リトマス紙はおまもり?
古参三人組の話も書きたい。言うだけならタダ。
巻は手元のドローンを組み立てると満足そうな笑みを浮かべ二人の後輩の方を向いた。
「よし、準備万端です」
「そのドローンって大体どれくらい稼働するんですか?」
「大体一時間弱からもって二時間?くらいですかね」
「結構持つんだな」
「まぁ周りの環境次第ってところもありますけどね。今回は洞窟ってことですし……日が当たらない限り長めに活動出来そうな気もします」
三人が居るのは島の生活拠点から少し離れた場所にある洞窟……なのだが実はそんなに離れていなかったことが分かった。と、言うのも。
「そういえばなんですけどちょっといいっすか?」
それぞれの役割分担をし終えたところで不意に厚田が口を開いた。そんな彼に対して他の四人は不思議そうな顔を向ける。
「一つ気になっていたことが……あの家隠し扉があったじゃないですか」
厚田の言う隠し扉のある家というのはもちろん明光がいた家のことだ。
「で、裏の物置にも二階に続く階段がある。普段から外の人間を招き入れることのない島ってことは生活する人間もあまり変わっていない。そして島の住民たちも明領様のことを知っていた。そんな人たちに囲まれている中でわざわざ隠し階段なんてものいりますかね?」
つまりは裏の物置にあった階段は普段使いされていたものなのではないか、ということだ。しかしそうなると新たな疑問が浮かんでくる。「なぜそんな分かりづらいところに階段を設置したのか?」だ。あの家は島全体を見渡せるような場所に建っていて隠すという行為とは真逆と言ってもいいだろう。
「俺はあんまり見てなかったが丸中はあの建物の周辺を一応探索したんだったよな?」
「はい。確かあの物置の周りは草が生い茂っていたような気がします」
「目隠しか?」
「確かに背丈の高い雑草が多かったように思います。言ってしまえば明光ちゃんの背くらいなら簡単に姿を隠せるような高さです。
「……なるほど。ちょっと行ってみましょうか」
主任の鶴の一声で五人は話題に上がった建物の裏側にやってきた。一足先に捜査をしていた他の刑事が言うには特に不自然な点は無かったらしい。ちなみに雑草の生い茂っている箇所から遠くに目を向けるともう一つの小さな島が見える。しかし一見したところ手入れをされているような様子もない。生活拠点となっているのはこちらの大きな島の方なのだろう。
「特に何も変わった点は無いな。しかし確かにその隠された階段の存在が気になるのも確かだ。明らかに室内から二階に上がった方が楽だろうな。外から入るとなると靴を置く場所も考えなきゃいかんからな」
「そうだねぇ……あれ、ちょっとまって?」
梶原の声に他の四人は反応した。そして当の本人はというと何かを確かめるかのように物置の方へ行き、その後回れ右をして方向転換。再び草むらの方へと戻って来た。その動きを数回、繰り返した梶原はやがて何かを見つけたように草むらの奥の方へと走り出した。
「あっ、あったよ!」
笑顔で振り向いた梶原が指す場所には背の高い雑草がわずかに踏み倒されているような形跡があった。よく見ると人が歩ける道のようなものになっている。
「通り道か?しかしなんでこんなところに」
「行ってみましょう」
班長の巻を先頭に恵、厚田、梶原最後に轟木と続く。恵は今日スニーカーを履いてきていて良かったと心の底から思った。時々履いているパンプスは明らかにこの舗装されていない道と相性が悪い。足元の土は昨日の雨の影響だろうかまだ少しぬかるんでいる。日が当たらないのだろう。ぬかるみに足を取られてこけたりしないように注意を払いながら四人は慎重に進んでいく。
しばらくするととある岩山が目に入った。人工物とも思われる出入り口もあり中に入れるようだ。
と、ここで恵はあることに気がついた。
――この感じ、どこかで。
