月のある空
推敲をしながら「そういえばツボ置いてあったなぁ」と思い二話を見返して見たんですがどこにもツボが置いてありませんでした。修正しなきゃ……(-"-)
声を掛けられた方向に顔を向けるとそこには驚いたように目を見開きこちらを見ている常世田の姿があった。
「常世田さん……どうしてここに?」
轟木は手に持っている砂の入った小袋を隠すようにスーツのポケットに入れながらそう問いかけた。常世田がそれを目で追いかけなかったので不審に思われた様子はなさそうだ。
「いえ、ちょっと散歩しようと思って……昼より夜の方が落ち着いて散歩が出来るといいますか、静かだから好きなんですよ。それでいつも通り歩いていたら浜辺に人影が見えて……普段あんまり人がいないような場所ですから気になって近寄ってみたら轟木さんだったのでビックリしました」
眉を下げ困ったような表情をする常世田に嘘をついているような様子は見られない。普段から散歩をしているようだ。
「そういうことでしたか……実はあまり寝付けなくて」
轟木は頭を掻きながら照れるような仕草をした。
「普段から慣れないところで睡眠を取ったりしても十分に寝ることが出来ないことが多いんですよね。自宅以外だったら当直室の薄ーい布団でしか寝れなくなってしまいました。まぁ今まさにうちの後輩はそんなことも気にせず呑気に眠りこけてるんですけどね」
最後におどけながらそういうと常世田はおかしそうに手を口に添えて笑った。
「なるほど。やはり刑事をしていると今日みたいなことがよくあったりするんですか?」
「いやまさか。こんなことが滅多にあってはやっていけませんよ。だから常世田さんには感謝しています、あなたは本当に優しい方だ」
轟木がお礼を言うと常世田は慌てて両手を前に出し横に振った。冗談はよしてくれ、とでも言っているようだ。
「お礼なんてやめてください。困っている人たちを助けるのは当然のことですから。それに僕はあまりこの島から出ないので島の外からのお客さんとこうやって会話が出来て少しばかり嬉しいんですよ」
「……一つ質問なのですが常世田さんってどうやって生計を立てていらっしゃるんですか?島の外に出ないとなると収入源も限られてきそうですし。すいません、気になってしまったことにはとことん追及するたちで」
申し訳なさを表情に出す轟木に対して常世田は特に気にする様子は見せなかった。
「僕は基本的に農業で生計を立てています。ほとんどの野菜はこの島で消費しますが豊作だったりすると島だけでは消費が出来なくなることもあります。野菜は傷むものですからね。その場合は少量ですけど島の外に出してます。島の外に少ないですが知り合いがいるんでね、いつもお世話になっていますよ。あとお二人をこの島に船で運んでくださった船乗りの竹田さんは漁師です。魚も野菜と同様にこの島で消費しますが多かったら外に出します。とは言ってもこの島も平均年齢が高いですし、ほとんどの人は年金で生活していますよ」
「ほぉ、立派ですね」
「いやいやそんな。慣れないうちは大変ですけど何十年もやっていたら嫌でも慣れますよ」
ここで轟木は少し踏み込んだ質問をしてみることにした。
「一ノ瀬さんも農業を?」
「そうですね」
轟木は見逃さなかった。常世田の表情が一瞬であったが強張ったことに。しかしその表情はすぐに鳴りを潜め穏やかな笑顔に戻った。
「けど一ノ瀬さんは農業だけではなく家でぬか漬けを作っていらしてましたよ」
「ぬか漬けですか……あぁ、確かに昼間一ノ瀬さんのご自宅にお邪魔したとき裏口の方にツボが何個かありましたね。なるほどあれはぬか漬けのツボだったのか」
「自宅に入ったんですか?」
「ええ、なにか?」
「いえ、別に」
なるほど、分かりやすい。彼は何か一つ崩れればそこから伝染して次々と墓穴を掘ってしまうタイプの人間だ。今まで何もかも完璧にしていたはずなのに二人の刑事という想定外の人物が入って来て徐々に計画が破綻していっているのだろうか。
「食べたいなぁぬか漬け……一ノ瀬さんは一体どこへ行ってしまったんでしょうね。手がかりも無いですし」
「僕が見つけた靴は一ノ瀬さんのものではないんですか?てっきり一ノ瀬さんは娘さんのことで気が滅入ってしまってそのまま……」
「我々は刑事ですのでそう簡単に諦めるつもりはありません。しかしこの砂浜で一ノ瀬さんのと思われるスニーカーが発見されたことはすでに上司の方に報告しています。恐らく明日の夜明けから近くの海上の捜索がヘリコプターで行われると思われます。本当は夜のうちから捜索を始めたかったのですが視界も悪く危険ですので」
「確かにそうですね……」
「しかし天候も落ち着いて本当に良かった」
轟木は再び夜空を見上げる。
「常世田さんは普段から見ていらっしゃるのであまり特別感は薄いでしょうけど普段ビルのような高い建物に囲まれて生活している身からしてみるととても素晴らしい光景なんですよ。夜空を見上げれば綺麗に輝く月がありそのまわりを星々が瞬いている。心が浄化されるような気持ちになります」
「都会となると……やはりビルの明かりとかが多くて夜空は見えませんか」
「いや見えないことはないんですけどね。こうやって一面の夜空を見る機会はあまり……どうしてもビルの影とかが視界に入ってきてしまうのでね」
