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うさっぴちょ

「うさっぴちょ」、二秒くらいで考えたけどとても言いにくい。

 正午前、恵たちは御茶ノ水駅に辿り着いた。

「どこに行くんですか?」

 先ほど轟木に言われた通り黙ってついて来た恵はしびれを切らしたかのように問いかけた。

「一ノ瀬由香が仲良くしていた専門学校の友人に会いに行く。もしかすると彼女が持っていたポーチに描かれたウサギについて何か知ってるかもしれん」

「なるほど……けどその友人の居場所良く知ってますね」

「主任が調べてくれたんだ。どうやらここら辺にある雑貨屋で友人がバイトしているらしい」

「いつの間に……」

「あと一つお前に共有しておきたいことがある」

「なんですか?」

 轟木は歩みを止め恵の方を振り返る。

 ――なんかさっきもこのパターンあったような?

 既視感を覚えつつも表情を崩さず次の言葉を待つ。

「なぜ一ノ瀬和美は島に残って娘の由香の方は島から出ていたのか、についてだ。これについて村役場に居た幾田歩美のこと覚えているか」

 幾田歩美とは明領島の村役場にいた女性のことで島の文化の遅れによりスマートフォンを知らなかったというとても印象深かった人物のため恵もすぐ思い出した。

「ええ、覚えてます」

「彼女に話を聞いたんだ」

「え、いつ?」

「船で島から出る時だ。本当はもう少し早めに話を聞きたかったんだが封鎖された状況で他の住民に万が一見られた場合彼女が目の敵にされる可能性もあったから応援が来てから出来るだけ自然に話を聞く必要があったんだ」

 恵は思い返した。確かに明領島から船が出航する際轟木は少し遅れて戻って来た。その時は特に何も気に留めなかったがそういう事だったのか。

「彼女はあの島を全体的に見たら若い方だ、ある程度歳を取ってるじいさんばあさんよりかは話が通じると思ってな。一ノ瀬家について聞いて来た」

「何か有力な情報は得られましたか?」

「ああ」

 二人は再び歩き出した。

「元々一ノ瀬和美は東京で会社役員の男と結婚し幸せな家庭を築いていたそうだ。しかし娘の由香が中学二年生のころ夫の浮気が発覚した。相手は秘書の女だったそうだ。それを受けて夫と離婚、和美はショックで体を壊してしまった。やがて都心では心が休まらないという理由で実家のある明領島へと帰った。しかし彼女の両親は数年前に揃って病気で他界、娘の由香が親身に寄り添って世話をしていたらしい。そして数年が経ち由香はある夢を抱き始めた。調理師になるという大きな夢だ」

「だから専門学校に……」

「そうだ。元々明領島には高校が無いからな、母親のことが気がかりだっただろうが背中を押されて本土に下宿先を見つけ高校で熱心に勉強、卒業後無事専門学校に進学することが出来た。専攻は『和食』……おそらくだが母親の作るぬか漬けを広めたかった気持ちもあったんだろう」

 轟木の『仮定』の言葉に恵は心が苦しくなった。どうしてそんなに母親思いの子が殺されなければならなかったのか。恵がいくらそんなことを考えても犯人はとっくに逮捕、起訴されている。今の恵に出来ることはない。今出来るのは行方不明になったその母親を見つけ出すことだ。現在明領島の方では残りの班のメンバーが一生懸命捜索しているはずだ。今は顔色が悪いと言われ強制的に帰宅命令が下されたがそれでも出来ることはやる、それが巻班のやり方ともいえる。

「悔しい気持ちも分かるが今どれだけ悔やんだとしても過去は変えられない。自分たちに出来ることを精一杯やろう。例え後で叱られてもな」

 自虐気味に笑う轟木を見、恵は少しだけ肩の力が抜けたような気がした。

「さて、ここだ」

 恵は視線を轟木から前へ移した。目の前の小さな看板には『OoPs!(ウップス!)』と赤色の文字で書かれている。

「……驚いているということですか?」

「さあな、意味はそうだが由来は知らん」

 目の前の木造一階建ての建物を一瞥した轟木はそのまま五段ほどの階段に足を掛けた、がその歩みはすぐに止まった。無論、恵が引き留めたからである。

「あっぶな……せめて引き留めるなら一言くれ」

「あ、すいません。一つ確認なんですけどそのご友人が今日、というか今、バイトのシフトが入ってるかどうかは確認済みなんですよね?」

 恵の問いに一瞬動きを止めた轟木だったがすぐに笑顔を作り建物の中へ入って行った。

 建物と同じ黄色い木製の扉を手前に引くと小さなベルの音と共に店の奥から女性の声が聞こえた。店主だろうか。轟木は店内を見渡し自分たちの他に客が居ないことを確認したのち内ポケットから警察手帳を取り出した。