肌を這いずるような感覚はずっとあるがそれとは違う既視感を覚えた。恵はチラリと轟木の方へと目を向けた。彼も何やら感じているのだろう、眉を顰めながら先を進んでいる。やがて五人は洞窟の先にある分かれ道に辿り着いた。左と右、どっちへ進むか。と、ここで轟木が声を上げた。
「あっ、そうか」
「どうしたんですか?轟木先輩」
「ちょっと待っててくれ」
轟木は四人にそう言い残して右側へと進んでいった。どうしたのかと四人が心配そうな目を向けているとやがて暗闇から轟木が戻ってきた。その表情はどこか自信に満ちている。
「やっぱりそうだ!」
いつもより何倍もキラキラした目を向けながら轟木は話し出した。
「この道、畑と繋がってやがる!」
「畑って……昨日見た?」
「そうだ!」
昨日恵と轟木が常世田に連れられて訪れた島のコアと言っても過言ではないとされている畑、昨日は随分と遠回りしたはずだが明らかに今来た道の方が比較的短距離で辿り着くことが出来た。
「つまり……昨日立ち入り禁止と言われた通路がこの道ってことですか?」
「ああ、言ってしまえば鏡のように反転してる」
昨日恵たちが畑に立ち寄った際直前の分かれ道で左が畑、右が通行止めだった。そして今回は右が畑である。ということは必然的に考えて左は通行止めゾーンだということが分かる。
「行ってみますか?」
恵は巻へと視線を向けると彼は考え込むかのように腕を組み地面を見つめていた。
「すごく興味はありますが五人全員で行くとなると大変ですね。この先に通じている道がどれくらいの広さかも分かりませんし」
「確かに」
「まぁ特に目的のエリアがすごく早く見つかったってことで本来の目的は何の変化もありませんからね。ですので役割分担は変更なしでお願いします。私がドローンを操縦、轟木君と梶原君がこの先のエリアを探索。丸中さんと厚田君は住民の皆さんへ聞き込みお願いします」
と、言うことがあったのだ。
「本当に壁が崩れてんのかねぇ」
「俺はその可能性低いと思ってるけどね」
「それは俺もだよ」
何せ隠し部屋を持っていた男が隠していた場所だ、絶対に何かあるということは目に見えている。
「ところで……絶対に今では無い事を承知の上で二人に聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
巻は悪びれも無くそう言った。
「まぁ、内容によりますけど……」
そう言った梶原の隣で轟木も頷きながら続きを促す。
「……このドローンに名前を付けたいんですけど何か良い案ありませんか?」
「却下」
「聞いて損した」
もはや二人は呆れるしかない。
「何で今?」
「一応断り入れたじゃないですか」
「俺たちが想定していた疑問じゃなかったからこうなってるんだよな。それに絶対聞くタイミング今じゃないけどな?」
「まぁそう言ったところでこの人が引くとは思わないから一応答えとこ?無いです」
百点満点の笑顔でそう答えた梶原に巻は口を尖らせながら呟いた。
「つれないですねぇ」
「事件の捜査中にそんなこと言う貴方にだけは言われたくないですけどな」
「……一応聞きますけど主任は何か案があるんですか?」
長年の付き合いで彼がそう簡単に引くことは無いということを知っている梶原が呆れながらも問う。轟木もどこか呆れたような困惑した表情を浮かべている。
「ありますよぉ」
巻は待ってました!とでも言うような笑顔で口を開いた。
「『ウッド号』です」
…………………………
洞窟内の温度が数度下がった。
「よし、解散」
「主任俺たちもこっち行くんでドローンで先の方探索よろしくお願いします。何かあれば『これ』で」
と梶原は耳に付けているインカムを指した。
「え、もう行くんですか?」
「長々と雑談してる場合じゃないんですから。先に行っておきますね」
呆然としている巻を置いて二人は立ち入り禁止と言われている洞窟の奥へと足を進めた。
「何で『ウッド号』だったたんだろうね」
