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曜日感覚が狂ってます。生活リズムを整えないといかん…

「轟木さん……どうして」

 常世田の口から出た言葉は半分空気が含まれておりほとんど音を発していなかった。顔色が真っ青になっている常世田を見ながら轟木が口を開く。

「実はこの場所の存在は昨日から知ってました。しかし貴方が裏の階段からではなく家の中から明光の部屋へ行く証拠が欲しかったんです。よくぞ私たちの罠に引っかかってくれました」

「わ……な」

「ええ、罠です。貴方が私たちの姿が見えないことに気づき次はどこに来るのかと考えた結果、二階の存在が知られたのではないかと思いこちらへ来ると予想しました。そして私たちの思惑通りこの隠し扉の方へやって来たということは……そういうことじゃないですかね?」

「僕を騙したんですか」

「騙した?それは……その言葉をそっくりそのままお返ししてもよろしいですか。あなたは私たちを騙したではありませんか。人好きされるような微笑みを浮かべながら私たちに無害であるというように近づいて……あっ、けど寝泊まりする場所を提供して下さったことは感謝してます。ありがとうございます。で、よくもいけしゃあしゃあと刑事に近づけましたね。人を殺したっていうのに」

「なっ……」

 動揺で一歩後ずさりをした常世田を逃がさないというように轟木は隠し扉から体をゆっくりと出した。轟木が一歩踏み出すと常世田は一歩後ずさりをする。それを数歩繰り返すと常世田の背には冷たい壁が当たった。

「お前、人を殺したことあるよな」

 轟木の口調が変わった。

「な、なにを言ってるんですか轟木さん……僕がいつ人殺しを……」

「否定、しないんだな」

「……え」

「お前は今俺がした質問に対して『いつ』って言ったな。殺人自体は否定せずに時期を聞いた。……もしかしてお前一回だけじゃないな?人を殺したの。二階の祭壇にあった人間の頭蓋骨、あれはどうやって手に入れた」

 常世田は目を見開いた。祭壇の頭蓋骨、あれは見えないように箱に入れていたはずだ。

「『なんでそんなことまで知ってるんだ』って顔だな。あいにく刑事やってて結構な年数経っててね、気になることには気のすむまで徹底的に追及する。それが俺のやり方なんだよ。頭蓋骨の話をして疑問よりも驚きが勝っているということはあの頭蓋骨が誰のものなのか知っているってことでいいな?あと、お前はどちらかという俺を警戒していたよな?まぁそれもそうか、新人と思われる女性刑事とある程度経験がありそうなベテラン刑事だったらどちらを天秤にかけるか、聞くまでもない。だがお前はそこを見余った。この隠し扉を最初に見つけたのは俺じゃない。丸中(アイツ)だ。せっかくの機会だいいことを教えてやろう。あの丸中ってやつはお前が思っている以上に厄介だぞ。洞察力も高い。恐らく今お前が隠していること全部、アイツが暴く……残念だったな」

 あと少し尋問という名の事情聴取をしようと轟木が一歩踏み出したその時、玄関の方で複数人の足音が聞こえた。タイムリミットだ。すぐそこまで出かかっていた舌打ちを飲み込みスーツの内ポケットから手錠を取り出した。

「常世田正和、監禁の罪で現行犯逮捕する」



「大丈夫かなぁ……」

 恵は腕の中に明光を抱え込んだままゆっくりと階段下を覗き込んだ。わずかに人の話し声が聞こえる。おそらく下の隠し扉を開けたところにある狭い空間で会話をしているのだろう、閉ざされた扉からは人間の話し声はわずかにしか聞こえない。ちなみに恵の心配は扉の向こうで常世田と対峙しているであろう轟木に対してではない。その轟木と対峙している常世田に対しての心配だった。

 ――詰められてたらどうしよう。

 轟木は以前と比べたら大分マシになってきたとは思うがどうしても被疑者に対して尋問まがいの事情聴取をすることがある。昔から犯人に対して被害者と同じ苦しみを味合わせようとする気があるらしく轟木とは古い付き合いの巻や梶原もあまり良くは思っていなかった。そんな時に恵が巻班に配属されて轟木のリードを持つ係になった、というか任命された。最初のころは振り回させてばかりでバディを組んで事件の捜査をするときなんかはすごく疲れていたのを覚えている。何度か元居た生活安全課に戻れないかと思ったこともあった。しかし共に行動していく中で時にはぶつかり合いながらも『バディ』としての関係を築き上げた。いつしか轟木が犯人に対して手荒な真似をすることはほとんど無くなった。これも恵の努力の結果である。とはいえその名残りが無いわけではない。彼は犯人を問いつめるときに畳みかけるような説教という名の事情聴取をすることが増えた。これに関しては恵も心当たりが無いわけではない。それは彼の『幼馴染』の存在だ。

