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現代の鎖国

 十月十五日  警視庁 巻班デスク

 

 東京都千代田区霞が関、警視庁。捜査一課の刑事たちは今日も今日とて都内で発生した凶悪な事件の解決のために慌ただしく動き回っている。そんな騒がしい捜査一課から少し離れたフロアにある資料室、の隣の部屋。扉には『(まき)班』と書かれたパネルが貼られている。銀色の扉を開けると室内からはパソコンのタイピング音と紙を捲る擦れた音が聞こえてくる。

 警視庁捜査一課巻班所属の厚田(あつだ)颯斗(はやと)巡査長はパソコンのモニターを凝視していた目線をのそりと上げ重たい前髪の隙間からアーモンド色の瞳を覗かせた。

「……何してるんですか」

 厚田の目線の先には手鏡を持ちながら髪の毛を整えている男性。同じく警視庁捜査一課巻班所属の梶原(かじわら)智弘(ともひろ)巡査部長だ。

「なんかさー湿気で髪の毛が暴れまわっててちょーっと気に食わないから整えてるんだよねー……アッくんもそう思わない?」

「いや?なんならいつものカジさんと何が違うのか僕には分からないです」

『アッくん』とは厚田のあだ名、『カジさん』とは梶原のあだ名である。

「えー……冷たいなぁ。まぁ分からないよねぇ、年中ストレートヘアーのアッくんにはさ」

「ええ、僕は年中ストレートヘアーなんですよね。その点に関しては両親にとても感謝してます。それで?年中くせ毛の?カジさんはそんなに自分の髪の毛に翻弄されるのなら縮毛矯正でもしてくればいいじゃないですか。美容院行く時間はあるでしょう、うちの班暇なんだし」

「うーん」

 梶原は手に持っていた鏡をデスクに置き腕を組み唸った。

「いや……君、いじるじゃん」

「まぁいじりますね」

 苦笑いしながらそう言ってくる後輩に非難の目線を送った後に自身のパソコンの横に鎮座している『こけし』を見る。このこけしは数年前……三年ほど前だろうか、興味本位で縮毛矯正をしてみた梶原の髪の毛がクルクルからサラサラになった際その姿がこけしに見えるということでプレゼントされた物だ。

「俺の髪見てこけしって言うんでしょ?」

「まぁ言いますね。けどあの時こけしをカジさんにプレゼントしたのは僕じゃないですからね?」

「それは知ってるさ……どれだけいじられてもこの子に罪はないからね。もちろんこの子を作った人にも罪はない、あるのは面白がって俺に渡してきた人間だけだよ」

 二人はチラリとこの部屋にいるもう一人の人物を見た。当の本人は窓際のデスクで何やら手元の資料を興味深そうにのぞき込んでいる。その人物というのは何を隠そう巻班の班長、巻京一郎(きょういちろう)警部補である。梶原にこけしをプレゼントしたのは他でもない彼だ。

「あのー……主任?過去の捜査資料を『読む』んじゃなくて『入力』してもらってもいいですかね」

「……ん?」

「いや『ん?』じゃないんだよな。……今読書タイムじゃないんですよぉ。仕事中!」

「いやいや知ってますよ。ちょっと興味深くて……仕事どころじゃないんですよ」

 そう言って再び捜査資料に目を通す上司に二人はもはや呆れる他なかった。マイペース過ぎる。

 現在巻班が担っている仕事は過去のデータ化されていない捜査資料をパソコンに入力していくという内容なのだがここで捜査一課の刑事がそのような仕事をしていていいのか?などという疑問を投げかけるのは止めにしておこう。もちろん彼らだって要請があれば事件の捜査はする。そう、要請があればの話だ。

『警視庁捜査一課巻班』には二つの通り名がある。一つは『捜査一課で一番暇な班』、もう一つは『捜査一課最後の(とりで)』だ。一見矛盾しているように見えるが事実なのだ。巻班はその名の通り巻が班長なのだが当時は彼の「この班を捜査一課最後の砦にしたい」という思いから結成された。班員は巻が当時サイバー犯罪対策課に居た厚田をスカウトし、前の班で一緒だった轟木と梶原が自ら志願した結果四人での船出となった。そして二年ほど前捜査一課への異動を希望していた恵を巻がスカウトし今の人員となっている。

「カジさん、諦めましょう。何言っても無駄ですよこの警部補」

「相変わらず君はあっさりとした毒を吐きますねぇ」

「あ、聞こえてた」

 先ほどの仕事モードはどこへやらすっかり雑談モードに突入してしまった三人を止める者は残念ながら今ここには居ない。

「てか僕たちこんなところでこんなことしててもいいんですか?他の班は何か色々忙しそうですけど」

「厚田くん、このデータ入力だって立派な仕事ですよ?」

「さっきまで捜査資料読みながら『仕事どころじゃない』って言っていた人間と同一人物とは思えない発言をしたぞこの人」

「それに捜査協力の要請が来てないんですから勝手に出しゃばっても邪魔もの扱いされるだけですよ。余程ウチの班に手柄を取られたくない人間が多いですからねぇ、あの捜査一課ってところは……血の気が多いんですよ」

