言葉遊び
轟木に振り回される科捜研組も良いですな…
「脅されてたのに島の外へ出れたということか?」
「はい、そういうことです」
「……矛盾してるな」
「今から私が話すのは想像の域を超えてますんである一つの可能性として聞いて下さい」
人差し指を立てながらそう説明する恵を見ながら轟木はいつの間にか調達して来た丸椅子に腰かけた。完全に話をを聞くモードに突入してしまった。そしてそのまま話を始めるように促す。
「じゃあ説明します。まずどうして祭壇から見つかった髪の毛と爪が脅しだと思ったのかから。私はこの二つを『鎖』だと思ったんです。もっと簡単に言うと見えない縁、繋がっていない首輪です。生まれてから明領島に足を踏み入れるまでの十数年、由香さんはそれまで特に何の変哲も無い、一般的な生活を送って来ました。そんな時両親が離婚、母親は体調を崩し故郷への帰郷を余儀なくされます。そこで明領島の異常性に気付いたんです。もうこの時にはすでに常世田さんの支配は少しずつですが広まっていたんだろうと私は推察します。異常性に気付いた由香さんは母親を連れて島を出ようと考える。しかしそもそもこの島にやって来たのは故郷に戻った方が母親の体調が安定すると思ったから。先輩の言う通り矛盾が発生しました」
「そうだな」
「と、ここで由香さんは考えたんです。『島の外に母親が安心して暮らせる環境を作れば良い』と。恐らくその環境というのが調理師を目指して安定した収入を得、母親を安心させることなんです。しかしそれを常世田さんが見逃すはずありません。お互いが譲らなかったんでしょう。対立しました。そしてその落としどころが『安定した基盤を造れるまでは母親を明領島で安静に過ごさせる』だったんじゃないでしょうか」
「……一見程よい落としどころに見えるが実際は常世田に軍配が上がっているな」
「そうなんですよ。もしかすると由香さんはそれを見抜いていたのかもしれません。けどそれを受け入れた。そして常世田さんは由香さんがそのまま島の外へ行ったまま雲隠れしないように脅しをかけた」
「それが祭壇で発見された毛髪と爪か」
四人はパソコンのモニターに視線を移した。
「その常世田って人も中々恐ろしいことを考えるのね。普通人間のDNAを意図的に保管するなんて事考えつかないよ」
恵の話を興味深そうに聞いていた橘はある資料を掲げた。
「いつ話題に出そうか探ってたんだけど多分今だよね。これは発見された毛髪と爪がおよそ何年前のものかを鑑定した結果、ざっと五年ほど前のものだと分かった。確か神田駅の近くで殺害された女の子……その由香って子は二十歳ぐらいだったよね?恵ちゃんの言っていることが想像の域を達していない事実の可能性を十分に秘めたデータだ」
「五年前となると十五歳、丁度高校に入学するかしないかの年齢だな」
橘からその資料を受け取り興味深そうに眺める轟木。恵は話を続ける。
「で、次は行方不明になっている一ノ瀬和美さんの話です。彼女は先ほどの仮説に沿って行くと明領島から出ることを許されなかったんです。そんな彼女を常世田さんは海に隠すでしょうか。私なら島の内部に隠しますけど」
昨日、島の一軒家に泊めてもらった際常世田が発見したと言いながら持ってきた一ノ瀬和美のものと思われるサンダルは浜辺にあったらしい。しかし状況証拠からして嘘の可能性が高いことも二人はとっくに気づいている。
「……ちょっといいかな」
ここで橘が遠慮がちに手を上げた。どうしたのかと恵と轟木は揃って首を傾げる。よく見てみると後ろの方で和泉も何故か首を傾げている。
「二人は島の雰囲気から全容まで実際に見て来たから分かるんだと思うけどずっと科捜研で鑑定しているアタシたちはよく知らないんだよね。だからしがない科捜研職員二人のために簡単な説明で良いからしてもらえるとすごーく嬉しいんだけどな」
その申し出にハッとした刑事課の二人は簡潔に用途をまとめた説明を数分で終わらせた。
「はーん、なるほど。大変だったんだね」
橘は聞く限りとても大変な目にあったという恵の頭を撫で繰り回した。完全に犬扱いである。そんな恵は満更でも無さそうだ。そんな様子を見ていた轟木は対して面白く無さそうな表情で和泉を見た。
「……ふっ、なに。嫉妬?」
「んな訳あるかい」
不貞腐れたように視線を逸らす幼なじみに和泉は猫のように目を細めた。
