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秘密

「――で、ここがちょっと狭くて家具も無いですが一晩寝るぐらいなら特に問題はない部屋です。奥にもう一部屋あるので一人ずつ使って頂いて結構ですので」

「何なら何まで本当にすいません……」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから」

 そう言って一人の男性――常世田(とよた)正和(まさかず)は優しく微笑んだ。

 長谷川に言われるまま役所を後にした二人がたどり着いたのは島の高台に位置する一戸建ての家だった。海から少し離れているからか潮風の影響をあまり受けていないクリーム色の外壁と青色の屋根がどこか神秘的な印象を与えてくれる。どうやらこの家で一泊して行っても良いという。最初は二人とも遠慮していたが長谷川に「このままだとアンタたち今晩は野宿だよ」と冗談とも言えない表情で言われてしまったので大人しくするしかなかった。中から出てきた常世田という男性は見たところ三十代後半から四十代前半と思われる容姿をしていた。とても物腰も柔らかく恵たちがこの島に上陸した時に投げかけられた島の住民たちの居心地の悪い目線より遥かに良い印象を受けた。いつの間にか案内をしてくれた長谷川は居なくなっており二人は常世田の案内で室内を見て回っていた。

「しかし急にお伺いしたのにも関わらずここまで用意周到とは……もしかして慣れてます?」

 今まで他にも島の外の人間が帰れなくなってこの家に泊まったのかもしれない、と思い感心しながらそう尋ねた轟木に対して常世田は首を振りながら小さく笑った。

「いえ、そんなことはないです。長谷川のおばちゃんから刑事さんたちが困っているという趣旨のお話を聞いたので……あの人の頼みは断れませんよ」

「はぁ……わざわざすいません」

 物言いはぶっきらぼうだがもしかすると長谷川も根は良い人なのかもしれない。恵はとても綺麗に掃除されている部屋を見渡しながら言った。

「けどここって常世田さんのご自宅ですよね。なんだかすごいご迷惑な気が……」

「あぁ、それなら問題ないですよ。僕の家は別にありますから」

「え、じゃあここは?」

「うーん……別荘、というわけではありませんが時々使う家なんです。けど普通に水道や電気も通っているので余裕で暮らせますよ」

 暇つぶしの道具もありますし、と常世田が近くのクローゼットから取り出したのは立派な将棋セットだった。もしここにいるのが将棋のルールが分かる人間だったら少なくとも喜びはするだろう。しかし恵も轟木も将棋に関しては知識が無いに等しい。しかしあまりにも常世田が嬉しそうに紹介するのだからそんなことも言えず「おぉ~」と言いながら頷くことしか出来なかった。

「これさえあれば余裕で日が暮れますよ」

「……大好きなんですね」

「はい、とても」

 出来るだけ相手の機嫌を損ねないように肝心の注意を払いながら言葉を紡いだが返ってきたのが笑顔だったのでひとまず恵は安心した。正解の受け答えだったらしい。すると轟木が助け舟を出すかのように話題を変えた。

「そういえばなんですが……この島はコンビニとかはあります?先ほどから島を見て回った限りだとそのような建物が見当たらないのですが。やはりこの辺の離島になると個人経営のお店が主流なんですかね」

 そう言われた恵はハッとした。確かにこの家に来るまで色んなところを歩き回ったが見慣れた長方形の建物が視界に入る事は無かった。それどころかここまで見て来た建物の中に食事処のような所も無かったように見える。そこのところは一体どうなのか、恵も首を傾げ名が常世田の方を向く。すると彼は眉を下げ困ったような表情をした。

「実は申し上げにくいのですが……この島にはコンビニどころか個人経営のお店もあまり無いんですよ。昔はちらほらあったんですがオーナーが高齢になると店を閉めてしまう店舗もありましたからね。その代わりと言ってはなんですが週に四回程度、船の移動販売が来ます。ちなみに昨日来たので次は明日です」

「えっ……」

 恵は慌てて自分のカバンの中身を確認した。周りから四次元ポケットと呼ばれることが多いカバンだが流石にガッツリめの食料は入っていない。

「何か入ってるか?」

 横から轟木が覗き込むが彼から言わせてもらえば恵のカバンの中身は一部困った時にとても助かるものが入っているがほとんどがガラクタだ。

「えっと……あ、先輩これいります?」

 そう言って恵が差し出したのは袋に入ったたくさんのガムシロップだった。

「お前……なんでこんないっぱい持ってるんだよ」

「なんでって……先輩がガムシロップ不足で限界突破するのを防ぐためです」

「そんな人をガムシロップばっかり飲んでる変態みたいな言い方するな」

「紛れもない事実じゃないですか」

 確かに轟木は捜査が行き詰まったりもう少しで事件の真相が見えてきそうになったとき、給湯室などでガムシロップをコップに入れて飲んでいる。しかし限界突破という表現には語弊がある。さすがにガブガブとあんな甘ったるい液体を飲むようなことはしない。何事もほどほどが一番なのだ。第一轟木は今まで生きてきた四十四年の間に一度も健康診断で引っかかっていない。ガムシロップをたくさん飲んでいる=不健康というわけではないのだ。

