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悪魔

鑑識課のアイドル、ネコちゃん初登場です!

 一方そのころ一階では。

「……ロキさんなんか痩せました?いや、痩せたというかやつれてる?老けてるというか」

「君は出会って一言目で毒を吐くんだな、一応心配してくれてもいいんだぞ?あと一日でそんなげっそりするかよ」

 常世田を別の警察官に預けこれから少しだけ事情聴取という名の状況整理でもするかなどと轟木がそんなことを思っていると一日ぶりに顔を合わせた厚田から思いもよらない言葉を掛けられた。もちろん轟木本人は痩せたやらやつれたという自覚は無い。

「俺は至って元気だぞ」

「いーや?それはどうかな」

「ん?」

 第三者の声が聞こえ目を向けると同班の梶原がこちらを訝しみながら近づいて来た。

「お前は自覚無いかもしれないけど久々、まぁ一日だけどそれぶりに顔を合わせた俺たちからすると今のお前の顔色相当悪いぞ」

「……なんでだ?……あっ」

 ここで轟木はこの島に来た時、船の上で感じた『異様な雰囲気』を思い出した。あの肌の上を何かが這いずり上がるような感覚も同時に。ずっとこの島に居たから慣れてしまったのだろうか、あの時の感覚はどこかへと消え去っていた。

「そうだ、あの感覚……!」

 思い出した轟木は思わず目の前に居た梶原の両肩に手を勢いよく乗せた。

「わぉ」

「今この島に鑑識はいるか?」

「一緒に来たのは薩摩(さつま)さんとネコちゃんだけど……何かあったの?」

「僕鑑識呼んできますよ」

「頼む」

 厚田は頷きその場を離れた。


「こんにちはー!お呼ばれしたので来ましたっ!鑑識の猫屋敷(ねこやしき)ですっ」

 数分後厚田が連れて来たのは【自称】鑑識課のアイドル、猫屋敷桃花ももかだった。今日も今日とてアイドルスマイル全開、元気いっぱいだ。髪も顔も帽子とマスクで覆われているのはもちろんのこと全身紺色の作業着を着ているのだがなんだかそんなことお構いなしという様にキラキラして見える。ちなみに厚田は猫屋敷に対して苦手意識を持っている。

「ネコ、ルミノール試薬は持ってきているか?」

 猫屋敷だからあだ名はネコだ。本人曰く表示は猫よりも『ネコ』の方が嬉しいらしい。

「もちろんですっ!ちゃんと持ってきてますけど……なんでですか?」

「ちょっと来て欲しいところがある」

 轟木が三人を連れて来たのは祭壇のある家から少し離れた場所に位置する一ノ瀬和美の家だった。四人は玄関から入らず裏口に回った。扉を開けるとそこには前日と変わらずの光景が広がっていた。

「ん?この匂いは……ぬか漬けかな?」

「あぁ、被害者の一ノ瀬和美は日常的にぬか漬けを作っていたらしい。実際に端っこには複数のぬか床が置かれている」

 轟木は裏口の端っこに置かれているぬか床を指差した。

「あ、ホントだ。って……んん?被害者?」

「ネコ、ここら辺一帯の床にルミノール試薬を吹きかけてくれ」

「あ、分かりましたっ」

 ルミノール試薬を容器から数回吹き出した猫屋敷はやがて声を上げた。

「恐らく血液で間違いないと思います。詳しくは鑑定をしてみないと分かりませんが……」

 床には薄っすらと青白く光る血液が浮かび上がった。範囲も広い。

「轟木、被害者って一体?」

「何となく予想はついていたんだが……一ノ瀬和美は行方不明であるが、既に亡くなっていると考えた方が良さそうだ。実際これほどの大量出血だ。然るところで手当てを受けていない限り生存している可能性は極めて低いだろうな。恐らくここの血液も水か何かで洗い流されたんだろう」

 轟木は眉を顰めながら悔しそうにそう呟いた。

「被害者がどこに行ったのかも分からない状況からして捜査は難航しそうですね。この島には防犯カメラも無いでしょ?」

 厚田は轟木に問う。

「ああ、残念ながら。あとこの島はスマートフォンが普及していないから被害者の携帯電話ってなったら恐らくガラケーだぞ。お前ガラケーの解析やったことあるか?」

「うーん、あんまり。けどガラケーの解析はスマートフォンよりかは楽勝だと思うんで被害者のガラケーが見つかったら一旦解析してみようかと思います。と言っても僕のデスク環境で限界を感じたらちゃんとサイバー犯罪対策課か科捜研にパスしますけどね」

「それが最適解だな」

「個人の特定までは難しいかもしれませんが一応採取して科捜研に渡しておきますね!」

 猫屋敷は床の端に飛び散っていた血液を見つけそれを綿棒で採取すると慎重に小さな容器の中へ入れた。

「ところでなんですけど……このフロア一帯の人の出入りって結構あるんですか?あまり無くて現場保存がされているとしたらちょっと調べたいんですけど」

「え」

 今まで一言もしゃべらずにいた梶原は思わず声を出した。

「ネコちゃん一人でやるの?薩摩さんもいるし他にも何人か来てるなら応援呼んだ方が……」

「大丈夫ですよ!それに何やらあっちの方も大変そうだったんで先輩たちのお手数をおかけするようなことはしません。なので私一人で何とかしますよぉ!あんまりこっちに人手をかけられなかったし……こんな事を言うのは心苦しいんですけどね、今から三人とも邪魔になっちゃうんでここから出て行っちゃって下さい♪」

