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めいこーはだいべんしゃ!

 背後の扉の先から人の気配が無くなったことを確認した轟木は静かに息を吐き目の前に現れた階段を見上げる。ざっと数えて十四、五段だろうか。階段の色は暗めだが所々ムラがある、一般的な木材の上から自分で塗料を塗ったのだろうか。

 扉を開けた先は空気が澄んでいた。どこか心が安らぐ――神秘的という表現が合っているだろうか。同じ室内にも関わらず別世界のような印象を受けた。だがそれと同時にこの島に来た時に感じた不快感が轟木を襲う。何もないのならこのような空気が漂うことはないはずだ。

 轟木は物音に十分注意して目の前の階段を一段一段ゆっくりと上がっていく。時々木が軋む音がするので注意深く様子を伺うが相変わらず人の気配は全く感じない。

「(本当にただの隠し部屋なのか……?いや、ただの隠し部屋ってなんだよ。やましいことがないとこんな手の込んだもの作らないだろ)」

 もしものために何か武器になるようなものがあるといいのだが残念ながら今の轟木の所持品は警察手帳と携帯、そして普段は活用しないが形だけでもしっかりしたほうがいいという考えの元、一応スーツの内ポケットに入っているメモ帳だけだ。武器になるのは己の拳しかない。あとは手錠もあるが……これは武器として換算しない方が良さそうだ。

 階段を登りきるとそこには三つの扉があった。正面には襖、左側もそうだ。右側は他の二つとは違いよく見るドアノブが付いている扉だった。おそらくトイレか何かだろう。轟木はドアノブに手をかけ鍵がかかっていない事を確認すると勢いよく扉を開けた。が、そこにあったのは普通の洋式トイレで怪しい点は何もない。しかし見たところ定期的に清掃をしているようで綺麗な印象を受けた。つまり定期的に使用している人物がいるという訳だ。もう一度トイレ内を見渡し異常が無いことを確認して扉を閉めようとした轟木の目に気になるものが映った。トイレ用のスリッパなのだろうが大人が使うものにしてはかなり小さい。言ってしまえば子供用だ。

「(もしかして子供がいるのか?)」

 轟木は一階の居住スペースの様子を思い返すがこの家に子供がいるような痕跡は何一つなかった。あったとしたら轟木や恵が気づくだろう。そもそも常世田はこの家を普段使いしていないといっていた。昔のものなのかもしれないと思ったが定期的に清掃されているようなトイレを見たばかり、そのような考えはすぐさま塵のように消え失せてしまった。隠しているのは子供の存在かもしれない、一つの可能性を考えながらも轟木はトイレを出て右側の襖へと足を進めた。正面の襖は一枚、しかし右側の襖は二枚――つまり両面襖と呼ばれるものだ。白い鳥のような模様が刻まれている。耳を澄ましてみるが足音どころか物音一つしない。先ほどのトイレのドアと同様に勢いよく開く。室内に人はおらず襖が枠に勢いよく当たった際の乾いた衝突音が響き渡る。襖の影にも人影が無いことを確認した轟木はその部屋に足を踏み入れたが目の前に現れた光景に思わず息をのんだ。

 そこには祭壇のようなものがあった。

 轟木の母方の祖母は『ユタ』だった。彼が持つ霊感もおそらく彼女の影響だろう。とはいえ彼の母親は霊感などとは無縁の人物だったし最初は偶然かと思っていたが調べてみると祖母から一つ飛ばして孫が霊感を持つこともあるらしい。しかし霊と会話をすることが出来ていた祖母とは違い轟木は霊と会話をすることが出来ない。姿も見えて会話も出来れば被害者から誰に殺されたか、殺された場所はここか、など聞き出すことが出来るのだがそれがうまくいかないのが人生。事件を捜査していく中で出会った人物に対して「こいつ、人を殺したことがあるな?」と思う『勘』だけが残った。ちなみに轟木が先ほど出会った常世田という人間、アイツは人殺しをしたことがある。そう刑事の勘が言っていた。勘しか勝たん。

