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文明の遅れ

「ほらよ」

「わっ……」

 通話を終えた轟木は手元の携帯を半ば投げるようにして恵へと返した。「一応これ私の生活に欠かせない必需品なのでそんな乱暴な扱いはしないでください」などという言葉を轟木に投げかける勇気を残念ながら恵は持ち合わせていない。頬を膨らませながら後ろをついて行くしか出来ないのである。そんな恵はむくれながら前を歩く紺色の背中へ声を掛けた。

「さっき言ってたのってどういうことですか?」

「……さっき?」

 轟木は立ち止まり首を傾げながら恵の方を向いた。

「主任に船の免許がどうとか言ってたじゃないですか」

 その言葉に暫く首を傾げたままだった轟木だが合点が言ったのか笑いながら口を開いた。

「あー……あの人暇を持て余し過ぎてついには色んな免許とか資格とか……取り出したんだよ。さっき言った通り船の操縦免許とか、ちょっと前に調理師の免許も取ったって言ってたな。一番最近はドローンの免許だったような」

「主任は一体どこに向かっているんですか、第二の人生でも歩もうとしてるんですか」

「さあな、これも業務時間に暇を持て余した結果だろ」

 聞く人によっては「税金ドロボー!」などと言葉を投げかけられてもおかしくない会話だが構わず轟木は再び玄関に向かって歩き出した。

「……ん?」

 玄関に戻ってきたタイミングで轟木は首を傾げながらその場にある靴箱を見た。

「どうしました?」

 恵も轟木の背からひょっこりと顔を覗かせた。茶色の木で出来た靴箱の上には何やら手作りだと思われる小さいぬいぐるみが置かれていた。

「これは……?なんかどっかで見たことあるような」

 轟木は素早く両手に白い手袋をはめてそのぬいぐるみを手に取った。恵もどこか既視感のあるそれに首を傾げハッとした。慌てて自分のカバンの中から透明な袋に入った遺留品であるピンク色のウサギを取り出した。

「これだ……!」

 既視感の正体は神田町で殺害された一ノ瀬由香の遺留品であるポーチに描かれていたウサギだった。轟木は手に取ったぬいぐるみを慎重に扱いながら全体を見る。売り物に付いているタグのようなものも見当たらない。

「手作りですかね?」

「タグって自分で外せるのか?」

「ハサミとかで外せるはずです。けどこのぬいぐるみを見た感じそのような跡もないので多分元々付いてないんだと」

「なるほど……つまりこのぬいぐるみは手作りの可能性が高いってことか」

 となると疑問が残る。

 事件の捜査の際にピンク色のウサギについては調べられた。結果世間に認識されているキャラクターではない、つまりはオリジナルのキャラクターだいうことが分かった。ポーチにも描かれ玄関先にも手作りのぬいぐるみが置かれている。被害者にとって何か思い入れのあるキャラクターなのかもしれない。

「少し気になるので写真を撮って主任に共有しておきます。もしかすると何か知っているかもしれないので」

「確かに。あの人ならこのよく分からんキャラクターのことを知っている知り合いの一人や二人いるだろう。それはそれとして……俺たちはこれからのことを考えなきゃならない、最悪雨がすぐに止んだとしても船がここから出るか分からんからな」

 自分たちでウサギのキャラクターを調べてみようにもこの島の中だけなら限界がある、と言った轟木はそのまま手袋を取りながら靴を履き玄関の引き戸に手を掛けた。

 確かにそうだと恵も思った。現に一人この島の住民の行方が分からなくなっている。一旦体制を整えて再びこの島に上陸するのが良いのだろうか。しかしこのまま島を出てしまってもいいのだろうか。何か小さな違和感が胸の中に居座っているような気がする、島に来た時の嫌な感じもそうだがそれが『悲鳴』なのではないか……そう思っているのは恐らく恵だけではなく轟木もだろう。

「……先輩、やっぱりもうちょっとこの島に居ましょう。船が出る出ないに関わらず、もうちょっとだけ」

 すると引き戸を少しだけ開けた状態だった轟木はそのままゆっくりと振り返り小さく笑ってこう言った。

「その言葉を待ってたんだ」

「…………」

 まんまとしてやられた。

 驚きを通り越してムカつきまで覚えて出した時だった。どこからか雨音と共にこちら側へ歩いてくる人の足音が聞こえてきた。轟木は手を掛けていた玄関の引き戸をゆっくりと開くとそこには恵たちを連れてきた船を操縦していた竹田が黒い傘を片手にこちらへと向かって来ていた。

