見立てたものを家の玄関に飾るんです。なぜウサギや龍のぬいぐるみなのかは知らないですけど」

 さらに恵は続ける。

「その考えでいくと一ノ瀬由香さんが持っていたポーチの説明もつくんですよ。多分この現代の鎖国と呼ばれる島を出るのにはかなりの勇気が必要だったはずです。だからお母さんはこの島の神様を模したキャラクターをポーチに縫いつけた、そうすると気持ち的にも安心出来ると思うんです……どうですかね?」

 恵の意見に轟木は何か考えるような表情をしながらゆっくりと頷いた。

「一理ある。ついでだが俺の意見も聞いてくれるか?」

「もちろん」

「問題。骨が変色するのはどんな状況でしょーか」

「……はい?」

 突然の問題に思わず困惑する恵。しかし目の前の出題者は呑気に口で時計の針が進む音を真似ている。非難的な目を向けても効果はない。ぱっと思い浮かばないがこのままではずっと轟木が時計の真似事をすることになる。なんだか腹立たしいので早急に止めさせなければ。

「変色………………火葬!!」

「うーん、残念。いや、正解ではある。けど俺の求めていた答えじゃない」

「うわ……めんどくさ……」

 つい心の声が漏れてしまった。

「聞こえてるぞー。いいか、確かに火葬した骨は変色することもある……が、俺が欲しかった答えは火ではなく水だ」

「水……水中ってことですか?」

「あぁ、とはいえ俺も専門外だから詳しいことは知らん。ざっくり説明すると骨は水中……言ってしまえば海水に長期間浸かると変色する。これは微生物とかミネラルとかの影響だな」

「へぇ」

「で、二階にあった頭蓋骨のことなんだが黒く変色しており所々窪みもあった。もし火葬なら頭だけ持って帰って祭壇に飾るのはよく分からんから無いだろう。だから多分水だと思う。根拠は無い。詳しく調べるのは科捜研の仕事だからな、仮定での話しか出来ない」

 と言ってもおそらく今日はもうこの島から出ることは不可能だ。出られたとしても明日の午前中くらいだろう。そこから科捜研に鑑定を依頼するのだから正確な答えが出るのはまだまだ先だ。つまり二人が今出来ることというのは限られている。

「で、お前は今からどうするんだ?他の家の玄関でも見て回るのか?」

「はい。出来ることをやっておこうと思いまして。まだ日も落ち切っていないので迷惑になるようなことはないと思います」

「そうだな。俺も行くわ、そのお前の言う玄関の置物の話も気になるが一ノ瀬和美を探さなきゃいけないからな。いつまでも邪魔されてたらきりがない、強行突破だ」

 轟木は踵を返し部屋の電気を消すと素早い動きで玄関の上がり(かまち)に腰かけ靴を履いた。

「分かりました。じゃあもう一度一ノ瀬さんのご自宅に連絡を入れてみます。もしかすると帰られているかもしれませんし」

 恵は携帯を取り出し数時間ほど前に掛けた電話番号を再びタップした。呼び出し音が暫く響き渡るがその音が途切れる気配はない。しばらくすると呼び出し音は留守番電話に接続する音声へと変わった。

「ダメです……いらっしゃいません」

 ため息をつきながら恵は轟木に報告した。

「やはりどこかへ連れ去られたか、畑に行って戻って来ていないのか。あのばあさんの話だけじゃ信用ならん。玄関の置物を見せてもらうときに一ノ瀬さんの所存についても聞いてみよう」

「そうですね」

 ――ガラガラガラ

 恵が頷いたその時、突然玄関の引き戸が開いた。

「え」

 驚きで目を見開いた二人の視線の先には同じように大きく目を見開いた常世田の姿があった。

「常世田さん……どうかしましたか?」

「え、どこかお出かけですか?」

 質問を質問で返すな、と恵は心の中で思ったがそれを顔には出さず笑顔で言った。

「はい、雨も上がったので散歩でもしてこようかと思って。あと一ノ瀬さんも自宅に戻られているかもしれないので。常世田さんはどうしたんですか?」

「お二人に晩御飯をお届けに来たんですけど……実はその道中にある物を発見してしまってこれはお二人にご報告しておいた方がいいと思って急いで来たんです」

「ある物?」

 轟木の問いに常世田は焦りながら背中に隠していた物を差し出した。それは女性ものの履物だった。少し薄汚れているがまだ履けないこともないグレーのスニーカーだ。

「……これは?」

 思わず掠れてしまった声に恵自身も驚きながら次の言葉を待つ。

「海の様子を見に行った際、海岸沿いに並んで置かれていました。あまり遭遇したことないシチュエーションだったので只事ではないと思って……」

「ちょっと失礼」

 いつのまにか白い手袋を嵌めてていた轟木は常世田からスニーカーを受け取った。もしかすると雨に晒されていたのだろう、じっとりと濡れている。恵も傍でその履物を見るが恐らくサイズは二十三~二十五センチ程度だと思われる。恵の靴のサイズとほぼ一緒だ。

 もしかして一ノ瀬さんの……?と恵は表情には出さずちらりと轟木の方を見た。しかし彼は常世田の方を一瞥した後、その手に持っていたものを恵の方へ寄こした。

「え?」

「え?じゃないだろう。保存しておけ」

「わ、わかりました!」

 慌ててカバンの中からそのスニーカーが余裕を持って入りそうな袋を見つけ出し慎重に入れた。

「このスニーカーを見つけたとき何か周りに不審なものとか落ちてませんでしたか」

「いえ……特には」

「そうですか」

 先ほど轟木が常世田を一瞥したのは何故かよく分からないが不信感が高まっているのは嫌なほど分かる。

「ところで晩御飯を食べませんか?他の家の方々もこの時間にはお召し上がりになるころですし……今行かれるとご迷惑になってしまうかもしれませんよ」

 悪意のない純粋な笑顔を向けられて断れる人間がいるだろうか。思わず恵が頷いてしまうと常世田は満足げな表情をして家の中の台所へと向かって行った。

 斜め後ろから大きな舌打ちが聞こえた。

轟木、舌打ちはやめておけ

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