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賭け

 恵は目の前の光景に対して満足げに息を吐いた。完璧である。轟木と分かれた恵は『隠蔽工作』を始めた。まず用意されていた毛布をグルグルと巻き、両端と真ん中を持参していたロープで縛りつけた。そしてその上に掛け布団を被せれば『体調が優れなくて休息をとっている轟木先輩もどき』の完成だ。実際はもうちょっとこだわりたいのが本音だが手持ちの関係上必要最低限のものでの再現となった。

「けどなんかちょっと物足りないよなぁ……」

 しかし納得のいってない恵は持っていたカバンの中身を漁り、しばらくするとお目当ての物を見つけ出した。

「これだ!」

 それは某格安店舗などで見かける『ウィッグ』だった。実際の轟木の髪型より少し長めで髪色も明るいが茶色は茶色。……誤差だ。まさかこんなところで役立つとは。カバンの中に入れておいて正解だったとつい自画自賛してしまう恵だった。もちろんグルグル巻きにされた毛布に被せるにはサイズが小さいので申し訳程度に乗せるだけである。さすがに様子を見るにしてもわざわざ布団の中を覗き込むなど野蛮なことはしないだろう。改めて完成した『作品』を見るが限られたものでそれ相応のものを作った、とても素晴らしいことだ。これにて自分の役割はほぼ終了したと言ってもいい。

 恵が轟木から頼まれた課題は、万が一常世田がこの家に戻ってきた場合に隠し部屋の探索に向かった轟木のことがバレないように上手く誤魔化すという中々にハードルが高い内容だった。しかしその課題もクリアし言ってしまえば恵は手持ち無沙汰となってしまった。いや、正確には手持ち無沙汰ではない……のだが。ターゲットが姿を現すまでが手持ち無沙汰なだけで一番いいのはターゲットである常世田が再びこの家に姿を現すことなく轟木が無事に二階から戻ってくることだ。このまま特に何もすることなく戻ってくるのを待っておくのもいいが恵は刑事だ。出来ることはやりたい。今、この状況で出来ることは何か。そう、探索だ。二階の探索は轟木に任せているので恵が出来ることというのは一階の探索だ。だがあまり隅々まで探索してしまうと万が一常世田が戻ってきたときに気づくことが出来ないかもしれない。それでは本末転倒である。とはいえ轟木からは家の外に出てはいけないとまでは言われていない。この家の周辺なら見て回っても許されるのではないだろうか。家の周辺を探索していても誰か訪問者が来れば足音で分かる。いざとなれば多少の誤魔化しもきくだろう。

 恵は玄関で靴を履き、そのままゆっくりと玄関の引き戸を動かした。先ほどまで恵たちを翻弄していた悪天候はすっかりどこかへ逃げてしまったのか空にはわずかに雨雲が残っているものの隙間から太陽の光が差している。

「(あれ、これもしかして帰れるのでは?)」

 現在の海上の様子がどうなっているのかは分からないがこの天気なら比較的帰れなくもなさそうだ。しかしこの島ではまだ調べなければならないことがある。なんとかして踏みとどまらなければならない。恵は家の外に人影がないことを確認し慎重に外へ出た。足元はぬかるんでいるが屋根のある範囲では問題なく動けそうだ。

「せっかくだし少しだけ辺りを探索してみよう……」

 別に持ち場を離れるわけではない。自身が滞在する場所に危険が無いかくまなく調べる。責められるようなことはしていない。

 家の周りには農具やら色々なものが所せましと置かれている。しかし、肝心の畑のようなものが近くにはない。この島に上陸してから今の今まで畑というものを見た記憶がないことに恵は気づいた。この明領島は現代の鎖国と呼ばれているらしい。島の外からの食料は船で週に数回送られてくる。そうなるとそれ以外は自給自足となる。自給自足なら島の至る所に畑があってもおかしくない。島民の生活で必須といっても過言ではないと思うが……どこにあるのだろうか。一般的に考えて畑というものが海沿いにあることはほぼほぼない。理由は至って簡単で、海からの潮風に作物が耐えられずに痛んでしまうからである。と、なると内側か。この家は比較的高台にあるが軽く辺りを見渡してみても畑のようなものは見当たらない。空き地はあるが草が伸び切ってたり明らかに人が住んでいるようには思えない半壊している建物があったり景観的にも畑を作るには適していないようだ。ならこの島の食料はどこから?とはいっても恵が知るのはこの島の一部に過ぎない。まだ見ていないところに畑があったりしてもなんの驚きもない。そういえばこの島を外の海から見た時には二つの島が連なっているように見えた。今いる島が大きい方だとするなら面積が小さい方には何があるのだろうか。とても気になる。今すぐにでも行ってみたい。己の好奇心に負けそうになった恵だったがふと彼女の脳裏に轟木の顔が浮かび上がった。髪の毛からは鬼のように立派な角があり口には鋭い牙が生えていた。とても怖い。