「そんな困らなくたっていいですよ。お二人がよろしければ今日の晩と明日の朝、僕が何か料理をお作りしますので」

 …………

「「いやいやいやいや」」

「それはちょっとさすがに申し訳ないと言いますか……」

「泊めてもらってるのにそこまでするのは……ねぇ先輩?」

 気まずそうにする恵の問いかけに轟木はこれでもかというほど首を縦に動かした。さすがにそれはおんぶにだっこ、申し訳が立たない。

「けど……お腹は空きますよね?もしかしてそこらへんの草でも食べるんですか?」

「え……あ……」

 『絶対零度』という言葉がぴったりと合うような微笑みで論されてしまっては何も言うことが出来ない。結局二人は折れた。


 このあと用事があるので、と足早に家を出て行った常世田を見送りようやく恵は肩の力を抜いた。いきなりやって来た自分たちに嫌な顔を一つもせず宿泊を許可した彼にどこか不信感を抱いていたからかもしれない。今となっては疑ってしまって申し訳なかったと思っている。

「さて、これからどうしますか……?!」

 玄関の方を向き常世田を見送っていた恵が振り返るといきなり口元に轟木の人差し指が添えられた。静かにしろという意味らしい。恵がいきなりのことに目を白黒させながらゆっくりと頷くと轟木はそのまま携帯を取り出し画面に何かを打ち込んだ後恵の前に掲げた。

『もしかすると盗聴器が隠されているかもしれない』

「!?」

 あまりの唐突さにまたもや驚いてしまったが轟木の表情は真面目で冗談で言っている訳ではないことが分かる。恵は困惑しながらも自分のカバンに手を入れ携帯電話を取り出し、メモ帳のアプリを開いた。

『どういうことですか?』

『あの男、怪しい』

『あんなにいい人なのに……!?』

 恵が驚愕しているとそれを見た轟木はため息をつき口を開いた。

「一旦はお言葉に甘えてゆっくりしよう、俺も船酔いしちまったせいで体調が万全ではない。一ノ瀬和美が行方不明になっていることも気になるが……一度冷静になって考えてみた方がよさそうだ」

 恵を見た轟木の目が「俺に合わせろ」と言っている。

「わ、わかりました。確かに顔色悪いですもんね」

「どっちの部屋がいい?」

『あれ、持ってきてるか?』

 嘘の会話をしながら携帯でも会話をする。轟木が言う『あれ』とは盗聴器発見器のことだ。

「……どっちの部屋でも良くないですか?」

 カバンの中身をゴソゴソとするとお目当ての物が手に当たったので奥底から引っ張り出す。主任の知り合いお手製の小型盗聴器発見器だ。グレーで正方形の例えるならモバイルバッテリーほどの大きさのそれはメーターのようなものも付いており一般的に購入すると中々の値段がする代物だ。しかし、主任の交友関係にかかればお手の物。なんと無料で譲り受けたものらしい。

「手前の部屋か奥の部屋かでは大きな違いがあるだろう。まぁ、奥の部屋を譲ってやってもいいが」

「なんでちょっと上から目線なんですか……」

 ブツブツと文句を言いながらも手元のスイッチを押す。するとメーターが左から右に動いた後、真ん中のメモリで止まった。試しに奥の部屋へと足を進めてみるが同様にメーターの変化は見られない、ということはつまり二つの部屋に盗聴器はない。その事実に恵は安堵のため息をつきながら発見器を元あったカバンへと仕舞った。

「てっきりあると思ったんだが無かったな」

 同様に携帯をスーツの内ポケットに仕舞いながら轟木は言う。

「何であると思ったんですか?」

「さっきも見せたがあの男が怪しかったからな。俺の刑事の勘がそう言ったんだが……どうやら別案件らしい」

 轟木の勘はよく当たるが今回は不発だったようだ。

「長谷川さんが常世田に対して俺たちの事を話してからここに連れてくるまでそこまで時間は無かったはずだ。もし時間があったのなら隠しカメラという可能性もあったが、設置や画角調整などやるには時間が足らなすぎる。だから盗聴器の可能性を考えただけだ」

「そもそもこの島は文明の面でも少し遅れている印象がありますし、隠しカメラというもの自体が無くてもおかしくないと思います。……けどどうして常世田さんが怪しいと?」

 心底分からないと言うように恵は轟木に問いかける。しかし彼も心なしか首を傾げている。

「それもよく分からん。なんとなくそんな感じがしているだけで確証がない。ただなんとなく怪しい……それだけは分かる」

「内容がうっすいですねぇ」

「一旦頭を冷やした方がいいかもしれないな、俺はこの手前の部屋を使うからお前は奥の部屋を使え。着替えとかの調達はまたあとで考えよう」

 轟木は一瞬ムッと表情を変えたがすぐに眉を八の字にして困ったように笑った。

「分かりました」

 頷いた恵はカバンの中からガムシロップを取り出し轟木の手のひらに乗せるとそのまま部屋の襖をピシャリと閉めた。

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