「竹田さん?」

 恵が声を掛けると竹田は傘の下から顔を覗かせ少し目を見開いた後、二人に向かってこう言った。

「あんたらやっぱりここに居たのか。実はだな、この雨の影響で船が出せんくなった。風だけならまだ良かったんだが雨で視界不良になると危ないからな」

 と、心なしが船が出せないことを残念そうにしながら肩をすくめる竹田に恵と轟木は疑問を抱いた。やはり変だ、この島に来た時と同じような扱いを受けているような気がする。『現代の鎖国』と言われているほどだ、外部から来た人間のことをよく思っていないのだろう。しかしこんな反応をされてしまうとなぜそこまで歓迎されていないのか、気になってしまう。

「――あのっ!」

「確かにそうですよねぇ。ところで竹田さん、どこか雨宿りするところはないでしょうか。このままここで雨宿りをすると一ノ瀬さんにご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんし…あいにくその一ノ瀬さんがどうやら外出されているようでして、時間を改めてまたここにお伺いしたいのですが……どうでしょう?」

 半ば遮られるような形で発言する機会を失ってしまい反論しようとした恵だったが轟木の表情を見てやめた。目が笑ってない。すごく丁寧な言葉遣い&一切目が笑っていない笑顔を彼がしているときは決まって『絶対に逃がさない』という意志の現れだ。

「雨宿りぃ?」

「ええ、雨宿りです」

 グッと轟木が竹田に近づく。するとその圧に耐えられなかったのか竹田は視線を彷徨わせながら何やら「うーん……」と考えているようだ。その様子に恵は少なからず同情した。暫くすると彼は顔を上げこう言った。

「役場とかはどうだい?」


 明領島の役場は港近くにあった。コンクリート製で一階建てという比較的こじんまりとした印象を受けた。中に入ると長年使われてきたであろう木製の机や椅子、学校でよくみる大きな数字が書かれた時計や壁に設置されている大きな黒板などどこかタイムスリップしたかのような印象を受けた。ちなみにここに来る際轟木は傘を持ってきてないことを気にしていたが恵が自分のカバンの中から折り畳み傘を二つ取り出したときは流石に目を見開いた。お前のカバンは四次元ポケットか、というツッコミも忘れなかった。

「すいませんわざわざ、ありがとうございました」

 竹田に恵が頭を下げてお礼を言うと苦笑いされながらこう返された。

「そんな大げさなことじゃないって。困ったときはお互いさまだからな」

 竹田は笑顔で白い歯を見せながらそう言うと「じゃあ俺はここで」と右手を軽く上げながら役所の外へと出て行った。

 なんだか腑に落ちない、と恵が小さくため息をつくと横に居た轟木がゆっくりと口を開いた。

「気前がいいのかどうなのか……よく分からん人だな」

「ええ、本当に」

 役所内でも窓を叩きつける雨音が良く聞こえる。先ほど外を歩いたときも思ったことだがもしかすると今日は本当にこの島で一泊しなければならないことになるかもしれない。が、仕方のないことだ、気を取り直して一ノ瀬和美がこの雨の中どこに行ったのか少しでも手がかりを見つけなくては。ひとまず聞き込みでもしようと役所内を見回してみると一人の女性と目が合った、しかしすぐに目をそらされてしまった。思わず恵は首を傾げたが轟木はそれを気にすることなくカウンターの方へと向かった。カウンターには先ほどの女性と同じく四十代に見える女性がこちらの様子を不思議そうな表情で伺っていた。

「こんにちは、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」

 轟木が控えめに警察手帳を取り出した。それを見て一瞬顔を強張らせた彼女だったがすぐさま顔に『営業スマイル』を貼り付け対応を始めた。

「警察の方ですか?はい、この島のことなら何なりとお聞きください」

 彼女の名前は『幾田(いくた)歩美(あゆみ)』、この島で生まれ育ったという。目元の泣きぼくろがチャームポイントと言ったところか。

「実はこの島に住む一ノ瀬和美さんに用事があってやって来たんですがご自宅に伺ってもいらっしゃらなかったんですよ。何か知っていることとかあればでいいんですけど……ありますかね?」