 【自称】鑑識課のアイドルはキラキラスマイルでそう言った。


「あの子絶対薩摩さんの影響受けてるよね」

「笑顔で毒吐いてましたよ」

「ああいうタイプが一番めんどくさい」

 猫屋敷によって早々と追い出された刑事三人は一ノ瀬家のすぐそばにある木の下で状況整理をしていた。ちなみに彼らの言う『薩摩』という人物は鑑識課の猫屋敷の上司にあたる男性のことである。彼はあっさりタイプの毒を吐く人間だ。

「けどあの子(ネコちゃん)は一体何を調べようとしてるのかな?出来ることは限られてくるでしょうに」

「俺が連絡した時に殺人の可能性があるって言えばもうちょっと来たのかもしれんな……けど確定の証拠が無いとやっぱ弱いよなぁ」

「まぁ他にも帳場は立ってるし必要最低限の人数しか連れてこられなかったのはしょうがないよねぇ」

「……帳場?今何か大きいやつ立ってたか?」

「あれ、ロキさん知らないんですか?今朝六本木のバーで女性の刺殺体が発見されたって事件。そっちに一課の刑事も鑑識も、なんなら科捜研も人手を割かれてるんですよ」

 厚田のその言葉に轟木は今朝の自分の行動を思い返す。パッと思いつく限りスマートフォンでニュース記事を読んだ記憶が無い。あるのは巻たちとメールのやり取りをした記憶のみだ。

「じゃあなんだ。今結構忙しい感じか」

「多忙ってほどじゃないですけど今科捜研に呑気に顔を出したら試験管の一つや二つ飛んできてもおかしくないでしょうね」

「ふーん」

 遠回しにしばらく科捜研に顔を出すのは轟木の身の安全のためにもやめておいた方が良いという助言をしたのだがそれが伝わっているのかどうか微妙な返事が返ってきたので厚田は早くも諦めた。どうせ明日には科捜研に顔を出すんだろう。轟木は科捜研を休憩所か何かだと勘違いしている節がある。

「ところでなんですけどもし仮に一ノ瀬さんがその、最悪の状態で見つかったとします。もちろん生存の可能性は捨てませんよ?そうするとドローンでの捜索ってどうなんですかね」

「……ドローン?」

 思いもよらない単語に思わず轟木は眉を顰める。

「マキさんがドローンを持ってきたんです。これなんですけどね」

 厚田は肩に掛けていたカバンを少し掲げた。

「それドローンなのかよ」

「マキさんの私物です」

「ギリアウトじゃねぇか。規則違反だぞ」

「責任はマキさんが取ります」

「ならいいか」

「いいんだ」

 本人が居ないことを良いことに好き勝手言っている二人のところにいつの間にか持ち場を離れていた梶原が戻って来た。どうやら轟木に用事があるらしい。

「轟木、ちょっといいかな?」

「ん?どうした」

 梶原に手招きをされて渋々ついて行った場所に居たのは二人の警察官に連れられた常世田だった。

「どうしました?」

「……この家のことも知っていたんですね。やっぱりベテランの刑事さんには叶わないなぁ」

 轟木の質問に対しての回答はせずに常世田はのんびりと言葉を紡ぐ。

「いつから気づいてたんですか?一番最初にこの家を訪ねたときですか?」

 目を輝かせながら問いかけてくる常世田に対してついには舌打ちが出た。それを聞いた梶原が軽く嗜めると轟木は気だるげに左手をズボンのポケットに入れ常世田からの質問には答えずもう一度問いかけた。

「ご用件は?」

「一つお聞きしたかったんです。昨夜浜辺でした会話を覚えていますか」

「ええ、しっかりと」

「轟木さんが仰った言葉が気になっているんです。あの時あなたは『月の無い夜空も素敵だと思いませんか』と仰いましたね。あの言葉の意味ってどういうことなんですか?月は明光ってことですか」

「さぁ?ご想像におまかせします」

 轟木は掴みどころの無いような笑顔を浮かべながらそう言った。

「じゃあお子さんの話は」

「……ご想像におまかせします」

 もう一度同じ言葉を言った轟木は「もう貴方と話すことなんて何も無いですよ」と言いたげな表情を続けた。しばらく見つめあっていた二人だったが常世田を連れていた一人の警官が声を掛け彼は渋々といった様子でその場を立ち去った。

 ゆっくりと立ち去っていく後ろ姿を見ながら轟木は小さく息を吐いた。

「……めんどくさい」

「何を言ったのか知らないけどさ、答えを濁すようなことをすると余計めんどくさくなるよ?」

 梶原は眉を少し下げながらアドバイスをした。隣では厚田も同意するように苦笑いをしながら頷いている。そんな二人を見て轟木は再び小さく息を吐いた後、クルリと背を向けて軽く右手を上げる。

「別に俺は彼とコミュニケーションをとろうとしたわけではない。ちょっとした罠を張ってそれに彼が引っかかっただけだよ」

「罠?」

「あぁ。俺に子供がいるっていう話をしたらちょっとは親近感を持ってくれるかもしれないって思ってわざと言ったんだ。実際常世田は今朝から態度を少しだけ変化させた。俺に対する警戒心を少しだけ解いたんだよ。あと一つ。これはさっき言った罠とは全く関係の無いことなんだが……彼はさっき『この家も知っていたんですね』と言った。しかし俺は昨夜の時点でこの家のことを知っていることを彼には伝えた。恐らく彼は今混乱している。表面上では特に平常を偽っているが内心焦ってるだろうな。……叩くなら今だぞ」

 轟木はニヤリと悪の組織もビックリな笑みを浮かべると猫屋敷が現在鑑識作業している家へと戻って行った。残された二人は暫く呆然としていたが梶原が小さく口を開いてこう言った。

「……悪魔だ」

 隣にいた厚田も同意するように大きく頷いた。

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