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この島に動物はいるかどうか

トンカツが食べたくなってきました

「大丈夫ですかねー」

「どうだろねー」

 厚田と梶原が二人並んで眺めているのはついさっき島から離岸した二隻の警察艇である。一隻には逮捕された常世田、もう片方の船には恵と轟木、そして証拠品を科捜研に届けるために一旦離脱した鑑識課が乗っている。ちなみに二人が心配している事案はもちろん恵と轟木のことだ。見るからに顔色が悪い二人を見かねて班長の巻が帰宅命令を出した。最初二人は反発したが結局折れて帰宅することになった。二人は本土に戻ったら即帰宅しなければならないのだ。しかし同班の厚田と梶原は懸念していることがある。

「あの二人……大人しく帰るかな」

「いや、帰らないと思いますよ。断言します」

「……だよねぇ」

 二人とも刑事としての腕は確かだ。それは同じ班の人間として認める。しかし少しばかり頑固な面もある。特に轟木。

「アイツ絶対寄り道して帰るよ。それに丸ちゃんも自主的についていくでしょ?それはもうただの事情聴取なんだよ」

「やっぱり向こうに着いてからしばらく経って電話でも掛けた方がいいんじゃないですかね、マキさん」

 厚田はゆっくりと振り向き地べたでドローンを組み立てている我らが班長、巻に問いかけた。巻はドローンのプロペラを取り付けながら首を傾げた。

「別に最初から真っすぐ帰宅することなんて想定してませんよ。こっちに居ても顔色悪すぎて途中で倒れてもらったら困りますからね。一旦この島から出てもらって、彼らなら何か情報を得るために動きまわるでしょうから」

「……やっぱあんたすげぇよ」

「ふふふ、ありがとうございます」

 梶原の心からの称賛に気を良くした巻は満足げな表情で立ち上がるとドローンを操縦するリモコンの電源を入れた。

「さて、始めましょうか」


 巻の操縦するドローンはスイスイと明領島の上空を進んでいく。

「海の方は警察のヘリが捜索しますからね、ヘリでは狭くて捜索出来ないようなところを我々がこのドローンで見て回りましょう。正式な届け出は出していないので後で上からもしかするとお小言が降って来る可能性もありますが……人命が最優先ですからね」

 傍らに置かれている小さなモニターには赤外線カメラを通じて山の木々が映し出されている。が、太陽の熱により見つけたい熱源を特定するのに苦戦してしまう。

「朝方とはいえ太陽は出てますからねぇ……真昼間よりかはマシなんでしょうけどやはり夜、太陽が沈んでからの方が探索しやすいっていうのはありますね」

「なるほど」

 巻がリモコンを操作する傍らで画面を見ていた厚田は大きく頷く。普段自分ではドローンを使って捜査するということが無いのでとても貴重な情報だ。しかしそんな彼らの傍らで一人首を傾げている男がいた。梶原だ。

「とはいえ人の熱は検知出来るのでもし監禁などされていた場合はその場から動かない人間を見つけ出せばいい話です。……生きていればですけどね」

 三人とも被害者が生きていて欲しいという思いがあるのは嘘偽りの無い事実なのだが鑑識からの報告であった一ノ瀬家の裏口にあった大量の血痕のことを考えるとその可能性は低い。しかしその事を口に出すのは刑事としてあまり好ましくない。

 モニターに映っている人影は何やら複数人で集まっているように見える。これだけの大事になったので井戸端会議の一つや二つ『現代の鎖国』と呼ばれるこの島にもその文化はあるようだ。

「主任、ちょっと一つ気になることが」

「どうしました?」

「このまま引きで見たいんですけど」

 梶原の申し出に疑問を持ちながらも巻はリモコンを操作し、モニターには先ほどよりも広範囲に映った。建物が所々にある範囲には複数の人影が見えるが反対にある山側には一つも光源が見当たらない。

「うーん?」

 その様子に首を傾げる梶原に巻も疑問を抱きモニターを見た。そしてしばらくすると眉を顰めた。それに気がついた厚田が声を掛ける。

「どうしたんすか二人とも」

 梶原はモニターを指しこう言った。

「あのねアッくん。今カメラが映しているのはこの島の山側の映像なんだけど本来あるはずの光源が無いんだよ。何の光源か分かる?」

 突然に質問に眉を顰めた厚田だったがしばらく考え一つ答えを口にした。

「……動物ですか?」

「そう!」

 梶原は指を鳴らし頷いた。

「基本的な山には動物がいるものでしょ?けど今この映像を見る限り一つくらいあってもおかしくない動物を示す光源が無いんだよ。いや、今回の事案とは全く関係の無いことかもしれないけどさ、ちょっと気になっちゃって」

「……いや、関係あるかもしれませんよ」

「え?」

 梶原と厚田は同時に疑問の声を上げた。

「明らかに静かすぎます。この時刻なら動物は巣穴とかに身を潜めててもおかしくはないですが鳥はどうでしょうか。一羽くらい木の枝に止まっていてもおかしくないでしょう?もしかするとどこかへ飛び立っているだけかもしれませんが明らかにこの状況はおかしいと言えます。気になりますねぇ」


