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恵に振り回される轟木も好きですが轟木に振り回される恵の方が好きです。

なのでこれからも振り回し続けたいと思います。

 翌朝、恵は携帯のアラームで目を覚ました。そして見慣れない天井が目に入ったことに体を強張らせた。が、今自分が置かれている状況を思い出した後に小さく息を吐き肩の力を抜いた。アラームを止めるために仰向けから体制を変えうつ伏せになる。アラームを止めた後そのまま携帯の画面をスワイプして慣れた手つきで占いアプリを開く。そこで目が冴えていれば書かれている文章をじっくりと読むがあいにく今は眠気が勝っているので最低限のラッキーカラーにだけ目を通す。今日のラッキーカラーはライムグリーン、見るからに目が冴える色だ。思わず目を細めながらゆっくりと背伸びをすると凝り固まった体が少しだけ解れたような気がする。そう思い込んでいかないとやってられない。大分頭が冴えて来た。今日の目的は二階にいる『明光』という少女の救出だ。と言っても救出するにはまずこの島から出る手段が必要だ。昨日は雨や風の影響で海が荒れ、船を出すことが出来なかった。警視庁の方から船が出せれば問題はないのだが恵はもう一つの目的があることを知っている。島内で行方不明になっている一ノ瀬和美の捜索だ。恵の先輩でバディである轟木は昨日から彼女の捜索をしようと何度も試みた。しかし偶然か否か島民に行く手を阻まれてしまった。結局最後まで捜索することは出来ず言われるがままに晩御飯を食べシャワーを浴びおやすみなさいと声を掛けられ気がつくと布団の中にいた。そして気がつくと朝だった。

 ――度し難い。

 恵は頭を抱えた。自由に捜査出来ないのが辛すぎる。なんとか島民の目を掻い潜って一ノ瀬和美を見つけ出さなければ。

「とは言っても手がかりも何もないし……」

 まさに八方塞がり、この言葉がここまでピッタリの状況に遭遇するとは。ああでもない、こうでもないと頭の中でどうにか切り抜けられないかと考えていると小さく腹の虫が鳴いた。もちろん恵のお腹からである。普段なら食事に対して前向きな姿勢を取るのだが今日は違った。決して食欲が無いわけではない。お腹が鳴ったから決してお腹が空いていないわけでもない。食事に対する熱い思いが残念ながら今はない。それはなぜか。一番の原因は昨日の夕飯である。

 昨日の夕方、常世田は恵たちに対して二つの大きなおにぎりを夕飯だとして手渡した。海苔は巻かれておらず中に何か具材が入っているか塩むすびかは分からなかったがこの状況ではご飯を頂けるだけありがたいと二人は頂戴した。そこまでは良かったのだ。いくら疑惑をかけている人物であろうと食べ物の中に毒物のようなものを入れるようなことはしないだろう。決めつけは良くないが島の状況や刑事に対することなどの観点からそれは無いと判断した二人はそのおにぎりを頬張った。しかしそのおにぎりには味が全くなかった。最初の一口を食べた際は気のせいだろうと思い二口目を含んだ。が、味は分からなかった。隣で同じおにぎりを食べている轟木が首を傾げている気配がする。この味は米そのものの味なのだろうか、いや味はしないのだが。

「どうです?美味しいでしょ?この島で育てた米なんですよ」

 目をキラキラとさせながら味の感想を聞いてくる常世田になんと返したらいいのか迷った結果、笑顔で美味しいです!と言うしかなかった。隣では轟木が口の中におむすびを目一杯詰め込んで必死に頷いていた。

「……ご飯食べたくないなぁ」

 昨日のことを思い出しつい口に出してしまった恵はそのまま布団に伏せた。微かにだが優しい香りがする。なんならこの毛布を食べた方が味を感じることが出来るのではないか。なんてことを考えていたら突然恵の居る奥の部屋と轟木が寝泊まりしている部屋を繋ぐ襖が勢いよく開いた。あまりに突然のことだったので恵は驚きで少し飛び跳ねた。開けられた襖から姿を現したのは昨日口いっぱいに味の無いおむすびを頬張っていた先輩、轟木だった。

