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嫌な予感

十月十五日  明領島

 

「揺れてるから気をつけて降りなよ」

「わかりました!」

 高波に行く手を阻まれていた船は何とか島の港へと辿り着き恵と轟木も無事島に上陸することが出来た。しかしエレベーターに長時間乗った後のような浮遊感がまだ少し残っている。とは言え地に足が着くと安心してしまうのも事実、恵と轟木は無意識に小さく安堵の息を吐いた。

 この島の姿を目に映してからずっと肌にまとわりつく違和感、それは島に上陸してからも消え去ることは無かった。

「ほれ、そこの二人、これやるよ」

 聞こえた声に振り返ると先程まで船の操縦をしてくれていた男性……名前は竹田(たけだ)だという事を乗船前に聞いた。手にはペットボトルを二本持っている。お礼を言い受け取ってみると水のようだった。ラベルには『めいりょうのみず』と平仮名で書かれている。

「これは……?」

「この島の山から湧き出た水さ。」

 竹田は日ごろの漁によりこんがりと焼けた小麦色の肌から真っ白の歯を覗かせながら得意げに笑った。

「ここの島の人間は口に入れるものは全部湧き水で洗ったり料理に使ったりするんだ。他にも農業用水とかに使えるし島の生活用水はほぼ全て湧き水なんだ」

 どこか誇らしげに語る彼に恵はこの島、『明領島』についてもっと深く知りたいと思った。

「そこのお兄ちゃんもさっき船酔いしてたでしょ、その水でも飲んで落ち着きなさい」

「は、はぁ……ありがとうございます」

「じゃあ僕は家に居るから帰るときはまた言ってくれ、それまでにこの風が止めばいいな。ちなみに僕の家はそこだから」

 竹田が指した所を見ると少し離れた高地にあるオレンジ色の屋根が目印の平屋が目に入った。家の外壁である木材は海からの潮風で全体的に痛んでいる。

 じゃ、と言いながらそそくさと離れて行く背中にお礼を言うと右手を挙げたままこちらを振り返ることなく平屋へと入って行った。

「……なんか歓迎されてないな」

「はい、一見気前のいい方だと思ってたんですけどどこか迷惑そうです。なぜでしょう?」

「まぁ思うところがあるんだろう。班長が言っていたがこの島は観光客を招くこともない、言ってしまえば現代社会の『鎖国』らしいぞ」

「鎖国、ですか」

 鎖国とは江戸時代、徳川幕府が行った対外政策で約二百年続いたものだ。主な目的は海外の宗教の排除、幕府の安定のためなどとされている。

「しかしなぜ今のこの時代に鎖国なんてことを?」

「さあな、日本にある離島の中にはちょっと変わった習慣がある場所もある。これに関しては実際に島の住民に聞いてみる他ないからな。ここ『明領島』に関してはあまり情報が島外に出ていないってあの班長も言ってた」

 腕を組み形のいい眉毛を眉間に寄せながら唸っていた轟木は何かに気付いたかのようにハッと顔を上げた。

「もしかしてあのおっさん……この島についての情報が知りたくてわざわざ俺たちをここに寄こしたんじゃないか?」

「えっ」

 先ほどから二人の会話の中に出てくる『班長』や『おっさん』という人物は恵たちの班である(まき)班の班長『巻京一郎(きょういちろう)』警部補のことだ。

「流石にそこまで考えてないと思いますよ……いや、どうだろ?」

 一概に無いと言い切れないのがもどかしい。彼は内心何を考えているのか分からない、いまいち食えない人間だ。

 「ひとまず被害者遺族に遺留品をお返ししに行こう。んでさっさとこの島から出よう、招かれざる者は長居しても良いことはないからな」


 恵たちは舗装されていない土の坂道を登っていた。

「家は島の大きな上り坂の先にある井戸を左に曲がった先にある緑色の屋根の一戸建てらしいが……」

 手元のスマートフォンに目を通していた轟木は顔を上げ辺りを見渡す。

「なんで俺たちはこんなに注目を集めているんだ?なんだか知らんが有名になった気分だ」

「……訪問客が珍しいですからじゃないですか」

「珍しいからってヒソヒソ話をするかね」

 道行く二人が気にしているのは島の住民が向けてくる視線だ。突然の訪問客に住民たちは好奇心を含んだ視線、ではなく不審な視線を送ってきている。先ほど恵が挨拶をした際、住民たちは彼女たちに対して顔を引きつらせながら挨拶を返してきた。明らかに怪しい、間違いなく招かれざる者だ。