 目の前の祭壇は母の実家で見ていたものとは比にならないくらい立派なものだ。そして異様な雰囲気を醸し出している。ゆっくりと近づいてみるがそれが何かなのか、分からない。分かるのは不気味さだけだ。

「(……ん?)」

 何気なく足元に目線を下げた轟木はあることに気づく。祭壇がある部屋は和室で床は畳だ。その畳が所々擦れている。ということはこの部屋には少なからず複数の人間が出入りしている可能性がある。トイレなどを綺麗に保っているくらいだ、普段使っていないのなら畳の修理などをしてもおかしくない。それが無いってことは今でも頻繁に人が出入りし畳の修理などを気にしなくてもいいということだ。祭壇には果物やらお菓子やらが供えられている。ほこりが被っているようなこともない。定期的に手入れをされていることが分かる。同じく供えられている花瓶に入った花を見るがどうやら造花ではないようだ。いくら暑さのピークが過ぎ去ったとはいえまだ冬と呼ぶには早い季節、定期的に花瓶の水を変えないと花は枯れてしまう。普段使わない家の隠された空間。定期的に手入れされている盛大な祭壇と所々擦れている畳。その三つが何を意味するか考えた轟木の頭にはある二文字の単語が思い浮かんだ。

「……宗教」

 この島の人間が定期的にここへやって来て祭壇に向かって祈りを捧げているとしたら……?宗教という可能性を考えると複数の謎が解けたような気がする。

 まず一つ、この島の人間が轟木たちに向ける態度のことだ。もちろん気さくで親切な人物もいたがどこか疎外している感は否めない。もし仮にこの島全体が一つの宗教団体だとしよう。彼らからしてみれば轟木たちの存在は言ってしまえば『異物』、信仰する上で邪魔な存在。二つ目は『現代の鎖国』という不気味な呼称。スマートフォンを始めとする文化が浸透していないと仮定すると意図的に誰かがこの島を鎖国のようにわざと孤立させている。その理由の根底に宗教があるとしたら、誰が、何のために。

「……ダメだ、頭が回らん」

 轟木は首を軽く横に振りながら考えを整理しようとするが情報量が多すぎでパンクしそうだ。他にも気になるところはあるがこれ以上探索するとさらに情報過多になりそうだ。しかしこの機会を逃すと次いつまたこの空間に入り込めることが出来るか分からない。ギリギリまで粘った方がよさそうだ。気を取り直して歩みを進めようとするとふと左足に何かがぶつかった。下に目を向けるとそこには白い着物を身にまとった小学校低学年くらいの少女が轟木の足にしがみついていた。……これは、監禁か?

「へ……?」

 人間は本当に驚くと声が出なくなるらしい。実際に轟木の口から出たのは文字ではなくほぼ空気だった。驚きのあまり口を閉ざしてしまった轟木をよそにしがみついたままの少女は楽しそうな笑みを浮かべ離れない。

「こ、こんにちは?」

「へへへへ」

 轟木の問いかけに対して答えた……と考えていいのだろうか。しかし意思の疎通は出来た。座敷童(ざしきわらし)のような存在かと思ったがどうやら違うようだ。

 轟木は少女への警戒心を解かないようにしながらゆっくりと片膝をつき目線を合わせる。

「俺は警察だ。分かるかな?」

「んー?ふへへへ」

「……参ったな」

 会話が成立しない。もしくはこの子は言葉をしゃべることが出来ないのか。一見したところ虐待を受けているような外傷は見当たらない。外に出ることがないのか肌はまるで人形のように白い。身の回りの世話はちゃんとされているようで髪の毛が痛んでいる様子もない。気になる点があるとすれば少しばかり痩せ気味ということだろうか。