 轟木の問いに対して幾田は少し視線を上にし考え込むような動作をした。

「いやー……ないですね。あんまり姿を見かけることもないですし。けどあの人はよく畑に出かけたりしてるのでそこにいるんじゃないですかね。けど雨が降ってきたからそこで雨宿りをしているのかも」

「そうですか、ありがとうございます」

 お礼を言った轟木はチラリと恵の方を見、合図を送った。それを確認した恵はカバンから携帯を取り出して一つの写真を見せた、先ほど見つけたピンク色のウサギのぬいぐるみの写真だ。

「このぬいぐるみについては……?」

「うーん、すいませんわからないです」

「そうですか……」

 お礼を言いながら携帯をカバンの中に収納しようとすると幾田から思いもよらない言葉が発せられた。

「あの、その四角いものは何ですか?カメラですかね?」

「……はい?」

 一瞬何を言われたのか全く分からなかった。隣では轟木も怪訝そうな顔をしている。

「写真が撮れるっていうことはカメラかなって思ったんですけど違いました?」

「えっと、これは携帯電話です。カメラ機能だけでなくメッセージを相手に送れたり調べものをするときにも使えます」

「……カメラとパソコンが合わさったものってことで良いですか?」

 まさかこの時代でスマートフォンの説明をするような機会が訪れるとは思いもしなかった。思わず絶句していると隣の轟木は困惑しながら声を掛けた。

「スマホはご存じですか?通称『スマートフォン』っていうんですが」

 その問いに幾田はもう一度『スマホ』を見、首を傾げながらこう言った。

「スマホって何ですか?」

「……おっと」

 轟木は思わず驚きの声を出したがすぐに一つ咳払いをしてごまかした。

「あ、もしかしてこれと似たような?」

 幾田は傍らからとあるものを取り出した。ガラケーだ。

「ああ、そうです!このガラケーの進化バージョンみたいな!」

 恵は精一杯の笑みを浮かべながら説明をした。

「なるほどぉ……けどボタンも無いですね。不思議な形だ」

「えっ」

 まさかの返答に思わず声が漏れてしまったがすぐさま轟木が咳払いをし話の話題を変えた。

「あのこの島に寝泊まりする所はありますかね?雨と強風の影響でこのままだと我々が帰ることが困難になってしまうんですよ。この島の土地勘ももちろんないですし、どうですかね?」

「寝泊まりする場所ですか……残念ながらこの島は普段観光客の方も来ないような場所なのでそのような施設は無いんですよぉ。昔とかは友達の家に行ってお泊り会とかやってましたけど今は島の住民の方も高齢になってしまって自分の事だけで精一杯なんですよ」

「は、はぁ」

 これは困った、二人の脳内にニコニコと笑う班長の顔が浮かんできたときだった。役所の出入り口の扉が開いた。恵が思わずそちらを振り返るとそこには先ほど井戸の近くで会った女性が佇んでいた。

「あら、長谷川(はせがわ)さん!どうしたの?」

 カウンターにいた幾田がそそくさと出てきて彼女の方へと向かう。井戸の女性の名前は長谷川というらしい。長谷川はそのまま幾田と何回か言葉を交わし、恵たちの方へとやって来た。あのとき彼女が言った「罰が当たったんだよ」という言葉が未だに喉の奥につっかえている。

「アンタら帰れないのかい」

 言葉だけ聞くと心配しているように見えるが実際の表情は迷惑そうだ。

「はい……この島で寝泊まりが出来る施設があればと思ってお伺いしたんですけどどうやら無いらしくてこれからどうしようかと先輩と話していたところなんです」

 先輩と話したは嘘だが困っているのは本当だ。隣でその先輩がジト目でこちらを見ているのは気づかないふりをしよう。

「ふーん、私良い所知ってるよ」

 相変わらず迷惑そうだがどことなくその表情の中に得意げなものがある。

「え、どこですか?」

「付いてきな」

 それだけ言うと長谷川は恵たちに背を向けて役所を出て行った。しばらく呆気に取られていた二人だったが言葉の意味を理解した後、幾田へのお礼もそこそこに前を行く背中を追いかけた。

 ――あれ?

 役所を出る直前、出入口付近の電話ボックスの中に小さな龍の置物があった。先ほど見たピンク色のうさぎのぬいぐるみを思い出した恵はこっそりとその龍の置物の写真を撮った。

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