『なんやかんや言って気にかけてるんだよなぁ、分かりにくいけど』
そんな和泉が微笑ましい笑みを浮かべているのを気づいたのかどうなのか轟木は咳払いをして恵に話を振った。
「お前なら島のどこに隠す?」
先程の話の続きだろう。
未だに頭を撫で繰り回してくる橘から身を引いた恵は考え事をするかのように視線を斜め上に向ける。
「うーん……そう言われると難しいんですよね。ああいう島って移動する人間っていうかそれぞれ行動範囲ってある程度決まってると思うんですよ。だからあんま隠し場所とか無いんじゃないかな……個人の家の敷地内ぐらいじゃないんですか?」
「俺に聞くな。けどすでに明光が居た家や常世田の自宅も捜索したが一ノ瀬和美の姿は発見されなかった」
「そうなんですよね……」
すっかり考え込んでしまった刑事課二人に科捜研の二人は顔を見合わせた。このままだとこの意見交換は長引く。正直言って邪魔だ。
「その島に誰も立ち入ることが出来ないような場所はないの?」
和泉はふと思ったことを問いかけた。
「うーん、島に居る時も行動制限されてたし大体常世田さんが一緒に付いて回ってたので怪しいところとかには連れて行かないと思うんですよねぇ………………あっ」
恵は轟木に真ん丸な目を向けた。しばらく怪訝そうな顔を向けていた轟木も何やら思い当たる節があったのか次第に同じように目を丸くし恵を見た。
「「洞窟!」」
二人は勢いよく立ち上がると和泉達に半ば叫ぶような形で伝えた。これには和泉や橘はもちろん、周りにいた科捜研職員も何事かと顔を向けた。
「洞窟?」
「明領島の畑は洞窟の中にあったんです。それでその畑を常世田さんに見せてもらったんですけどね、その時劣化で壁の一部が崩落した箇所があって今は立ち入り禁止だって言われたんです。隠し事をするにはもってこいじゃありませんか?」
「そ、そうだね」
和泉はキラキラした目を真正面から浴びてちょっと後ずさりした。
「その可能性は十二分にあり得る。よし、行くか」
「はい!」
「……あの、ちょっと待って?」
このまま勢いよく科捜研から飛び出そうとする勢いの刑事課二人に対して和泉は声を掛けた。それに二人はキョトンとした表情で振り返る。
「せっかくだから復顔のことも聞いて?」
「「あっ」」
二人は大人しく椅子に座りなおした。
「これがそのボクが昨日から一睡もせずにチマチマと復顔したものだよ、写真だけどね。実物も見たい?奥の部屋にあるよ。見るなら今だけだよその内粘土を外さないといけないからね。まぁボクとしては見て欲しいな。だってボク寝ずに頑張ったんだよ?見る?見るよね?じゃあ持ってくるね」
相手の返事を待つこともせず和泉は奥の部屋へと消えていった。
「……アイツ自分のターンになったからって張り切ってるぞ」
「ですね……」
轟木が恵にひっそりと耳打ちをする。その言葉に同意するように頷いていると奥の部屋から「聞こえてるよ~」という恐怖の言葉が返ってきた。
「相変わらずの地獄耳だな」
顔を顰めながら呟く轟木だったが恐らくその言葉も彼には聞こえているだろう。橘はと言うと先ほど和泉が取り出した復顔の写真をまじまじと眺めながら「いや、流石だわ」「綺麗だ……」などと一人でブツブツと呟いている。確かに和泉の復元技術には一目置くものがある。しかしそれを本人に直接言ってしまうととても面倒くさいことになってしまうのであくまでも心の中に閉まっておくのが一番だ。
写真には様々なウィッグを被せられた復元された頭蓋骨が映っている。と言っても子供は大人に比べてレパートリーが少ない、複数枚全てから受ける印象はそれほどの違いはない。
「おまたせー」
和泉が奥の部屋から意気揚々と持ってきた復顔された頭蓋骨は写真と同様素晴らしい出来だ。
「お前、これで食っていけるよ」
「食っていけるから科捜研にいるんだよボクは」
「確かにそれはそうだな……」
恵は復顔された頭蓋骨を見た。まるで本物の人間のような出来だ。これは確かに食べていける。
「子供の顔となるとあまり変化が見られませんね」
「まぁそれは仕方のないことだね。子供の顔の骨は大人に比べると個性が出にくいからね」
「そもそも孤島だとしたら今まで行方不明になった子ぐらい島民が覚えてそうだけどそこら辺はどうなの?」
橘は手に持っていた写真をデスクの上に置くと片手で肘をついた。