「それはこの島の動物は全部食われちまったからだよ」

「なるほど……え?」

 突然の第三者の声に一度は頷いていた彼らも思わずその声がした方へ体を向けた。そこに立っていたのは一人の女性だった。見た目的に七十代くらいだろうか。

「えっとぉ……貴方は?」

 梶原の問いかけに対して特に答えることもせずチラリと三人の方を見、すぐに視線を戻した女性は口を開いた。

「この島は何年も前から外の世界からほぼ孤立した状態が続いててね。移動販売も週に数回しか来ないんだよ。だから島の人間は考えた、肉を食べる方法をね。その結果が『それ』さ」

 三人は女性が指したモニターを見た。

「この島には狩猟の文化が昔からあってね。それの延長線みたいなもんさ」

「つまり今までの狩猟に留まらず言ってしまえば無茶な狩猟を始めたことによって島から動物が居なくなったと?」

「別に全ての動物が居なくなったわけじゃないさ。今はどこかに隠れているだけで小動物とかは変わらず居るよ。あとは鳥もね。鳥は基本的に一つの場所に留まらないから外から来た鳥が姿を見せることもあるよ」

 女性は呆れたようにそう言い放った。

「……どうして教えて下さったんですか?」

「なにがだい」

「今までこの島が隠していたことをそんな簡単に教えて貰っても良かったんですか?」

 厚田が首を傾げながら言った問いに対して女性――長谷川はこう言った。

「こんな大事になってから警察の人達に隠し事をするような度胸は無いよ。どうせいつかはバレるはずだったんだからさ」



「肉食いたくね?」

「……はい?」

 前を歩いていた轟木がその言葉を言ったのは本当に突然のことだった。

 無事明領島から本土へと戻ってきた恵たちは近くで待機していた職員に明光を預けた。その際明光が恵から離れないというひと悶着があったのだが何とか引き離すと二人は自宅に戻るため駅までの道を歩いていた。そんな時に掛けられた言葉だった。

「肉。」

「いや、聞こえてましたけど……突然ですね?」

「なんか戻ってきたら急に腹減った」

「それは……そうですけど」

 実際のところ恵のお腹は今空腹を訴えている。やはり明領島から離れたからだろうか。あの島では感じなかった空腹感を感じている。あの島ではお肉が食べられなかったのも事実だがそれはたったの二日間だけのこと、そんな長期間の話ではない。

「一日に一回は肉を食べたい」

「……食事に無頓着と言っても良いような人から出た言葉とは思えませんね」

「それとこれとは話が別だよ」

「はぁ……」

 もはやツッコむことさえ疲れてしまった恵は困惑することしか出来ない。

 すると突然前を歩いていた轟木が立ち止まった。その背中につい恵はぶつかってしまった。

「わぷ」

 後ろからの衝撃に動じることもなく轟木はゆっくりと後ろを振り返った。恵は赤くなった鼻を押さえている。

「トンカツ食べたくないか?」

「トンカツですか?」

「まぁお前が食べたくないって言っても俺は食べに行くけどな」

「なんなんですかそれ……」

 呆れながらそう呟いた恵だったがしばらくしてその言葉が引っかかり進めていた歩みを止めた。僅か後ろから聞こえていた足音が消え轟木も怪訝そうな表情でチラリと恵の方を見た。そしてその顔はギョッとした表情に変わった。

「どういう感情なんだよそれは……」

 轟木が見た恵の表情はと言うと、真ん丸な目をスゥっと細めた通称『チベツナ』顔だった。一見何を考えているのか分からない表情だが轟木は何十年も刑事をやってきておりそれなりに相手の表情を見て内心を見極めることが出来る。が、彼女の表情を読み取るのには少し手こずってしまうのも事実。

「具合悪くなったんなら帰ってもいいぞ」

「……これは呆れの感情です」

「呆れ……」

 さらに目を細めながら恵は続ける。

「先輩の言うトンカツは正直なところ『おまけ』ですよね?」

「……」

「いつも昼ご飯をおはぎとかいう砂糖の塊で済まそうとする人間が一日に一回は肉を食べたいと言うのは正直言って天変地異です。しかも今回はトンカツ」

「……酷い言いようだな」

 少しだけ傷ついた顔をした轟木に対して恵は容赦なく言葉を続ける。

「ここ数年先輩とバディを組まさせて頂いて沢山のことを学びました。被害者との寄り添い方などなど……他には『上司の命令を程よくかわすこと』も」

「褒められたと思ったら貶されたんだが?」

「捜査、行くんですよね?」

 恵は勢いよく身を乗り出してそう轟木に問いかけた。その真ん丸な目はパチパチと期待にあふれているかのように瞬きを繰り返している。そんな彼女に対して逆に呆れの感情が出てきた轟木は渋々と頷きながら歩みを再開した。

「そうだよ。気になるなら黙ってついてこい」

「……はい!」

 拒絶されなかったことを素直に喜んだ恵は先ほどよりも浮足立ったような足取りで前を行く轟木の背中を追いかけた。

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