「……『巻』→『薪』→『ファイアーウッド』→『ウッド』だろ」
「あー……そういうこと?」
自分たちの班長のネーミングセンスに苦笑いを浮かべることしか出来なかった。何とも言えない空気になってしまった二人の間を低音の機械の振動音が通り抜ける。全ての元凶『ウッド号』だ。
『二人とも足元とかは大丈夫ですか?』
先ほどの呆然とした表情はどこへやら、いつも通りのマイペースで何を考えているのか腹の底が見えない呑気な声が耳元のインカムから聞こえてきた。
「問題ないでーす」
『では少し先を探索してきますね』
ブーンとウッド号は先の見えない真っ暗な道を進んでいった。
「大体想像していた通りだが……壁が崩れた様子はないな」
「多分嘘だろうけど本当に今ここの壁が崩れてきたらどうしようか。俺たちヘルメットすら被ってないから今なら即お釈迦だよね」
「不謹慎だぞ」
「あははっ、ごめんごめん」
これっぽっちも悪びれもない梶原の謝罪にため息をついた轟木だったがそんな彼はいつもこんな感じなのであえて何も言うことはしない。
手元にある懐中電灯で足元を照らすが特に何も落ちていない。時折小さな石ころが転がっていたりはするが特に怪しいものでもないのでスルーしている。会話もなくただひたすら道なりに歩いているとインカムからノイズが流れてきた後に巻の声が流れてきた。
『二人とももう少し進むと左手に小さな池があります』
「了解」
その報告の通り道を進んでいくと左手に小さな池が出てきた。水はとても澄んでおり外界から遮断された物音一つない空間に思わず二人は感嘆の息を吐いた。梶原は青色の池に近づきそっと中を覗き込む。
「確かに澄んでるけど底までは見えないね。もしかすると結構深いのかも、そうなると池っていうより湖かな?」
「どうだか」
轟木も傍らにしゃがみ込みスーツの内ポケットからおもむろに何かを取り出した。
「ん?何それ」
「何ってリトマス紙に決まってるだろ」
轟木の手にはしっかりと赤色のリトマス紙が握られている。
「なんでそんなものを持ってるの?」
「大体リトマス紙は誰でも持ってるだろ」
「……少なくとも俺は持ってないかな」
何か問題でも?と言いたそうな表情を向けられては梶原もそれ以上何かを言えるわけでもない。
首を傾げながら梶原は轟木の動きを観察する。小さく千切られたリトマス紙をゆっくりと池の水につけた。するとリトマス紙の色が赤から青へと変化した。
「……ふむ、やはりこの池の水は海水がやや混じっているな」
「そうなんだぁ……」
理科の授業でリトマス紙を扱ったことは覚えているが赤色から何色に変わったら何性とかいうことはすっかりと頭から抜け落ちている。理科は苦手だ。
「多分この水は状況的に海水と……雨水も混じってるんじゃないかな?ほら、海水にはもれなく雨水もついてくるし…………ね?」
梶原は何の気なく轟木に視線を移し、固まった。
「ん?どうした?」
「いや、どうしたとかじゃなくてさ」
あろうことか轟木はスーツの上着を脱ぎ出したのだ。そのままズボンに手をかけ「まぁ、これはいいか」と独り言ちてズボンのポケットに入っていた財布やら鍵やらを梶原に手渡した。
「はいこれ。手錠とか携帯とかその他もろもろは上着に入ってるから」
「そう……ってか何しようとしてるの?」
「何って……潜水調査だろ」
梶原は思わず天を仰いだ。仰いだところで頭上に広がっているのは満点の青空ではなくただの岩の天井なのだが。
「本当にごめん。何を考えてるの?」
「これが一番手っ取り早いだろ。ってことで後はよろしくな」
笑顔でそう言うと轟木はそのまま勢いよく池へと飛び込んでいった。
水しぶきが己にかかりながらも梶原はたった今目の前で起こった出来事について脳内処理が追い付いていなかった。しばらく呆然としていた彼だがハッと我に返るとスーツの襟についているマイクに向かって叫んだ。
「轟木池に飛び込みました!!!」




