勘しか勝たん
『なるほど……分かりました。では引き続き捜査の方をお願いしますね』
「また何か進展があったら連絡しますわ。明日には天気も回復すればいいけどなぁ……。充電器を持ってきてないからあんまり携帯を使いたくない」
『明日には回復するようですよ。その気持ち分かりますよぉ、調べものをするより情報共有のために残り少ない電池を使ったほうが有意義ですから』
「ふふ、確かにそうだな。じゃあ」
警視庁にいる主任に今夜は島の人のご厚意に甘えて一泊することと少し怪しい人物がいることを共有した轟木は通話を切った携帯をテーブルの上に置いた。明日には天気が回復するとなると期限はそこまで長くない。早く自身の喉の奥に引っかかっている魚の小骨のようなものを取り除かなくては。
「これからどうするか……」
小さく呟いた後、不意に奥の部屋へと続く襖の方を目を向け、そのまま動きを止めた。襖の隙間から二つの目が轟木の方を見ている。
「っ!?」
思わず石像のごとく固まってしまった轟木だったがその目の持ち主はそのまま襖を開けた。
「……驚いた時の先輩って声は出さないですけど顔がうるさいですよね」
「ど、どういう意味だよ」
未だにバクバクと音を立てる心臓を落ち着かせながら轟木は恵へと視線を送る。
「主任は何と?」
「無理のない程度に捜査の継続、あとは明日には天気も落ち着いて船が出せるだろうとのことだ」
「ほうほう、なるほど。あっ先輩良かったらこれどうぞ」
そう言って恵が差し出したのはモバイルバッテリーだった。どうやら先ほどの電話の内容を聞いていたらしい。
「え?なんで?」
「私モバイルバッテリーを常備しているんです、二つ。急なことだったので困ってるだろうなと思って持ってきました」
「あぁ……さんきゅ」
もはやなんでカバンの中にモバイルバッテリーが二つも入っているのかを聞くのは野蛮とも言える。
「ところで先輩、一ついいですか」
「ん?どうした?」
恵はカバンから持ってきたガムシロップをテーブルの上に置いた。
「先輩も感じたと思うんですけど、この島に上陸した時の不快感あったじゃないですか。今もザワザワとしてるとは思うんですけども」
「……まぁそうだな」
「もう一つ気になったことがあるんです」
そう言うとまたガムシロップをテーブルの上に置く。コイツは俺のことを報酬を寄越さないと話を聞いてくれない人間だと思っているのか?何年か前にチラッと観た事がある。邦画だったか洋画だったか忘れたが主人公の男性が腕利きの情報屋から情報を貰う際にポケットから少しずつお金を出し渡していたことを思い出した。あと少しで有力な情報が貰えそうになると情報屋が主人公に対して手のひらを差し出し金をせびる。それを見た主人公が渋い顔をしながらその手にコインを乗せる。どことなく今の状況と似ている。違うのは報酬がコインかガムシロップかという点だけだ。すでにテーブルの上には五つほどガムシロップが転がっているが流石の俺も一度にそんな量のガムシロップは飲まない。身体に悪すぎる。
「……聞いてます?」
「あぁ、聞いてる」
思考が遥か彼方に飛んでいきそうだったところをだなんとか踏みとどまり目の前の後輩に話の続きを促す。意識が飛びかけていたことに勘付いたのか知らないが非難するような視線をこちらへ送ったあと、口を開いた。
「この家、二階建てですよね?」
「は?」
「いや、家の外観を見た時『立派な二階建てのお家だなぁ』って思ったんですよ。けどさっき常世田さんが家の中を案内してくれたとき二階について何の言及も無かったですし、なんなら二階に上がる階段も無かったですし……ちょっとおかしくないですか?」
一理ある、そう轟木は考えた。確かにこの家に来た時に見た外観は二階建てだった。家の中を案内されるときも特に気にすることなど無かったが確かに二階の説明どころか存在が語られることは無かった。説明も一階建てですが何か?と言うようなものだったことを思い出す。階段はどこだ?隠されているのか?隠されているとしたらそれはやましいものがあるに違いない。
「確かに言われてみれば……なんで今まで気が付かなかったんだろうか。よし、時間はたっぷりある。隅々まで探索しようじゃないか」