「どうしたもんかね」

 本来警察が監禁状態の子供を発見した場合、直ちに保護をし児童相談所に連絡をしなければならない。それは轟木もよく分かっている。が、今は状況が状況だ。悪天候の影響で島から出られないし何よりこの子を保護しても常世田に見つからないという保証はない。安全面から考えると天候が回復するであろう明日に保護をして救い出すことは最良だろう。それが出来るかどうかはこの部屋に盗聴器や監視カメラがなければの話だが。もしあったとしたならば確実にヤバい。そんなことを考えぐねていると轟木を見上げる二つのまん丸の目が細められ彼女の口からこんな言葉が出た。

「だっこ」

「いや、喋れるのかよ」

 同年代の子と比べるとおそらく細いであろう両手をめいっぱい伸ばしながら抱っこをせがんでくる少女に轟木は仕方なさげにゆっくりと抱き上げた。着物越しの体はやはり痩せているように思える。しかし抱っこされて嬉しいのか当の彼女は楽しそうな声を上げている。

「(パッと見たところ健康状態に問題はないか……)」

 しかしどうするこの状況。言ってしまえばこれは今この子供に捕まっており身動きが取れなくなっているといっても過言ではない。

「君はどこから来たんだ?」

 轟木が問いかけるが腕の中の少女は首を傾げるだけで返答はない。もしかすると必要最低限の言葉しか喋れないのかもしれない。その可能性も考えながら轟木は意味もなく部屋の中を歩き回る。

「君はここで何をしている?」

 もう一度問いかけてみると少女は腕の中から轟木の目をしっかりと見てこういった。

「おいのり」

「……君は教祖なのか?」

「うーん?めいこーはだいべんしゃ!」

「めいこー?代弁者?君の名前はめいこーというのか?」

「うん!」

 大きく頷いた『めいこー』は轟木の腕の中で手足をバタバタをし始めた。

「降りるのか?」

 怪我をさせないようにゆっくりと少女を下ろした轟木は何やら奥の部屋へ走って行った彼女を追いかける。慎重に扉から顔を覗かせるとそこには子供部屋があった。空色の布団に小さな机。天井には丸形のライトがぶら下がっている。部屋の隅にはタンスがある。とはいえ必要最低限のものしか置かれていない質素な部屋だ。彼女は机の前の椅子に座ってペンを持ち紙に何かを書いている。少し危なっかしい手つきだが見守る。彼女は自身のことを『代弁者』といった。祭壇のある部屋がこの島の宗教にとってとても大事な場所だとしたら彼女は大人たちによって強制的に教祖――代弁者として祀られている可能性もある。その主な要因が常世田だとしたら……立派な監禁罪だ。しかしこの島の宗教というのは詳しくいうとどのようなものなのだろう。以前興味が湧く。轟木が思考の海を彷徨っていると彼女は椅子から降り彼に小さな紙切れを手渡した。白い紙きれには歪んだ文字で『明光』と書かれているように読み取れる。

「これが君の名前か?」

「めいこー!めいこー!」

 頷きながら楽しそうに飛び跳ねる彼女――明光を見て轟木は仕方なく再び抱き上げた。なぜか知らんが懐かれている。

「(俺は二階の調査をしに来たんであって子守をするために来たわけじゃないんだが……)」

 どうしたものかと考えあぐねていると祭壇の上に置かれている小さな木箱が目に入った。

「(なんだこれは)」

 腕の中で大人しくしていた明光をそっと降ろし、警戒しながらその木箱を手に取る。見たところ白い木、シラカバのようなもので作られているようだ。

「これ、何か分かるか?」

 足元で不思議そうな顔をしている彼女に問いかけてみるが分からず首を傾げているだけだ。他のお供え物は外から見ても分かるように置かれているがこれだけは木箱に入れられている。重さ的にはそこまで重量はない。けど慎重に扱われているのも確か。とここで轟木の頭にとある可能性が浮かび上がる。食べ物でもなければ花でもない。しかし中くらいの大きさの箱に入る神への貢ぎ物。それは何か。轟木は木箱の蓋を慎重に開けた。その中に入っていた物を確認し絶句しながら掠れた声を絞り出した。

「マジかよ……」

 木箱の中に入っていたのは人間の頭蓋骨だった。

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