「突然すいません、警視庁の轟木です」

「丸中です」

 突然の警察の訪問に驚いた様子の店主だったがすぐに落ち着き笑顔で対応してくれた。

「何かウチに御用が?」

「ここでバイトをしている雪堀(ゆきほり)(かおる)さんに用事がありまして」

「薫ちゃんに?」

「とある事件に関する捜査です。あ、といっても雪堀さん本人は特に事件に関係しているということはありませんのでご心配なく」

 一応の補足に安心したのか体の強張りが抜けたように見えたが完全に信用されたわけではなさそうだ。そんなことを考えていると店主の女性がチラリと恵の方を見たので小さく頷き肯定した。すると彼女は「少しお待ちください」と言い残し店の奥へと消えて行った。どうやら友人――雪堀薫は出勤しているようだ。

 しかしなぜシフトを把握しているのかが理解出来ない。

「……なんで知ってたんですか」

 小声で問いかける恵に対して轟木は先ほどと同じような笑顔を貼り付けこう言った。

「内緒」

 語尾に音符の一つや二つ付いてそうな返事に恵は本気で一発殴ろうかと思った。


 店内に飾られているどこかの国の特産品とも取れる奇妙なお面の数々に見られているような気がして少し居心地が悪くなってきたころ店の奥から先ほどとは違う二十代くらいの女性が姿を現した。とは言っても白と黒のボーダーな長袖Tシャツにグレーのジーパン、髪の毛は黒のウルフヘアで視力が相当悪いのかかなり厚めのレンズがはめられている眼鏡が前髪の隙間から見えておりかなり中性的な見た目をしている。それはそれとしてそのスタイルは接客業としてはどうなのだろうか。

 雪堀は恵たち二人の姿を捉えると何やら小声でブツブツと呟き出した。あまり良く聞き取れなかったが恐らく「誰だよ」「前に来た刑事さんとは違うし」みたいなことを言っているようだ。……確かに恵たちは直接一ノ瀬由香の事件には関わっていない、しかしその態度は接客業としてはどうなんだ、大丈夫なのか。いや、こう見えてしっかりしている子なのかもしれない。人を見ためで判断してはいけない。

「突然すいません。警視庁の轟木です」

「丸中です」

 先ほどの店主と同じく身分を明かした二人は早速本題に入ろうとした。その時、背後の扉が開きベルの音が店内に響き渡った。買い物客がやってきたのだ。そちらに一瞬目を向けた雪堀はすぐに恵たちに視線を戻し口を開いた。

「……良かったら奥どうぞ」

 ――この子、出来る……!