思い立ったらすぐ行動。これは巻班非公式の行動理念だ。恵と轟木は手分けをして一階の探索を行う。もしこの一階のどこかに監視カメラなんてものがあったとしたら不審な行動をしているのが一発で分かり常世田が戻って来るのも時間の問題になるだろう。まぁその時はその時である。
轟木が玄関側を探索していると一階の奥の方で同じく探索をしていた恵が自身を呼んでいることに気が付いた。
「せんぱーい!」
よく通る声だ、と感心しながらその声の主の方へと向かう。
「何かあったか?」
「ここ、見てください」
恵が携帯のライトを照らしながら反対の手で指しているのは何の変哲もないただの空間だった。不審な点を強いて言うとしたらその空間だけ光源が乏しいことだろうか。おそらく携帯のライトが無ければ真っ暗だろう。しかし、よく見てみると壁の一部の色が違う。基本的にこの家の壁は白なのだろうが一部クリーム色のようだ。範囲はおよそ扉一枚分。明らかに不自然だ。
「これは……忍者屋敷とかで見る隠し扉のようなものでしょうか?」
「もし仮にそうだとしたら怪しいな。何かやましいことがなければこんなものはないからな」
「確かにそうですね。けど隠し扉だとしてもドアノブとか無いですよ?気にしすぎでしょうか」
「……例えばもし壁に何か大きな汚れとかがついてその上から色を塗る立場に俺がなったらもう少し似たような色で塗るけどな」
轟木は一部色が違う壁の上に手を乗せ慎重に様子を伺う。特に気になるところはない。次に軽く壁をノックしてみる。
『コンコン』
軽い音が返ってきた。試しに白い壁の部分もノックをしてみた。
『コンコン』
「……ん?」
「なんか音が違いますね」
おそらく文字にすると同じような表現になるだろうが耳で聞いてみると明らかに違う。クリーム色の壁をノックしたときの方が返ってくる音が軽かったような気がする。もう一度試しに両方ノックしてみるが先ほどと同じく壁の色が違う方が軽い音がする。二人は顔を見合わせタイミングよくその壁を押す。数年バディを組んでいるとお互いにやりたいことが分かってくる……と言うがこの二人の場合意思疎通が出来るかどうかは五分五分だ。ちなみに壁はびくともしない。
「やっぱり気のせい?」
「いや、ここには絶対何かある。俺の長年培ってきた刑事の勘がそう言っているから間違いない」
「……先輩って変なところで自信家ですよね」
恵が小さく呟いたそれに対して轟木は目を細めながら抗議した。
「とにかくこの壁をどうにかしよう。周りの壁を見てみても色が違うのはここだけだし絶対何かあるぞ……ん?」
何か見つけたのだろうか、轟木は壁の一部を凝視している。それにならい恵も同じところを見つめると僅かにくぼみがあるのを発見した。
「ちょっと離れてろ」
言われた通り恵が数歩後ろに下がると轟木はグッと力を込め壁を持ち上げた。すると色の違う部分がギシリと動きそのまま扉のように前へと動いた。
「わぁ」
本当に忍者屋敷のようだ。
「ほらな、何かあったろ?」
得意げにドヤ顔をする轟木を恵はスルーしてゆっくりと『その先』へと進む。
「無視かよ」
轟木もあとに続くとそこにあったのは二畳ほどの小さな空間だった。壁は他のところと同じく白く床も木で出来ている。まさに隠し部屋のようだ。しかし普通の隠し部屋と異なる点もある。扉の先にもう一つ扉があるのだ。その扉にはきちんと取っ手が取り付けられている。正真正銘、扉として機能している扉だ。
「どういうことだ?」
形のいい眉を顰めながら轟木は呟く。
「この扉の先に何かあるのでしょうか」
恵が恐る恐る扉の取っ手に手を伸ばしゆっくりと動かしてみる。しかし鍵がかかっているのかその扉が開くことはない。確かに取っ手の下部分に鍵穴のようなものがある。が二人がその鍵穴に当てはまる鍵を持っている訳もなく八方塞がりだ。
「ここの鍵もどこかに隠しているんでしょうか」
「……いや、どうだか。この空間を見つけるのに一苦労だったんだ。つまりここの存在を隠している人物――常世田は絶対にここが見つかる訳が無いと踏んでいるんだ。そんな場所の先にある扉のことも注意深く隠すと思うか?俺は思わない、ここが絶対に見つかる訳がないと思っているのならガードは緩いはずだ」