「それに関しては俺も疑問に思って島の役場に勤める女性に話を聞いたんだ。しかしこれと言って目ぼしい情報は無かったし行方不明になった人物についても心当たりが無いそうだ……しかし、一つ気になっていることがある」
轟木がそう言ったところで科捜研の扉が再び開いた。思わず恵がそちらに顔を向けると同じく恵の方に目を向けているい二人組がいた。梶原と厚田だ。
「いたいた!主任が船出すってよ!二人も行くよね?」
「丁度いい所に来た!ちょっと来てくれ」
轟木は二人にもこちらへ来るように手招きをした。まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。出入り口で思わず顔を見合わせた二人は何事かと首を傾げながら恵たちの方へとやって来た。
「何々?どうしたの?」
「お前が朝言っていたことをもう一度言って欲しい」
「あさぁ?オレ何か言ったけ?」
「言葉遊びがどうとか言ってただろう」
「……あー、言ったね」
「どういうことですか?」
梶原と轟木の会話に思わず疑問を持った恵は問いかけた。一応傍にいた厚田にも視線を向けたがこちらもよく分かっていない様子だ。
「朝丸ちゃんが来たときオレと轟木が会話してたでしょ?アッくんが科捜研におつかいに行っているときの話ね」
「あー、それなら僕知らないわ」
科捜研の二人が「おつかいって何?」「さぁ?」という会話を繰り広げておくがここは敢えてスルーをした。
「で、言葉遊びって?」
恵が続きを促すと梶原は朝の出来事を思い出すかのような素振りで話出した。
「頭蓋骨の鑑定結果を見てるときに島で行方不明になった人が居ないって言う話を轟木から聞いてね、何かおかしいなって思ったんだよ。陸続きならまだしも海に囲まれてある程度人間関係が限られてくる環境で行方不明者について心当たりが無いってのがちょっと気になってね。それである可能性を思いついたんだ」
「可能性?」
「そう、その可能性っていうのが言葉遊びなんだけど……行方不明って行方が分からないって書くじゃん?もしかすると島には『姿を見なくなったけどどこへ行ったのかは分かる』っていう考えがあったんじゃないかなって思ってね。これは例えばの話なんだけど『その頭蓋骨の子は行方が分からなくなったんじゃない、明領様に連れて行かれた』……とかね?」
梶原はそこまで話終えると満足げにウインクをした。
「……最後のそれだけいらんかったな」
「何でそんなこと言うの?」
不満げな表情をする梶原の意見に対して一理あると考えた恵はゆっくりと頷く。
「確かにそれは立派な言葉遊びですね……なんだか腑に落ちました」
「そう?それは良かった」
梶原の仮説に厚田と橘、そして和泉も感心していた。彼の着眼点は素晴らしい。しかし轟木はただ一人俯いたまま動かない。
「轟木先輩……?」
不思議に思った恵は恐る恐る声を掛けた。すると轟木はガバッと顔を上げて梶原の両手を取って大きく上下に振った。
「やはりお前の着眼点は面白いな!さすが俺の元バディ!」
何やら興奮状態の轟木はそのまま椅子から立ち上がると勢いよく走り出し科捜研から出て行ってしまった。残された者たちは呆気に取られることしか出来ない。
「……えっと、追いかけなくていいのかな?」
和泉の問いかけにハッと顔を見合わせた刑事課の三人は慌ただしく彼の背中を追いかけるように科捜研から出て行った。その様子に和泉は苦笑いをしながらコーヒーメーカーから淹れたばかりのブラックコーヒーを口に含んだ。仮眠を取ろうとしていたのにすっかりと眠気がどこかへ行ってしまった。
「役にたてたんですかね、アタシたち」
「もちろんだよ。だってあの笑顔、間違いないでしょ」
出入り口の扉を眺めながらそう呟いた橘に笑いながら声を掛ける。その言葉に納得したのか橘は座っていた椅子から立ち上がり大きく伸びをした。
「よし、仮眠行ってきます」
満足げな表情で科捜研を出て行った後輩を見送った和泉は少し散らかってしまったデスクの片づけをしていたがあることに気がついた。
「……なんであの子は仮眠に行った?」
次の仮眠は確か自分だったはずだ。いくら眠気がどこかへ行ってしまったとはいえ少しでも体を休めたい。後輩の背中を慌てて追いかけに行った和泉の背中を見送った他の科捜研職員たちはチラリと一瞥すると各々の作業に戻ってしまった。