 轟木の幼馴染が科捜研の職員として勤務している。恵も捜査の関係で何度も顔を合わせたこともあるし会話もしたことがある。とても良い人だ。専門用語についてあまり明るくない恵に対して分かりやすいように用語をかみ砕いてから説明してくれる。おかげで恵の頭にもすんなり入って来て状況の整理がしやすい。そんな優しい科捜研の彼が一変、用語をかみ砕いて説明することなく畳みかけるようにズバズバと容赦なく鑑定結果を伝える相手がいる。他でもない轟木だ。恐らくその影響で喋り方が移ってしまったのだろうと恵は推察する。結論から言うとやめて欲しい。面倒くさい。見てるこっちがヒヤヒヤする。

 話は少しズレてしまったが結論として轟木に詰められる犯人が可哀想だという事だ。一歩間違えれば脅迫罪、一発アウトなのだ。……いや元々すでにアウトというかグレーというか、結構アウトなのだが。

「……あれ?もしかして私面倒ごとを押し付けられた?」

 二年越しに新事実が発覚してしまったかもしれない。

「気づくのが遅すぎた……」

 思いもよらないタイミングで発覚した事実に少しばかりショックを受けていると不意にスーツの袖を引っ張られた。

「ん?」

 袖を引っ張られた元に視線を向けるとそこにはこちらを真ん丸な目で見つめている明光と目が合った。何やら訴えているようだ。

「どうかしたの?」

 問いかけても明光は首を傾げるだけだ。

「どうしたのー?」

 軽く腕をゆすってみるが明光の様子に変化はない。流石の恵も困り果てた。普段子供と関わる機会があまり無いのでこういう時にどうすれば良いのか全く分からない。中学生時代の職場体験で保育園に行ったことがあった。その当時の恵の将来の夢は保育士だったから。しかしいざ体験をしてみると想像以上に子供たちが生意気だった。最初に顔を合わせた時は天使のようだと思っていた子供たちが気がつくと悪魔に変貌していたのである。そして恵は心が折れた。それ以降保育士を志そうなどと思うことは無くなった。

 しかし今腕の中にいる明光は大人しく恵のトラウマを刺激するような行動を起こさない。やはり育った環境が特殊なだけにそこらへんも若干違うのかもしれない。とは言え多少の意志表示はして欲しいものだ。恵もエスパーではないので彼女の心の中を読み取ることなど出来ない。

 暫く明光の顔を覗き込んでいると不意に明光が恵のスーツに鼻を寄せた。どうやら匂いを嗅いでいるようだ。

「あんまり良い匂いはしないと思うよぉ」

 そう語りかけるが明光はずっと恵のスーツの匂いを嗅いでいる。何か特殊な匂いがするのだろうか。首を傾げているとある可能性を見つけた。もしかするとスーツに染み込んでいるチョコレートの匂いを嗅いでいるのかもしれない。この島に来てからはあまりチョコレートを口に含むことは無かったが毎日クリーニングに出すわけにはいかないスーツには常日頃食べているチョコレートの匂いが染みついていてもおかしくはない。明光は甘い匂いに反応しているのかもしれない。

 ――この子はチョコレートを食べたことがあるのだろうか。

 これは恵の勝手な想像だが恐らく無いだろう。ずっと見て来たわけではないから何とも言えないのも事実だが常世田が明光のことを『子供』ではなく『教祖』と扱っていたらの話だ。

 恵は一旦明光を床に降ろし、スーツのポケットからピンク色の包み紙にくるまれた一粒のチョコレートを取り出した。

「食べる?」

 包み紙を受け取った明光はそれを開くこともせずただ手のひらの上に乗せた状態で首を傾げている。

「これはね、こうやって開けるんだよ」

 恵はもう一つの包み紙をポケットから取り出しお手本を見せるように開くと自分の口の中へ放り込んだ。

 甘い。

 その一連の動作を見ていた明光もゆっくりではあるが包み紙を開き恐る恐るチョコレートを口に含んだ。ここで恵はストロベリー味ではなくてスタンダードな味を渡せば良かったと少し後悔した。