「おはよう」

「お、おはようございます」

 勢いよく開いた襖に驚いていた恵は半分体を浮かせた状態で挨拶を返した。起きたばかりで昨日貸してもらった上下スウェットといういで立ちの恵とは違い轟木はピシッとスーツを着こなしていた。

「準備早いですね……」

「起きたのは二時間前だ」

 現在の時刻は朝の六時五分、二時間前というのはざっくりと数えても四時というところだろうか。

「早起きですね……」

 という言葉を呟いた後に恵はとある事に気付いた。轟木の表情がくたびれている。

「まさか先輩、寝れませんでした?」

 その問いに轟木は左の眉を微かに上げ口を開いた。

「慣れないところでは寝れないんだよ。それに……とてもだが寝れるような気分じゃなかったからな。決して俺が枕が変わったりして寝られなかったという繊細な人間ってわけではない」

 ここで「それってほぼ自分で答えを言っているようなものじゃないですか」と言えるような勇気を恵は持ち合わせていない。

「早起きなんですねぇ」

 そう言葉を掛けることで精一杯だった。余計な事は言わない、これに限る。

「そんなところに立ってないでこっちに来たらどうですか?」

 いつまでたっても部屋の出入り口いる轟木に恵は声を掛ける。すると轟木は「待ってました」と言わんばかりのスピードで部屋へと入って来た。どうやらその言葉待ちだったようだ。相変わらず面倒くさい先輩である。轟木は敷かれたままになっている布団の上に胡坐をかき手元に持っていた手帳を開いた。何やら収穫があったようだ。

「実はお前が夜眠りこけている時にこの家の後ろにある物置から二階に侵入してきた」

「えっ」

 言い方に少し難がありそれについて問いただそうとしてたところだったがそれどころでは無くなってしまった。

「二階って……あの二階ですか?」

「もちろん。他にどこの二階があるんだ。まぁいい……結論から言うと物置の方から行くと鍵などの心配をする必要もなく二階に上がれることが分かった。ちなみに階段は外の物置から二階にある物置のような場所に繋がっていた。まぁそんなに広いスペースがある訳でもなくちょっと前の時代に使われていたような道具が収納されていた。……っていうかそんなことは別にどうでもいいんだよ。とにかく、今度から二階に行く場合は家の中からではなく外から行った方が安全だと俺は思う。と言ってももし行く途中に常世田と遭遇してしまったりしたら上手いこと切り抜けなきゃならんがな。それに関しては心配してない、お前なら大丈夫だ」

「はぁ……」

 なんで本人よりも彼が納得しているのかが分からない。

「あと一つ収穫がある。常世田についてだ」

 常世田について調べて欲しいと昨日轟木が電話で主任と掛け合っていたのは恵も知っている。とは言えほぼ一晩で情報を仕入れてくる主任は凄い。もしかすると同班の厚田の力もあってかもしれないが自身が所属する班を誇りに思うことに違いはない。

「常世田は生まれも育ちもここ明領島だ。今はそこまで発展していないが昔はこの島に小中高と三つの学校があり島の外に出なくても学びを得ることが出来たそうだ。両親は幼いころに他界、周りの人間の助けを貰いながら生きてきたらしい。で、配属者についてなんだが……未婚で子供もいないそうだ」

「え?けど明光ちゃんは彼のことを……」

「『パパ』と呼んでいた。恐らく彼女は無戸籍だろう」

 何となく予想はしていたがいざとなるとやるせない気持ちになる。

「隠された子ってことですよね。けど子供がいるってことは相手の女性もいたことになる……となるとその方も隠された?いや、考えすぎですかね。うーん……けどその人物に関しての情報が一切ないっていう点も気になります」

「だよな。だから俺聞いてきた」

「誰にです?」

「本人」

 思わず恵は絶句した。これだから脳筋刑事は……!と何時ぞやの厚田が言っていた言葉が脳裏をよぎる。なぜこうも一人で突き進んでしまうのか。バディが起きるまで待てなかったのだろうか、いやその前に勝手に一人で捜査するな。もし一人で突っ込んで何かあってからでは遅いではないか!

