DNA鑑定からみえたこと
轟木が部屋を出てそれほど時間が経つことなく恵も追いかけるように部屋を出たのだがすでに姿は見えない。
――変なところですばしっこいんだから!
「あれ、どうしたの相方は?」
消えた轟木の背中を探すように警視庁内を歩き回ってると誰かから声を掛けられた。
「薩摩さん!おはようございます」
鑑識の薩摩幹久だった。猫屋敷の上司でもある。面倒見が良さそうに見えて他人に無頓着、彼とは出会って数年経っているが未だにどんな人物なのかよく分からない。
「居なくなっちゃったんですよ、薩摩さん見てないですか?」
「見てないよ、見てないから相方の居所聞いたんだよ」
「あ、そうですよね……」
本当に掴みどころが分からない。
「どこに行ったかも知らない?」
「科捜研です」
「じゃあそこじゃない?」
「そうなんですけど……」
「どうした」
言い淀むような恵に対して薩摩は眠そうな目を向ける。もしかすると徹夜明けかもしれない。科捜研と同様鑑識課も忙しいのだろう。パーマのかかった黒髪も相まって寝起きに見えないこともない。
「絶対どっかで寄り道していると思うんですよね。このまま真っすぐ行ったら入れ違いになっちゃいそうな気がして」
「あー、それは一理あるね。けど今科捜研に行ったら面白いものが見れるかもよ」
「面白いもの?」
首を傾げる恵に対して薩摩は内緒話をするように少し姿勢を低くして声を潜めてこういった。
「今、科捜研……DNA鑑定祭り」
「えっ」
驚いて思わず体制を戻してしまった恵だったがもう一度薩摩の話を聞くことにした。
「あ、知らなかった?報告にはまだ上がってないんだ。昨日の家の祭壇のことは何か聞いた?」
「見つかった頭蓋骨が男児のものの可能性が高いってことと一緒に真珠とラピスラズリの首飾りが見つかったとか」
「そこまで知ってるんなら髪と爪のことも知ってるか」
「何ですかその髪と爪って」
「……逆に何でそこだけ知らないの」
眉を顰めた薩摩は恵の顔を信じらないという風にまじまじと見つめた。
「厚田先輩は教えてくれませんでした」
「あー、あの子か。あの子が伝達ミスするとは思えないからもしかすると科捜研が忙しすぎて口頭の説明があまり出来なかったか……DNA鑑定の結果が出たら一緒に伝える予定だったのかどっちかか」
薩摩は納得するかのように首を縦に振った。
科捜研には『DNA鑑定の鬼』と呼ばれる人物が存在する。と言っても鬼は言い過ぎなので言葉を変えるならば『DNA鑑定の申し子』だろうか。鑑識課にアイドルがいるように科捜研には申し子がいる。誰が一番最初に言い始めたのかは知らない。まぁ自他共に認めているので良いのだろう。曲者ぞろいの巻班に所属している恵が言える立場ではないことは分かっているのだが個性が強すぎる。
「で、何なんですか?髪と爪って」
「そんなん直接科捜研に聞きに行けばいいじゃん。何で私なの」
「丁度ここに事情を知っている薩摩さんがいるから」
「……ああそう」
理不尽すぎる回答に呆れかえった薩摩だったがここで粘られる方が面倒くさいので相手をすることに決めた。
「頭蓋骨と一緒に見つかった首飾り、その他に毛髪と爪らしきものが見つかったの。別々じゃなくて一つの小さな四角い箱にね」
「……扱いはどんな感じでしたか」
「扱い?うーん、普通毛髪とかを保管する場合……いやその時点で普通ではないんだけど。もし毛髪とかを保管する場合ね?何かで包んで保管すると思わない?けど今回見つかったものは箱に直接入れられてたね。けどその二つが何の目的で祭壇に供えられていたのか私たちには分からない。そこは刑事課の仕事だね。私他の仕事があるんだけど戻っても大丈夫?」