「どう……かな?」

 口に含んだ状態で固まっていた明光はしばらくするとゆっくりと口の中のチョコレートを転がし始めた。そのまま飲み込んで喉に詰まったりしてしまったらどうしようと少しヒヤヒヤしていた恵は一安心した。『チョコレートを食べた経験が無い』という子供と対峙するのが初めてだったこともあってチョコレートの食べ方を教えるという考えまで至らなかったのだ。明光はというと真ん丸な瞳を動かすことなくひたすらにチョコレートを転がしている。特に表情が変化することもなくチョコレートに対しての反応がよく分からない。

「おいしい……?」

 恐る恐る明光に問いかけると彼女はゆっくりではあるが首を縦に動かした。その瞬間恵は小さくガッツポーズをした。チョコレートの美味しさを布教することに成功した。

「……っしゃ」

 この時喜びを声にして出すことを忘れてはならない。

「もうちょっとここで待っていようね」

 再び明光を抱き上げ安心させるように揺れながら声を掛ける。一見元気そうに見えてもやはり抱え上げると体重の軽さが明確だ。

「……もう、だいじょうぶなの?」

 それはすごく小さな声だった。

「え?」

 声を上げた明光へと視線を向けると彼女はしっかりと恵の方を向いていた。その瞳はとても力強かった。

「もう、こわくない?」

「……うん。もう大丈夫だよ」

 恵がそう言うと彼女の真ん丸な瞳にじんわりと涙が浮かびやがて大粒の涙が頬を濡らした。もしかすると彼女は幼いながらも自分が置かれている状況に対して不信感を持っていたのかもしれない。それをジッと押し殺して今まで生きてきたのだろう。恵は胸が痛み腕の中の小さな体を優しく抱きしめた。


 ――足音が聞こえる。

 恐らく一回から続く階段からだ。誰だろう。常世田か轟木か。

 ――いや、常世田さんがここへ上がってくるにはまず轟木先輩を倒さないといけないからそれはないか……。

 腕の中でしゃっくりを上げながら泣いている明光を刺激しないように警戒しつつ物陰からゆっくりと階段の方へ体を覗かせた。そこにいたのは。

「あ、丸中さん。大丈夫ですか?」

 轟木でもなければもちろん常世田でもない。他ならない巻班の班長、巻京一郎主任だった。

「しゅにん……」

「はい主任ですよ、よく頑張りましたね」

 昨日一日見ていないだけの優しい微笑みに心底安心してずっと強張っていた肩の力が抜けた。ずっと待ち望んでいた応援が来たのだ。

「この子が明光さんですか」

 巻は恵が抱えている明光と目線の高さを合わせるようにしゃがみ込むと「はじめましてこんにちは、主任です」とあいさつをした。あいさつをされた当の本人はキョトンとした表情を向けている。

「この二階で監禁されていました……あっ、常世田さんはどうなりました?」

「私たちがこの家に突入した時にはもうすでに轟木君が現行犯で身柄を拘束していましたよ。何やら余計なことをしたような感じがしましたが……気づかぬふりをしておきましょう」

「いいんですかそれで……」

 相変わらずの投げやりに少しだけ呆れた。もし仮に訴えられたりしたらどうするつもりなのだろうか。

「轟木くんからの報告によると何やら人間の頭蓋骨のようなものが見つかったとか」

「あっ、そうです!と言っても私も実物を直接見た訳ではないんでよく分からないんですけどそこの祭壇に置かれている箱の中にあったそうです」

「箱……」

 巻はゆっくりと祭壇へ近づきその上に置かれている白い木箱を手に取った。

「重さは……言うてそれほどですね。祭壇に置かれているとしては安物のように見えますし、どれどれ……」

 巻は手元の木箱の蓋を慎重に開け恐る恐る覗き込んだ。そして箱の中から視線を移し恵の姿を捉えた。

「どうしました?」

「……祭壇は神聖なものだと思っていたのですがどうやら違ったようです」

「どういうことですか?」

 恵は腕の中の明光が箱の中の頭蓋骨を見ることが無いように顔をスーツに埋めさせ箱の中を覗き込んだ。中には小さめの頭蓋骨『だけ』が入っていた。

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