 そう呟くと巻は再び手元の捜査資料へと目を通し始めた。

「あれ?アッくん一つだけ確認なんだけど……俺たちも捜査一課だよね?何でこの人は差別化しているんだろう?」

「……さあ?」

 特に他の班と大きなトラブルがあったわけでもない、それなのに向こうはどこか異常な競争心を抱いているしウチの班長に至っては他の班との差別化を図ろうとしている。その考えが普段される雑な扱いから来るのか自分の班のデスクが捜査一課のフロアの端に追いやられてついには別室に移動させられてしまったことへの恨みなのか。彼がなぜそこまで他の班を毛嫌いしている理由を残念ながらそれなりに長い付き合いをしている巻班の中でも知る者は居ない。


「ところでなんですけどロキさんと丸中はどこに行ったんですか?」

 雑談モードからすっかりくつろぎモードへと変わってしまった三人のデスクにはそれぞれ飲み物が置かれていた。巻はブラックコーヒー、厚田は緑茶。そして梶原は庁内のドリンクサーバーに先日お試し導入されたごぼう茶をカップに入れている。ちなみに厚田の言う『ロキさん』というのは轟木のことである。

「あぁ、あの二人ならちょっとした野暮用で外出してますよ。恐らく夕方くらいには戻ってくるかと」

「野暮用?」

「はい、先日神田駅周辺で発生した大学生の女性が殺害された事件があったでしょう?その被害者の遺留品を遺族にお返しするという任務を二人にお願いしたんです」

「遺留品のねぇ……わざわざどうして?うちの班担当じゃなかったですよね?」

 梶原がそう尋ねると巻は「待ってました!」と言うようなしたり顔をそちらへ向けた。それを見た梶原は面倒くさいことになってしまったと素朴な疑問を抱いてそれを彼に尋ねてしまったことを後悔した。

「実は被害者のご実家が東京から少し離れた離島にあるんですけどね……その島がちょっと興味深いんですよ」

「興味深い?」

「ええ。その島の名前は明領島(めいりょうとう)と言うんですけどね、どうやら簡単に言うと『現代の鎖国』と呼ばれるらしいんですよ。外部からの観光客なんてもってのほか。滅多に島の外の人間を迎えることがないそうなんです」

 興味深いですよね?と有無を言わさぬような表情を向けられ梶原は必死に頷くことしか出来なかった。圧が凄いんだ、圧が。

「しかしこの情報も知り合いから聞いたものでそれ以上の事は聞けなかったんですよ。正確に言えばそれ以上の情報が無かった……が正しいですけどね」

「つまり明領島全体の情報がほぼ遮断されているような状態でその島のことを知る外の人間が居ないって事ですか?」

「そういうことです」

 微笑みながら頷く巻の話に耳を傾けながら厚田はキーボードを操作し画面に表示された情報を読み上げる。

「『明領島』……確かにネットにも最低限の情報しか載ってないですね。場所と人口……ここまでくるとなんだか不気味だ」

「で?そんな不気味な島に二人を連れてってしまったと」

 梶原は厚田が表示したパソコンの画面を覗き込みながらちらりと巻へ視線を向けた。視線を向けられた本人は不本意そうに口をとがらせながら言う。

「だってちょっと気になっちゃったんですもん」

「良い歳した大人がそんな顔しないで下さい。別に可愛くないんで」

「……辛辣ですねぇ」

 厚田の直球ストレートな毒を食らった巻はすっかり落ち込んでしまいついには捜査資料を読むのもやめた。

「けどどうするんですかね?ちなみに今外は、めっちゃ雨降っちゃってますけども?」

「……え?」

 梶原に言われて巻が勢いよく後ろを振り返ってみるとピカピカに磨かれた窓ガラスには大粒の雨が叩きつけられている。雨音が聞こえづらい建物の構造もありがたいが時には欠点にもなる。

「おやまぁ……」

「朝の天気予報では丸一日東京は晴れで雨雲もはるか下の方を通る予報でしたけど思いっきり外れましたね。まぁ所詮は予報に過ぎないですから仕方ない」

「これじゃあ轟木たちも戻って来れないかもしれないねー。万が一雨がすぐに上がったとて海が荒れ狂ってたりでもしたら船出せないし」

 梶原の発言に厚田は再びパソコンの画面を見る。キーボードを操作し天気予報のサイトを開く。パッと見たかぎりだとしばらくこの天気は続きそうだ。なんならこの先『線状降水帯』が発生する可能性もあると記されている。もしかするともっと酷くなるのでは……?