「ここの島の雰囲気も気に食わんが住民の雰囲気も同じくらい気に食わん。まるで俺たちが悪者みたいじゃないか」

「そうですね、私たちはただ用事があって来たのに……酷いです」

 恵が口を尖らせながら呟くと隣に並んで歩いていた轟木が足を止めた。

「どうしたんです?」

 轟木の目線の先には古びた井戸があった。先ほどの井戸を左に曲がった先にある……という説明で語られていた井戸だろう、随分と使い古されているように見える。

「さっきの竹田という漁師は島の山から湧き出る水があると言っていたがこの島には地下水もあるんだな……ふむ、見た感じ今も現在進行形で使われているようだ」

 恵は井戸の中をそっと覗くと暗くてあまり良く見えないが水が溜まっているように見える。

「『堀井戸(ほりいど)』だな」

「……堀井戸?」

「簡単に言えば人間が直接坑内に入って掘った井戸だ。随分と前に掘られたようだな」

「ほー……」

「この井戸は五百年以上この島にあるからね」

「ほー……?……わっ!」

 突然の第三者の声に恵たちは文字通り飛び上がりながらその声の方を見た。そこには見たところ六十代から七十代と思われる女性が物静かに佇んでいた。

「こ、こんにちは……!」

 ドッドッと騒がしく鳴り響いている心臓の音を誤魔化すように恵は声を上擦らせながらその女性に挨拶をした。恵の隣では轟木が恐怖で目を大きく見開き人形のように動かない。

 女性は恵に挨拶を返すことなく口を開いた。

「あんたら、どこから来たんだい?」

「あっ、すいません。警視庁から参りました、丸中と申します!」

 恵がスーツの内ポケットから取り出した警察手帳をこれでもかというほど凝視した女性は不信感を募らせたままの表情で話を続ける。

「警察の人間が何のようだい?この島には何もありゃしないよ」

「私たちはこの島に住む一ノ瀬さんのお宅に用事があって来たのですが……どちらのお宅がご存じですか?」

「一ノ瀬ぇ?……あー、この前娘が亡くなったとかなんとか言ってた家のことかい。その家ならここをまっすぐ行ったところにあるあの建物だよ」

 女性が指さした場所には白壁に緑色の屋根が目印の一軒家がひっそりと建っていた。

「ホントだ!すいません、ありがとうございました!」

 二人は女性に頭を下げ一歩足を踏み出したときだった。

「ったく、(ばち)が当たったんだよ」

 女性が小さく呟いたような声が聞こえたが二人が振り返った時にはすでにその女性の姿はどこにもなかった。


 表示されている表札の名前を確認し恵はインターフォンを押した。

 ――ピンポーン

「一ノ瀬さんこんにちは、電話でお話をさせて頂いた警視庁の丸中と申します」

 声を掛けてみるが中から人が出てくる気配は無い。

「あれ?留守でしょうか」

「……ちゃんと連絡はしたんだろ?」

「しました!一ノ瀬さんにも了解を得ましたからいらっしゃると思うんですが……」

 今度は轟木がもう一度インターフォンを押すが変わらず気配は無い。

「ふむ……一度連絡をしてみたらどうだ」

「そ、そうですね!」

 恵はスマートフォンを取り出し履歴から目的の番号を探し出し呼び出した。が、応答はない。留守電話設定になっているようだ。

「うーん?おかしいですね……」

「寝ているとかそういうことじゃないのか?……ん?」

 轟木が玄関の引き戸を横にスライドしてみるとすんなりと開いた。

 恵と轟木はお互いの顔を見合わせゆっくりと家の中へと入ったが人の気配はない。二人の間に緊迫した空気が流れる。

「俺は奥を見てくるからお前は手前を頼む」

「わかりました……!」

 ゆっくりと警戒しながら家の奥へと進んでいく轟木の背中を見送って恵はすぐ近くの部屋へと入った。

 そこは洗面所だった。その奥には浴室が見える。歩みを進めて行くと浴槽には蓋が閉まっている。相変わらず人の気配は何一つしないが恵の背には何やら冷たい汗が伝っている。

「(なんでこんなに私は焦っているの……ただの浴室よ、この蓋を開けるとそこには死体が……!なんてことがあるわけないじゃない。ドラマの見過ぎよ恵!)」

 心の中ではそう思っているはずなのに浴槽の蓋へ伸ばす手は震えが止まらない。次々と頭の中に浮かぶ最悪の事態を想定しへっぴり腰になりながら少しずつ、本当に少しずつにじり寄りながら蓋に手を掛ける。そのまま勢いよく腕を動か……そうとした瞬間、横からヌッと影が伸びてきて勢いよく蓋を開けた。