 恵は確信した。

 二人が案内されたのは店の奥にある小さな休憩スペースだった。確かにここなら店に来るお客さんからも見えずに話を聞くことが出来る。

「えっとぉ……捜査って何ですか。由香のことはもう終わったんですよね?」

 どうやら二人がここに来た目的は店主の女性から聞いたようだ。となれば話は早い。

「実は一つお聞きしたいことがあって来たんです」

 恵は携帯を取り出しその画面を雪堀に見せた。画面にはピンク色のウサギのぬいぐるみが表示されている。雪堀はというと携帯に顔を近づけて画面を凝視している。

 ――本当に目が悪いんだな。

 ここまでくると心配になってしまう。

「……どうですかね?」

 体勢を戻した雪堀に恵は恐る恐る問いかける。

「これ、『うさっぴちょ』ですね」

「『うさっぴちょ』?」

 思いもよらない回答に恵は思わず聞き返した。轟木も小さく首を傾げている。

「随分と……プリティな名前ですね」

「由香と一緒に考えたんです」

「オリジナルですか」

「とは言っても名前だけですけどね。元々うさっぴちょは由香が持っていたポーチにいたキャラクターなんで」

「このポーチですね」

 恵はカバンの中からビニール袋に包まれた『うさっぴちょ』ポーチを取り出した。それを見た途端雪堀は大きく目を見開いた。

「なんでそれを?」

「少し事情があって」

 恵は轟木に目配せをした。恐らく彼女には詳細を話さない方が良いだろうと思ったからだ。その意図を感じ取ったのか轟木は小さく頷いた。

「このキャラクターについて何か知ってることはありませんか?世間に知られているキャラクターではないことは知ってるのですが他の情報が何も手に入らなくて。由香さんと仲の良かった貴方なら何か知ってると思ったんですが……」

「あー……」

「……何かあったのか」

 今まで黙っていた轟木が口を開いた。雪堀は言いづらそうに目線を下に向けた。

「うさっぴちょはもちろん知ってるんですけど詳しいことはあまり……由香が教えてくれなかったんで」

「と言うと?」

「大切なポーチだっていうのは教えてくれたんですけどそれ以上は……そのポーチにも触らせてもらえなかったし」

「触られることに対して何か不都合があったのか」

「分かりません。一回床に落ちたポーチを拾おうとしたらすごい形相で怒られたんですよね」

「なるほど、分かった。協力感謝する」

 雪堀の言葉に納得した様子の轟木は足早に部屋を出て行った。これには恵もビックリだ。

「えっ、ちょっ……先輩!?」

「えっと……大丈夫ですか?」

「うん、なんとかする!ご協力ありがとうございました!」

 せわしなくお礼を言った恵は部屋から出ようと扉のドアノブに手を掛けたがすぐに戻って雪堀に名刺を渡した。

「何か思い出したことがあったらいつでも連絡してね」

 今度こそ休憩室を出た恵は店の方にいた店主にもお礼を言い先を行く轟木の背中を追いかけた。

「ちょっと待って下さい!」

 背後からの声かけに応えるように轟木は振り返った。その表情はとても自信に満ちている。

「どうしたんですか?」

「知りたかったことは確認できた」

「え?」

「俺は最初一ノ瀬由香が島を出たのは明領島の文化についていけなかったからだと思っていた。ウサギのぬいぐるみを持っていたのは島からの一種の脅しのようなものなのではないかとも思っていた。しかし蓋を開けてみれば彼女もすっかり明領島に染まっていたんだな。彼女にとって明領様は心の拠り所になっていたというわけだ。恐らく母親は島の住民たちには内緒で彼女にお守りとしてあのウサギのぬいぐるみを持たせたんだろうな」

「うさっぴちょですよ、名前」

「……あのウサギは雪堀にとってはただの珍しいキャラクターだったんだ、興味を持ってもおかしくはない。だが実際問題本来は明領様の存在を島の外に知らせるのは良くないことだ。しかし一ノ瀬由香が殺害され遺留品として押収されたポーチは遺族の元へと返却される。その際警察が手続きとして明領島に『ウサギのポーチ』だということを説明、島の住民は一ノ瀬家が明領様をウサギとして見立てて玄関に置いていることを知っていた。一ノ瀬由香は明領様を島の外に出した、つまり禁句を犯した。島の人々の反発が母親に向くことは間違いない。一ノ瀬和美は裏切者として島中で疎外される。他の住民は彼女に対して罰として危害を加える。いや、他の住民はそのことを知らなかったのかもしれない。そうすると手を下したのは常世田だけなのか?」

 轟木は片手を顎に当て考えこんだ。

「一つ質問いいですか」

「何だ?」

「一ノ瀬由香さんは母親思いの方です。本来なら自分が島から出るときに母親も一緒に……とはならなかったんですかね」

「うーん。そもそも明領島に母親が戻ったのも体調不良が原因だからな、そんな矢先『やっぱりこの島から出ます』とは言いづらかったんじゃないか?」

「確かにそれはそうですね」 

「まぁどれも今のところは仮定に過ぎんがな」

 轟木は考えることをやめて両手を上に軽く伸びをした。

「なんか体が軽くなったからか知らんがすごく腹減ったな、メシ行くか」

「えー……帰って寝たいんですけど」

「俺が奢る」

「行きます」

「随分と素直なこった」

 即答した恵に対して轟木は苦笑いしながらも歩みを進めた。

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