バディですから
今日の占い〇十月生まれ 【順位】四位、【ラッキーカラー】紺青、【ラッキースポット】博物館
翌朝恵はすっきりとした気持ちで警視庁の捜査一課があるフロアの廊下を歩いていた。背筋を伸ばしながらキビキビと足を進める彼女にすれ違う者たちは何事かと振り返るがすぐに興味を無くしたようで自分の目的地へと歩いていく。昨朝発生した六本木の事件で捜査一課は忙しそうだ。そんな周囲の様子になど気がつくこともなく恵は資料室の前を横切りすぐ隣のドアノブに手をかけ笑顔で前に押す。
「おはようございます!」
その声に対してデスク付近で何やら資料を読み込んでいたネイビーと茶色の背中が振り返る。轟木と梶原だ。
「おう」
「おはよー丸ちゃん、帰ってよく休めた?」
「はい!自分では大丈夫だと思ってたんですけど自室に戻ってすぐにベッドの上で寝ちゃいました」
照れくさそうにする恵に梶原は優しく微笑みながら声をかける。
「慣れないところに行くと無意識に肩の力が入っちゃうからねぇ……昨日はちょっと顔色悪そうだったけどもう大丈夫そうだね」
「はい、バリバリ働きますよー!!」
自分のデスクにカバンを置きそのまま気合を入れるように腕をグルグルと回す後輩に梶原は眩しいものを見るように目を細める。轟木はというと恵の頭のてっぺんから足の先までじっくりと眺め首を傾げた。
「……どうかしましたか?」
さすがの恵も気が付いたようで同じように首を傾げた。
「今日は青か」
一瞬何のことか分からなかったが今日のラッキーカラーのことだと理解し恵は両手を広げ笑顔で言った。
「はい!今日の色は紺青だったんですけどピッタリの色がなかったので普通の青色です!」
今日の服装はグレーのパンツスタイルのスーツに中のインナーは青いブラウスにした。比較的さっぱりとした服装になったと思う。髪ゴムは補色のブラウンに決めた。
「先輩は黄色だったんですか?」
「あぁ。ちなみに昨日も黄色だった」
面白くなさそうに言う轟木に「毎日占いのサイト見てくれてるんだ」という確信を持った恵はなんだかうれしくなり思わず笑みがこぼれた。
「なんだよ」
「いいえ、何も?……ところで梶原先輩は何を見てるんですか?」
「女の子が監禁されていた部屋に祭壇があったでしょ?そこに祀られていた頭蓋骨の鑑定結果」
「頭蓋骨……ちょっと見せてもらってもいいですか」
恵は昨日から気になっていたことがあった。主任と一緒に頭蓋骨を確認したときに木製の箱に入っていたのだが保存状態に疑問を持った。普通祀られているとしたら物が傷つかないように保護材のようなものが一緒に入っているはずだがそんなものは無かった。印象的には扱いが雑、そう思った。
書類に目を通すとそこには発見された頭蓋骨が未発達の子供のものである可能性が高いことや長い間水中にあった可能性があること、そして男性のものであるということが記されていた。
「つまりは男児の頭蓋骨の可能性が高いってことですかね」
「まぁそういうことだ。といっても長い間水中にいた影響か損傷が激しくて詳しいことはさらに調べないと分からないらしい。」
「なるほど。けどこの水中っていう表現が気になります、海中ではないんですね」
「あぁ、これな。和泉曰く『残念ながらこれといった断定は出来ないね。百パーセントの海水かもしれないし数パーセント海水が含まれてる水に浸かってたのかもしれない、分かるのは二十年以上水に浸かっていたってことくらい』らしいからこれ以上のことはあんまり期待出来ないかもしれん。だがアイツは躍起になって調べるはずだぞ」
轟木の言う和泉という人物は一言で言うと科学捜査研究所の職員である。轟木に似てあまり組織という枠組みに囚われない、比較的自由奔放な性格をしていると恵は思う。なぜ似ているのか、ただ単に二人が幼稚園からの幼馴染だからという理由では片づけたくない。そんな簡単にこんな面倒くさい人間が集まってたまるか、そう恵はひそかに思っている。
「じゃあ今も和泉さんが一生懸命頭蓋骨を鑑定しているって感じですか」
「いや、今アイツは復顔作業中だ」
「復顔。パソコンでですか」
「いや、手作業」
「わぉ」
復顔とは簡単に言うと頭蓋骨をもとにして生前の顔を推定し、粘土などで肉付けをして義眼を付け、肌を色付けしたりウィッグを被せたりして復元する技術のことだ。最近ではCGを使ってより精巧な復元が可能らしいが科捜研の職員和泉は手作業で行っているらしい。
「物好きなんだよアイツ。悪いように言えば頑固ってとこだ」
ここで「頑固なのは轟木先輩もじゃないですか」などという戯言を言う度胸など恵にはない。
「はぁ……なるほど」
愛想笑いをするので精一杯だ。
「けどあれですね、この鑑定結果を見ると頭蓋骨の子と明光ちゃんは同じくらいの年齢ってことになりますね」
「あー、それな……」
轟木は気まずそうに首筋をかいた。
「実はあの子……今年で九歳になるらしい」
「えっ」
身体の成長具合から勝手に五、六歳だと思っていた恵は驚愕した。
「取り調べで常世田がそう供述した。と言っても彼女は戸籍が無いから裏付け捜査には少し時間がかかりそうだがその点に関しては嘘をつくメリットが無いから恐らく本当だろうな。あと一見見た目は元気そうでもやはり十分な食事は与えられてなかったんだろう、栄養失調気味だったそうだ」