「……ふう」

 恵は沸き上がる怒りを一つのため息に凝縮して吐き出した。そんな彼女の怒りを感じ取ったのか目の前に座っていた轟木がギョッとした表情を浮かべバツが悪そうに目線をそらす。

「違うんだよ。昨夜ちょっと気になることがあって例のスニーカーが見つかった浜辺に行ったんだ」

 轟木の言葉に恵はカバンの傍に置いておいたビニール袋に入っているスニーカーに目を向けた。



 ――今夜は満月だったか。

 轟木は夜空に浮かんでいる真ん丸の月を眺めながら心の中で呟いた。

 一人呑気に眠りこけている後輩をほったらかして今晩ありがたく泊めてもらえることになった家を轟木はひっそりと抜け出した。そしてそのまま静かに波が打ち寄せる島の浜辺へと向かった。昼間、猛威を振るっていた嵐はすっかりと過ぎ去り比較的穏やかな時が過ぎていた。これなら明日には警視庁に戻れるだろう、行方不明になっている一ノ瀬和美を見つけ出し保護することが出来れば。

 夕暮れ時に味があまりついていなかった夕食のおにぎりを持ってきた常世田から別に渡されたものがあった。それは女性用の履物……スニーカーだった。偶然浜辺で見つけたと言っていたがそれに対して轟木は疑問を抱いていた。昼頃に二人が島に訪れた際にはそんなものは無かったように思える。とはいえ浜辺は広い。見落としがあったのかもしれないがそれはまずないだろう。なぜなら彼が持ってきたスニーカーは水分を含んでいなかった。当時の天候は雨だったので少しスニーカーが雨に晒されて湿っていた方が不審な点はない。しかし当のそれはカラッカラに乾いていた。そして靴裏に付いていた砂も気になる点の一つだった。手渡されたスニーカーの裏を見てみると砂浜にあるようなきめ細かい粒子が付いていなかったのだ。どちらかと言えば道端にあるような比較的大きな石ころが付着していた。その点から轟木と恵はこの靴が砂浜にあったという事実はないのではないか、という可能性に気がついた。つまりは一ノ瀬和美が入水自殺をした可能性は低いということだ。ならなぜ常世田は嘘をついてまでしてスニーカーを轟木たちに渡したのか。すでに彼に対して『重要参考人』という肩書きを張り付けている二人は敢えて本人に何も言わなかった。しかし自身の仮定を断定にするため轟木は夜な夜な島を歩き浜辺へやって来たのだ。明日の朝、後輩の彼女にも報告するつもりだが恐らく勝手に行動したことについてへそを曲げてしまうだろうということも重々承知の上だ。

 辺り一面真っ暗とはいえ頭上の月明かりが足元を照らしている。人工的な光源が無くても特に不自由なく動くことが出来る。これは都会では中々味わうことの出来ない体験かもしれない。轟木はゆっくりとしゃがみこみ手に持っていた小さなビニール袋に少量の砂を入れる。基本的に海岸の砂などを無断で持ち帰ったりすると最悪罪に問われたりもするがこれは捜査で必要な手段だ。採取した砂がスニーカーの裏についているものと一緒なのかどうなのか、それを科捜研で鑑定してもらおう。もし勘違いならそれは結果オーライってことにしよう。あまりこんな所にいて下手に怪しまれると面倒だ、さっさと布団に入ってしまおうと踵を返したときだった。

「轟木さん?」

 今一番出会いたくない人に出会ってしまった。

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