それからしばらく二人は一言もしゃべらず夜空を彩る輝かしい星々を眺めていた。
数秒か数十分か、眺めているとふいに轟木が口を開いた。
「常世田さんはご結婚とかされてらっしゃるんですか?」
「結婚ですか?……いえ、僕は独身ですよ」
突然何を言うのだろうか、と怪訝な顔を向けられた轟木は決して深い意味はないと首を振る。
「実は私離婚の経験があるんです。理由は色々とあるんですが一番の離婚の原因はこの刑事という仕事でした。ある日当時小学生だった息子が誘拐されたんです。もちろん無事に解決しましたがその息子を誘拐した犯人は昔自分が逮捕した人物でした。彼は捕まった後もずっと牢屋の中で私を恨んでいたんです。刑事という職業柄恨みを買うっていうことは珍しくないですからね、先輩刑事からも気をつけるんだぞと何度も言われてきましたがいざ自分が当事者になると冷静にはいけないものです。妻はその時の出来事がトラウマになってしまい挙句の果てには私に刑事を辞めるように言ってきました。あの頃の私は若かった、選択のミスをしてしまったんです。仕事か家庭か、当時の私は仕事を取りました。今私が刑事を辞めても過去に恨みを買ったことは消えない。それなら妻と息子から縁を切って少しでも巻き込まれないように……と思ったんです」
轟木は目線を常世田から夜空に浮かぶ月に移した。
「もちろん寂しさはありました。けど職場の窓から夜空にひっそりと佇む月を見たら活気が湧いてくるんです。家族は私の光でした。その光と同じような眩しさを与えてくれる月を見たら空は繋がっていて一緒に居れなくても一緒に居るような気持ちになるんです。けど……ほら、後ろを見てみて下さい」
「う、後ろですか?」
二人で後ろを振り返ると大きな月はないが無数に瞬く星空が目に入る。
「月の無い夜空も素敵だと思いませんか」
「――てなことがあったんだよ」
一通り昨夜あったことを満足げに話し終えた轟木だったが目の前の人物が思っていた反応を示さなかったので首を傾げながら恐る恐る問いかけた。
「ど、どうした?」
「なんだか捜査情報をぼろぼろと言いすぎじゃないですか?それも重要参考人に。あと、なんでそんなかっこつけたセリフを言ったんですか、解釈違いです」
「おいおいおい……随分な物言いだな。いいか?捜査情報を開示したのはわざとだ。ああいうタイプの人間にはある程度のことを包み隠さずに言うのが一番なんだ。実際彼が隠したいと思っている明光のことは直接聞かなかっただろう?それは一ノ瀬和美のことを捜査して少しずつ真相に近づいているかもしれない刑事だが自分が今隠していることについては何も気づいていない。部屋の真下で寝泊まりしているのにだ、そんなもん愉快の他ないだろう。そして確実に自信に繋がる、『僕は隠し通すことが出来る』ってな」
「確かにそうですけど……」
恵は納得がいっていなかった。確かに直接的な表現は避けていると言ってもいいだろう。しかし今聞いた会話だと相手が少々勘付いていると気づいてもおかしくない。とてもギリギリの綱渡りをしているような気がする。
「危険じゃないですか?」
「大丈夫だ。俺たちが一ノ瀬和美のことに集中してくれたらアイツは明光のことを必死に隠さなくてもよくなるからな。警察も一ノ瀬和美の捜索をして本人が見つかったら捜査は終了、さようならだ」
「確かに……それはそうですね」
「だから俺たちはこれから明光のことは必要最低限でしか関わらない。分かっていると思うが一ノ瀬和美の捜索が最優先だ。今までは引き下がったりもしたがそんなのはもうやめだ、正面突破(多少の無茶も可)だ」
「何か見えたらいけないまるかっこが見えたような気がするんですけど気のせいですかね」
「気のせいだ。しかし捜査をするならまずは腹を満たさすところから始めないとな、『腹が減っては戦は出来ぬ』だ」
そう言うと轟木は片膝をつきながらよっこいしょ、という掛け声と共に立ち上がった。その姿を恵が目で追っているとふいに彼が振り返り手招きをしてきた。リビングに行こうという意味の手招きだろうか。しかし恵の格好は上下スウェット、髪の毛もぼさぼさだしすっぴんだ。轟木は気にしないらしいが恵は気にする。少し身支度の時間が欲しい。
「あの、化粧とかしたいんですけど……」
「違うよ。ちょっとこっちに来いって意味だ」
形の良い眉を顰めながら先ほど会話をしたときよりもさらに小声でささやくように言われた言葉に恵は首を傾げながらゆっくりと轟木の方へと向かう。そのまま二人は今いた部屋を抜け轟木に宛がわれている部屋の出入り口まで足を運んだ。
「どうかしたんですか?」
轟木につられて小声になりながら問いかける。そんな恵に対して彼は人差し指を口の前に持っていき静かにしろとジェスチャーした。耳を澄ましてみると遠くの方から何かを揚げている音が聞こえる。その音は一人暮らしを始めて数年、自炊をしているとあまり聞く機会がない音だった。
「……何かを油で揚げている音?」
首を傾げながらそう言う恵に轟木はゆっくりと頷いた。
「今日の朝ご飯は天ぷらだそうだ」
思いもよらない献立に恵は大きく目を見開いた。そして小さく腹の虫が鳴った、先ほどまでの憂鬱が嘘みたいだ。