「行くのはやめておこう……」

 好奇心の行くまま探求心に身を任せるのもいいがその身が危険にさらされたら元も子もない。結局は自分が一番可愛いのだから。恵が身震いをしながら家の周りを探索していると遠くからゆったりとした足音が聞こえてきた。最初は気のせいかと思っていたが確実に近づいてきている。もしかすると常世田が戻ってきたのかもしれない。恵は素早く携帯を取り出し轟木に連絡を取ろうとした。しかしその足音は玄関に向かうことなく建物を回ってこちらへ近づいてきているではないか。どういうことだ?もしかして隠しカメラがどこかに設置されておりバレてしまったのか?と疑問を抱きながら恵は近くにあった物置のようなところへ逃げ込んだ。そして偶然木箱と木箱の間に丁度人が一人隠れられそうなスペースを見つけ急いでそちらへと身を隠した。段々と近づいてきた足音に対してそのまま通り過ぎてくれ、と祈ったがその願い虚しくなんとその人物が恵の隠れている物置へとやって来たのだ。バレたのかと思ったがその人物――常世田は隠れている恵に目を向けることなく物置の奥へと歩いて行った。物置の中は電気がなく暗くて見えずらいがよく目を凝らすとその奥に階段のようなものがあるように見えた。ギョッとしたまま恵が常世田の動きを観察していると彼はその階段に足を掛けゆっくりと上っていった。



 轟木が偶然見つけた人間の頭蓋骨をくまなく見ているとポケットの中にある携帯が振動した。手に持っているものを落とさないように慎重に箱の中に入れ元通りにすると轟木は携帯を開いた。

『やば』

 恵からのメッセージはそれだけだった。電話じゃないのかよ、とも思いながら素早くこの二階から撤退するために足元にいる明光へ声を掛けようとした瞬間だった。何者かが階段を上がって来る音がする。それを耳で拾った途端に轟木の脳がとんでもない速さで回転した。彼女には『常世田が戻ってきたら電話を掛けてくれ』と言ったはずだ。しかし電話じゃなくてメールだった。つまり今彼女は通話が出来る状態ではない……バレたか?

 背筋に冷たい汗が走る。もしこの状況に陥った際の対処法などを頭の中でシミュレーションしていたはずだがすっかりと抜け落ちてしまった。一旦身を隠すかと焦りながら視線を動かしていると足元の明光がズボンの裾をグイグイっと引っ張ってきた。

『どうした?』

 声が出せないので口パクで問いかけると明光は引っ張る力はそのままに自分の部屋まで轟木を誘導し、襖のついた物置をピシッと指さした。焦りながらも何を意味するのか分からない轟木はその場で怪訝そうにしながら首を傾げた。すると自分の言いたいことが伝わっていないことに気が付いた明光は襖を勢いよく開けるとそのまま轟木の背中を押した。困惑しつつも頭をぶつけないように大人しく物置の下の段に体を滑り込ませた轟木に明光は満足げな表情を見せると襖を閉めたが数ミリほど開いており目を凝らすと外の様子が分かる。

 離れて行く白い背中を見ていると奥の祭壇のある部屋に常世田が姿を見せた。恐らく隠れるのがあと数秒でも遅かったら轟木の姿を見られていただろう。明光の機転の良さに感謝していると彼女は常世田に向かってこういった。

「パパ!」

「(パパ!?)」

 驚きの中でも声を出さなかった自分を褒めたたえたい、轟木はそう思った。二人の様子を伺っていると常世田もゆっくりとしゃがみ明光の頭を数回撫でる。否定しないところを見ると本当に父親なのかもしれない。娘を代弁者――教祖にしているのか?