「あ!はい!すいません、ありがとうございました!」
伝えるべきことを簡潔に伝えた薩摩はさっさと立ち去ってしまった。ドライである。
「頭蓋骨……首飾り……髪の毛と爪……」
恵は先ほど薩摩から教わっ情報を頭の中で整理していた。
――頭蓋骨が未発達の男児、首飾りは真珠とラピスラズリ。二十年以上水中に浸かっていた頭蓋骨と十年ほど前に作られたと考えられる首飾り、それぞれ持ち主は別だ。となると同時に見つかった髪の毛と爪もそれぞれ別の人物のものである可能性が出てくる。
「謎が謎を呼んでいる気がする……」
「何がだ?」
「そりゃあもちろん……ぎゃっ!」
突然誰も居ないはずの左隣から声が聞こえ顔を向けてみるとそこには先ほどまで恵が探していた張本人、轟木が居た。手には何やら白いビニール袋を持っている。
「いつから居たんですか……!」
不意打ちに動揺していることを悟られないように極力声のトーンを変えることなく口を開いたが少しばかり声が上ずってしまった。それに気づいているのかどうなのか轟木は何も変わらない調子で隣を歩いている。
「科捜研に差し入れするためにコンビニに寄ってから向かってたら少し前に何やらブツブツと独り言を言いながら考えこんでいる見知った背中が居たから話掛けただけだが?周りを見て歩かないとコケて怪我するぞ」
「うっ、すいません……」
謝りながらもチラッと轟木の持っているビニール袋の中身を確認する。恐らくラムネだ。ブドウ糖の差し入れだろうか。
「で、何が謎を呼んでるだ?」
「ああ、さっきそこで薩摩さんに出会ったんです。それで祭壇から頭蓋骨と首飾りの他に人間のものと思われる髪の毛と爪が発見されたことを知って……頭蓋骨と首飾りは鑑定の結果から別人のものだってことは分かっているのでもしかすると髪の毛と爪もまた違う別人のものなのかなって。けどそうしたらまた別の被害者が居るってことになりますよね?」
恵の話を黙って聞いていた轟木は頷きながら言った。
「なるほど……髪の毛と爪か。気味悪いな」
「何の目的なんでしょうか。恐らく常世田さんの仕業ですよね」
「恐らくな」
ほぼ確信している轟木に対して恵は先ほど薩摩から聞いた別の要件を話すことにした。
「そういえばなんですけど、今科捜研DNA鑑定祭りらしいです」
「……鬼の仕業か」
「はい。もしかするとそれで髪の毛の持ち主について何か手がかりがあるかもしれません」
「そうだなぁ……あ?」
不意に轟木が立ち止まり左側に顔を向けた。彼は恵から見て左側に居るので恵も習って後ろからそちらの方を見た。そこには『仮眠室』と書かれたプレートが掛かったドアの前でこちらを気まずそうに見つめている白衣を着た男性の姿があった。その男性の正体を知った轟木は一瞬、いたずらっ子のような笑みを浮かべ彼に近づいた。
「いずみくーん、仮眠かな?」
彼の名前は和泉渡、科捜研の研究員で轟木の幼稚園からの幼馴染(腐れ縁)である。上機嫌の轟木とは対照的に和泉は心底嫌そうな表情をしている。
「最悪なんだけど」
「酷い言い様だな」
「今からボクは仮眠をとるんだ。それなのに何でこのタイミングで君に会ってしまったんだろう。はぁーあ、ヤダヤダ」
と言いながら仮眠室のドアノブに掛けようとした手を轟木は慌てて押さえる。
「いやなんでだよ、今の流れだと鑑定結果を説明する流れじゃないのか?お前がここにいるってことは復顔、終わったんだろ?」
和泉は整えられた黒髪を乱すように両手で頭を掻きむしりながら言う。
「終わったよ、ついさっきね。複数のウイッグを被せて何パターンか写真に撮ってるから詳しいことは橘さんに聞いて。彼女に引き継ぎをしているから」