明光は現在警察病院で検査を受けている。恵は常世田が明光に対しての扱いに腹の底から煮えくり返った。人の良さそうな表面でも内側は何を考えているのか分からない。これだから人間は恐ろしいのだ。
「……常世田さんは取り調べにちゃんと応じているんですね」
「いや?さっき言ったこと以外は何も。黙秘を貫いてる」
「さすがの主任も手を焼いてるらしいよぉ……やっぱりまだ何か隠してるんじゃないかなぁ」
「なるほど……ところで厚田先輩はどこ行ったんですか?」
室内を見渡してみるが姿はない。
「アッくんなら科捜研におつかいだよ」
「おつかい?」
――ガチャ
職場では滅多に聞くことのない単語に首を傾げると背後の扉が開いた音がした。首を傾げた状態でそちらに目を向けるとドアノブに手を掛けたまま驚いたように目を見開いている厚田の姿があった。
「あ、おはようございます厚田先輩」
「おはよう……首を傾げながらの朝の挨拶は初めてだ」
手元には何やら青色のバインダーを持っている。
「おつかいご苦労様ー、どうだった?」
「なんだか科捜研も忙しそうだったんで手短に話聞いて帰ってきました」
「その資料は一体?」
「これ?これは祭壇に頭蓋骨と一緒に奉られてた首飾りの鑑定結果」
首飾り……なんの事か恵には何も分からなかった。首を傾げていると轟木も何も聞いていないのかこちらに目を向けてきた。
「あれ、言ってなかったっけ。丸ちゃんはまだしも朝登庁したとき轟木には言ったつもりだったけど……二人が島から出たあとにやった捜索で首飾りが見つかったって話」
お互いに首を傾げ見つめ合っている二人に梶原はキョトンとした表情で問う。
「知らん。何も聞いてない」
「どういうことですか?」
「ありゃ、それは伝達ミスだ。ごめん」
自分の非を素直に謝った梶原は青色のバインダーを二人が見えるような位置に移動させた。
「祭壇には頭蓋骨の他に首飾りが祀れていた。鑑定結果から見るに……わお、真珠とラピスラズリだって。結構高価なものだよ」
「けど……その首飾りの持ち主は誰なんでしょうね?流石に常世田のものじゃないでしょうし。そもそもラピスラズリはパワーストーン中でも最強のやつじゃなかったですっけ」
厚田が自身のデスクで検索しながら言った。
「そうそう。結構歴史も長いよね。で、その首飾りがどれくらいに出来たかというは……十年以上前だって」
「明光は九歳くらいだったよな」
「そうだね」
「ふーん。母親か」
轟木の仮説も一理ある。と言っても彼が言ってしまうと仮定という確定になっているようにも聞こえるが。
「随分と飛躍しましたね……しかし首飾りが祭壇に祀られているということは持ち主は?」
「死んだんじゃないか?」
「……すごい飛躍だ」
「仮定の一つにすぎないだろ」
梶原は鑑定結果の資料を捲りながら苦笑いを浮かべる。
「一番可能性が高いのはそれだよね。その場合その人物が今どこにあるのかっていう疑問が浮かび上がるのも事実なんだけど」
ここで恵は気になってたことを尋ねてみた。
「そういえば島での行方不明者捜索はどうなったんですか?」
「うーん、あんまり進展はなさげ。島の建物とかヘリで海とか見たっぽいけどそれらしい人影は無し、昨夜は捜索を中断、日が昇ってから再開する予定だよ。そろそろ再開するんじゃないかな。俺たちも鑑定結果出たからそろそろ島に行こうかなぁ」
「船、無いっすよ」
「あっ」
昨日梶原たちが明領島に行くために乗った船の操縦士は巻主任だった。今彼はどこにいるのだろうか。常世田の取り調べをするにはまだ時間が早すぎる。仮眠でも取っているのだろうか。
「僕、ロキさんはまだしもマキさんを叩き起こすことなんて出来ないっすよ」
「なんで俺は良いんだよ。確かに実際叩き起こされたことはあるけども」
轟木は数年前、仮眠室で休んでいたところに巨大ハリセンを持った厚田が突撃して来て文字通り叩き起こされた過去がある。当時巻班に配属されてあまり時間の経っていなかった恵はその現場を見て「とんでもないところに来てしまった」と後悔したのも事実だ。
「けどあの人のことだからあまり仮眠出来なかったとしても俺たちが集まったの見据えて起きてくるよ」
「それはそうだな」
そう言うと轟木はドアの方へと歩き出した。
「どこ行くんですか?」
恵がそう問うと轟木はあっけらかんとした表情で「科捜研」と言った。先ほどの厚田の発言からして科捜研は今すごく忙しいそうだが……?
「ちょっと気になることがあってな。すぐ戻る」
そう言い残すとネイビーの背中はドアの向こうへと消えて行った。相変わらずマイペースというか何というか。恵が半ば呆れていると二つの視線が自分に向いていることに気がついた。言うまでもなく梶原と厚田だ。
「え?何ですか」
「いや、付いて行かないの?」
キョトンとした表情でそう聞いて来た梶原に恵は逆に質問する。
「え、行った方がいいんですか?」
「もちろん」
梶原が頷くと同時に厚田がドアノブに手をかけゆっくりとドアを開けた。その顔には「どうぞ?」という意味が込められていることに恵は気づいた。一連の流れを受けた恵は全てを考えることを忘れて不満げにこう言った。
「行ってきます」
むくれ顔でドアを通り過ぎた恵の後ろから楽しげな「いってらっしゃ~い」という二つの声が聞こえた。