「体調は大丈夫か?」

「うん!めいこーげんき!」

「そうかそうか。ところで明光、一つお願いがあるんだけどいいかい?」

「おねがい?……おいのり?」

「ううん、違うよ。実は今日この下にお客さんが来ているんだ。明光のことは内緒にしたいから明日のお昼ぐらいまで静かにしててくれる?」

「あい!」

 明光は元気よく手を挙げた。もうこの時点で静かに出来ていないのだがそこに関しては目を瞑っておこう。っていうかバレてないんかい。

 下にいるお客さんというのは間違いなく自分達のことだろう。やはり彼女の存在を警察に知られるというのは困ることらしい。まぁそうか、監禁してるもんな。

 一人で納得していると常世田は手に持っていたビニール袋に手を入れてガサガサと何かを取り出した。よく見えないが……ラップに包まれたおにぎりのように見える。時間的にも考えてちょっと早めの晩御飯というところだろうか。ちょっと早めと言っても今の時間はおそらく午後四時前後なのでかなり早めの晩御飯だ。食事は問題なく与えられているようだ。彼女の身体にも一見したところ怪我なども無かったので虐待の線は除外しても良さそうだ。しかし彼女を抱き上げた時の細さを考えるとまだ喉に小骨が刺さったような違和感を覚えることも間違いない。

「これを食べたら歯磨きをして早く寝るんだよ?」

「あい!」

「明日の朝また来るからね」

 常世田は明光の頭をわしゃわしゃと撫でるとそのまま部屋を出て行った。その後小さく階段を降りる音がした。しばらく物置の中に隠れていたが彼が戻って来るようなことはなかった。轟木は一つ息を吐くとゆっくり襖を開き外の様子を伺った。部屋の入口には明光が笑顔で立っている。

「それ、パパから貰ったのか」

「うん!パパやさしい!」

 自分が監禁されていることを知っているのかどうか分からないが嫌な顔を一つもせずに笑顔で言う彼女に轟木は少しばかり心が痛んだ。恐らく彼女は『純粋』なのだろう。

「パパは好きか?」

 轟木は明光と目線を合わせるように膝を曲げしゃがんだ。彼の問いに彼女はその目を真ん丸にした後に数回パチパチと瞬きを繰り返したが質問の意味を理解したのか手に持っていたおにぎりを大事そうに抱きしめながらこう言った。

「うん!だいすき!」

 すごく心苦しい……。もし今ここがとある山の頂上で目の前には数々の山が連なっているとしよう。確実に轟木はそれに向かって叫んでいたであろう。自分が何をされているのか理解せず純粋無垢に父親へ愛を向けている。常世田はそんな娘の思いを無碍にしていると言っても過言ではない。事情はどうであれ彼のしていることは立派な犯罪だ。そして轟木は警察、囚われている少女を救い出さなければならない。

「……ちょっと聞いてくれるかな」

 真剣な表情でそう切り出した轟木に明光は不思議そうな顔を向ける。

「君が理解出来るかどうかは分からないが、俺は警察だ。そして君をここから助け出さなければならない。ここまでは分かるかな?」

「うん?」

「分かってないな、よし」

 頷くと轟木は自身のスーツの胸ポケットから携帯電話を取り出しそれに付いていたキーホルダーの紐を慎重に外すと明光の手のひらにゆっくりと乗せた。

「これはおまもりだ。明日、君を助けに来る。それまでこれを持っていて欲しい。パパにも内緒だ」

 人差し指を唇に寄せると意味を理解しているのか分からないが彼女も同じようなポーズをした。その小さい手から下げられているのははにわのキーホルダーだ。同班の厚田が班の全員に渡したものである。どうやらお揃いをしてみたかったらしい。最初の内はこの歳でお揃いはちょっと……と照れくささやら何やらがせめぎあい乗り気ではなかったが今となってはこのたんぽぽを持ったはにわに対して可愛いという感情は少なからず芽生えている。たんぽぽの花言葉は『幸福』、そして『神託』。皮肉なことだが前者は今の彼女に無くてはならないものだ。

「いいか、内緒だぞ」

 もう一度言うと彼女は意味を理解したかのように大きく頷いた。今轟木が出来るのはこれくらいしかない。これは一か八かの賭けだ。轟木がこの部屋の存在、そして彼女の存在を知ってしまったことを常世田が知るとどうなるのか見当もつかないが良い方向に進むことはまずないことは分かる。

「しかし、君がパパとこれからも一緒に居たいのなら明日の朝これを見せなさい。ここから逃げ出したいと思っているのならこれはなんとしても隠し通しなさい。分かったか?」

 問いかけの意味を理解しているのかどうか知らないが明光は手の中のはにわを見て首を傾げている。この子を見つけてしまった以上このままにしていおくわけにはいかないことに間違いはないのだがもし彼女が父親と一緒にいることを願うのなら少し話が変わってくる。

 これからどうなるのか分からない。分かるのはこの子に全てが掛かっているということだけだ。

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