「ひぇ……!?」

 予想外の出来事に恵は喉からか細い悲鳴を出した。元々大きな目をもっとかっぴらきながら影の正体の方へと目を向けた。そこには心底呆れました、と言いたいような顔をしてる轟木の姿が。

「……何をしている」

「浴槽の中に何かいる気がして……」

「アホ。ドラマの見過ぎだ」

 ほぼパワハラのようなセリフを吐き捨て足早に立ち去って行った轟木をしばらく見送っていた恵だったが我に返るとその背中を追いかけた。

「と言ってもこんだけ家の中を探しても姿どころか気配もないんだ……ここには居ないだろうな」

「じゃあどこに行っちゃったんでしょう……これをお返ししなきゃいけないのに」

 恵はカバンからウサギのポーチを取り出した。この子だって家族の元に戻りたいはずだ。

「……もしかすると俺たちは厄介なことに巻き込まれたかもしれんな」

「厄介なことですか」

「単純に考えると一ノ瀬由香の母親、一ノ瀬和美(かずみ)は現在行方不明ってことだ。そうなると何か事件や事故に巻き込まれた可能性が高い……このまま見て見ぬふりは出来んだろう。一旦この島の住民に聞き込みをして……」

「?……どうしたんです?」

 いきなり話を止めた轟木に恵が怪訝に問いかけると彼は人差し指をゆっくりと唇にあてがい静かにするように指示した。それに習い恵が耳を澄ますと僅かに何かが屋根に叩きつけられている音がする。もしやと思い窓際まで行き外を覗くと大粒の雨が窓に勢いよく叩きつけられていた。

「嘘……さっきまで降ってなかったのに」

「予報ではもうちょっと上の方を雨雲が通るはずだったんだが……外れたか。まずいな、こんだけ雨が降っていると船も出せないだろう」

「どうしましょう……あまりにも酷い雨だと船が出せなくなってこの島からも帰れないですね」

「一旦玄関に戻って雨宿りさせて貰おう。いつまでもこんな堂々と家の中に居座るのは良くない」

「そうですね」

 轟木の後を追うように玄関へ踵を返した恵だったがふと、足を止めた。

「どうした?」

 先を歩いていた轟木が動きを止めた恵に対して怪訝そうな表情を向ける。

「先輩。何か聞こえませんか?」

「何かって何だよ……んん?」

 二人して耳をすましていると聞こえてくるのは雨粒が家の屋根や窓に叩きつけられている音。ほとんどが籠っているような音だが一つだけ、やけに鮮明に聞こえる雨音がある。顔を見合わせその音がする方向へとゆっくり進んでいく。そこにはもう一つ引き戸があった。裏口だろう。農具など様々な道具が置かれておりどれも年季が入っている。農具に紛れて数個ツボが置かれている。破損しているようにも見えないから何か入っているのだろう。ツボから目を離し雨音の聞こえる方向を向く。裏口の扉が少し開いている。

「誰かがここから出たのか?もしそうだとしても扉くらいちゃんと閉めろよ……」

 いつものごとく(しゅうとめ)モードに入った轟木はブツブツと文句を言いながら裏口の扉へと白い手袋をはめた手を伸ばした。

「……ん?」

「どうかしました?」

「これ見てみろ」

 白い手袋が指さす方へ目を向けると物置の一角に何かを引きずったような跡がある。

「これは?」

「跡的に考えて靴の(かかと)かもな。土も付いてるし何より他の履物が散らばっている。百歩譲ってすごく急いでいたとしよう、せめて履物を整えるか扉をしっかり閉めるかするだろう。鍵を掛けないのは不用心すぎる」

「ほぉ……」

 つまり……?と言葉の続きを促すように轟木を見ているとやがて彼はしゃがんでいた体勢から立ち上がりため息をつきこう言った。

「お前の嫌な予感は当たるってことだ」

「先輩にだけには言われたくなかったです」

 私たちはただ遺留品を届けに来ただけなのに……と恵は心の中で泣きそうになった。

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