轟木は二畳ほどしかない空間をゆっくりと見回す。
「最初の扉は内側から開く構造か?」
「はい、こっち側には取っ手が付いているんで問題なく外に出られると思います」
「なるほど。一旦そっちの扉を完全に閉めてみよう」
「わかりました」
恵は言われた通り先ほど見つけた最初の扉を内側から閉めた。すると何かを発見した。扉の内側に何やら小さい正方形のものが取り付けられている。一瞬盗聴器かと身構えたが確認してみると本当にただの箱だった。中には銀色の普通の鍵が入っている。試しに鍵穴に当てはめてみるとどうやら形状は合うようだ。ここまできたらあとはもう簡単だ。鍵穴に鍵を刺してその先へ行く。それだけだ。しかしここで轟木がストップをかける。
「君は残っててくれ」
轟木が恵に対して『君』と呼ぶのは大体何かを企んでいる時だ。
「えっ、何でですかぁ……せっかくここまで来たのに」
あからさまにむくれる恵に轟木は苦笑いをしながら半ば諭すように声をかける。
「もし仮に常世田が戻ってきたとしよう。さっきまでこの家にいた刑事二人が急に居なくなっていたらどう思う?もちろん玄関には靴も置いてある。間違いなくこの家の中を探し回るだろう。そしてこの隠し部屋の存在に気付かれたのかもしれない、とも思うだろう。いいか、隠し部屋というものはやましいことを隠すためにあるんじゃない。やましい隠し事をするために隠し部屋があるんだ」
「は、はぁ……」
「突然だが、バディというものは何のためにあると思う?」
「はい?」
その通り『突然』聞かれた恵は質問の内容を瞬時に理解することが出来ず固まってしまった。
「バディとは」
「そう……ですね。いきなりパッとバディのメリットをたくさん上げることが出来ない自分が少し腹立たしいですが、今の状況で思いついたのは身の回りの安全です。安全を保障するのが大切だと思います」
恵の回答に轟木は小さく笑みを浮かべ満足げな表情をした。おそらく欲しかった回答が返ってきて嬉しいのだろう。
「その通りだ。この世界には『適材適所』という言葉がある。俺は君の『嘘をつくのは下手だが誤魔化すことに関してはプロ』という能力に一目置いている。それを今発揮するときだ」
「……褒められているのか貶されているのかよく分からないんですけど」
「もちろん褒めているに決まっているじゃないか。いいかい?」
轟木は恵に言い聞かせるように右手の人差し指をピンっと立て天井に向けた。
「俺は今からこの隠し部屋の奥へ行ってくる。俺が奥へ行ったのを確認したらこの鍵で扉を閉めて何事も無かったかのように振舞って欲しい。そしてその間君には万が一常世田が戻ってきたときの対応をお願いしたい。そうだな……彼は俺がこの島に来るまでに船に酔ってしまったことを知っているから、布団にくるまって休んでいるということにしよう。そして君の目を盗んで彼が隠し部屋に入ろうとした際には俺に電話で教えて欲しい、逆に俺がこの先の探索が終わったら君に電話をかける。分かったかな?」
「はい……分かりましたけど」
「けど?」
「その扉の奥がどうなっているのかは分かりませんが……その常世田さんが仮にやって来たとしても先輩が姿を隠すことが出来る保証もないですし、もし鉢合わせでもしたらどうするんですか?それこそ誤魔化しがきかなくなってしまいますが……」
恵の問いに轟木は鍵穴に鍵を差し込みながら考えた。確かにそこまで考えてなかった。それは今までの警察人生で行き当たりばったりで突き通すことが多かったからだろうか。正直轟木が恵とバディを組むまでは『猪突猛進』という言葉がピッタリ合うような行動で捜査し『慎重』という言葉が轟木の辞書の中に無かったようなものだ。それが今では危険性を察知するほどには成長している。もしそのころが『若気の至り』だとしたらもうそれだけ歳をとったということなのだろうか。
「うーん……まぁ大丈夫だろ」
鍵の開いた扉を手前に引き、恵に鍵を手渡しながら言う。
「刑事の勘でなんとかなるさ」
轟木の座右の銘は『勘しか勝たん』、恵が考えてくれたものだが意味はいまいち分かっていない。
扉の向こうへと姿を消したバディの背中を見つめながら恵はこれから自分がしなければならない隠蔽工作に頭を抱えるしかなかった。