「電話した方がいいですかね?」

 厚田は携帯を手に取りながら二人に問いかけた。すると巻は数秒天井に目を向けて口を開いた。

「私がかけましょう。二人に何かあったら大変ですし、今回お願いしたのも他でもない私ですから」

 多少の申し訳なさは持ち合わせているのだろう、巻は自分の携帯をスーツの内ポケットから取り出すと画面をタップし耳に当てる。しっかりスリーコール、呼び出し音が途切れ少しノイズが聞こえた後、はっきりとした声が巻の耳に届いた。

『もしもし、丸中です』

「主任です。そちら天気どんな感じですか?」

『天気ですか?うーん……大荒れですね。もしかすると海上が大荒れで本庁に戻れないかもしれません』

 そう言われ耳を澄ましてみると確かに電話越しに小さめの雨音が聞こえてきた。どこか籠ったような音なのでもしかすると屋内に居るのかもしれない。

「今、どちらに?」

『一ノ瀬さんの自宅です。玄関でチャイムを鳴らしたんですがどうやら留守のようで……一応先日教えて頂いた電話番号にも連絡したんですけどそれもダメで。玄関の鍵が開いてたんで轟木先輩と一緒に室内を捜索したのですが誰も居ませんでした』

 恵からもたらされた思わぬ報告に巻は小さく息を吐く。

「急な外出でもせめて家の鍵は閉めると思いますし、ましてや大雨の中ですから……何か予想外のことが起こったんでしょうか」

 首を傾げながらあらゆる可能性を考えていると電話越しに少しの雑音の後気だるげな声が聞こえてきた。

『もしもし主任』

「はい主任です」

 轟木だった。恐らく突然携帯を奪ったんだろう。何やら彼の背後で丸中が文句を言っているがよく聞き取れない。そんな相変わらずな彼らに思わず巻の口元が緩む。

『さっき丸中が言った通り被害者遺族の自宅に来ているんですがちょっと気になる点があります』

「気になる点?」

 巻は小さく上げていた口角を締め素早く通話画面のスピーカーマークをタップした。それに気づいた梶原と厚田が怪訝そうな顔をしながらデスクへ近づいてくる。

『家の裏口の鍵も開いてたんですが……そこの地面を見てみると何やら引き摺った跡があったんです』

 今から写真送りまーす、と言う軽快な言葉と共に巻の携帯が小さく震えた。メッセージに添付されているファイルを開けると数枚の写真データが入っていた。

『この跡、荷物を引き摺るには小さいと思いませんか?つまり何が言いたいのかというと、つまりこのあと人間を引き摺った跡なんじゃないかっていうことです。実際裏口の扉が少しだけ開いてたんですよ』

「確かにこの跡を見る限り小さなものを引き摺った様には見えませんね。どうやら周りの履物も乱れているようですからこの跡は人間が引きずられた際、地面とかかとが擦れたときに出来たものだと思いますが……どう思います?」

『俺もそうだと思います。が、それはつまり突然被害者遺族が行方不明になったということを意味する。ですよね?』

「そうですね」

『……捜査のために来たらどうです?』

「はい?」

 巻は思わず目の前にいる二人の班員を見渡す。恐らく今三人とも似たような表情をしているだろう。

「轟木くん、今海は大荒れなんでしょう?」

 気を取り直して巻はスピーカー状態の携帯に声をかける。今すぐにでも駆け付けたいのは山々だが大荒れの海に巻き込まれて船が転覆してしまったりしたら元も子もない。困惑した巻の声を聞いた電話越しの轟木はフッと鼻で笑いこう言った。

『船の免許取ったって聞きましたけど』

「え」

『冗談ですよ。けどこの島には何かある、俺も丸中もそう思ってて……それがちょっと気になるのでもう少しだけこの島を調べてみます』

 船が出せるようになったら戻ります、では。とこちらの返事を待つことなく通話を終了する軽快な音が鳴った。

 三人は真っ暗になった画面を見た後に顔を見合わせた。なんだか振り回された気分だ。困惑と呆れが半々で混じりあった部屋に梶原の気の抜けた声が響き渡る。

「……船の免許取ったんですか」

「はい。つい……」

 初耳だった厚田は目を真ん丸にしながら巻に問いかけた。巻は巻で小さく頭をかいている。そんな二人の傍らで梶原は窓の外から見える大粒の雨を見ながら呟いた。

「あの二人、もし本当に今日中に船が出せなかったらどうするんだろ?」

 そう思うのも無理もない。天気予報によるとこれからも雨は降り続けるし何なら酷くなる予報だ。

「マキさん、さっき明領島は現在の鎖国だとおっしゃってましたよね?外部の人間を島に迎え入れることもほぼ無いってことなら観光客用のホテルとか……無いんじゃないですか?」

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