彼の言う橘という人物は同じく科捜研の研究員でよく和泉と共に鑑定を行っている女性のことである。
本当に心底眠たそうな和泉は今すぐにでも布団に入って爆睡を決め込みたいはずだ。しかしそれを轟木が許さない。
「そんなこと言って本当は自分で説明したいんじゃないの?確かに俺らのタイミングがピッタリすぎてお前の仮眠時間を削ってることは謝ろう、けどここまで来たら自分で説明した方がぐっすり眠れるんじゃないか?」
轟木にジッと見つめられた和泉も負けずとも見つめ返す。その光景に恵はヒヤヒヤしながら様子を伺う。やがて折れたのは和泉だった。一つため息をついて「付いてきて」と言いながら仮眠室から離れる。ほぼ轟木の力技である。小さくガッツポーズする轟木に対して恵は呆れることしか出来なかった。
「まったく……ボクは君から逃げることも出来ないのか」
「随分と酷い言い草だな」
軽い言い合いをしながら科捜研へと向かう二つの背中を見ながら恵はふと思った。
――逃げることも出来ない……
「……あっ!」
つい、思わず大きな声が出てしまった。これには前を歩いていた轟木達も目を大きく見開き後ろを振り返った。
「どうした?」
「そうですよ!逃げられなかったんですよ!和泉さんナイス!」
「え、あ、ん?」
勢いよく肩をバシバシと叩かれて思わず顔を顰めながらも首を傾げる和泉。隣では轟木も首を傾げていた。そして叩いた本人の恵はというと思い立ったかのように急いで科捜研へと向かって行った。彼女の姿を二人も急いで追いかける。
スライド式のドアを半ば突き破るような勢いで通り過ぎた恵は数十人がせわしなく動き回っている科捜研の研究室を見渡しお目当ての人物を見つけると早歩きへそちらへと向かった。
「しょちょ!これ差し入れ!」
「おーいつもありがとなぁ」
少し遅れて科捜研へとやってきた轟木も手に持った差し入れを忘れずに出入り口付近にいた丸顔の所長に渡すとバディを追いかけて行った。その後ろでは和泉が呆れたような顔で苦笑いしている。
「瑞希さん!DNA鑑定どうでした!?」
「えっ」
いきなり笑顔で現れた恵に『DNA鑑定の鬼』という異名を持つ科捜研の研究員、橘瑞希も思わず目を見開いた。
「あー、髪と爪のことね!」
あの後轟木が恵をある程度落ち着かせて事の顛末を一から説明すると橘も納得したかのように頷いた。彼女は色んなものをDNA鑑定しすぎて何が何だか分かっていない節がある。ライトブラウンのボブヘアーを揺らしながら彼女は机の上にあるパソコンを操作した。
「ついさっき終わったよ」
表示された画面には不規則な形をしたグラフが映っている。これ単体だと恵には何を現しているのか分からなかった。
「瑞希さん、一つお願いがあるんですけど……」
「んー?どうした?」
「過去に行ったDNA鑑定の結果とこの結果を比べることって出来ますか?」
「出来るけど……どのデータと照合したいの?」
「一ヵ月ほど前に発生した神田駅の刺殺事件の被害者のデータと」
「……あー、あの専門学生の」
橘はパソコンのキーボードに何かを打ち込むともう一つ別のグラフが画面に表示された。そしてエンターを押すと二つのグラフが合わさり画面には『一致』という文字が表示された。
「やっぱり……」
「どういうことだ?」
それまで黙って聞いていた轟木が思わず声をもらす。
「昨日先輩が言っていたことは正しかったんですよ」
「昨日?」
「はい、恐らく一ノ瀬由香さんも明領島の思想に染まっていたんです。だから母親と一緒に島の外へ行けなかったんだと思います」
「と、言うと?」
「一ノ瀬由香さんは脅されていたんです」




