語る
気がつくと全体の半分を過ぎました。あっという間に完結まで行きそうです。Σ(・ω・ノ)ノ!
――海の向こうに船が見える。
恐らくこの島にいる刑事二人が呼んだ応援だろう。あの二人は行方不明になった一ノ瀬和美が海へ自ら入り自死したと思い込んでいる。そう思わせるために僕がわざわざ彼女が履いていた靴を浜辺まで持ったことなど知らずに。そしてそんな二人が行方不明者の捜索をしようとするなら何かと理由をつけてそれを阻止した。今だってこちらへ向かって来ているヘリは島の周囲の海を捜索し人影が無いかをくまなく調べるだろう。しかし手がかりが無ければ行方不明者は死亡認定され捜査は打ち切り、やがてこの島にはかつての生活が戻ってくる。他の島の住人は彼女が行方不明になったとは思わない。皆が皆口を揃えてこう言うのだ「明領様に逆らった罰が下ったんだ」「明領様に連れて行かれた」と。
数十年前、まだ世間のことを知らず周りの大人の顔色を伺いながら生きていた小学生だった自分からすればその時はまだ『明領様』という存在はただの言い伝えに過ぎなかった。「昔、明領様という神様が大きな災害からこの島を守ってくれた。その恩を後世に語り継ぐために島の名前を明領島と名付けた」その話を教えてくれたのは親だったか近所のおじさんだったか思い出せないほど島の大人たちが口を揃えていた。当時の僕からしたらそれが常識だった。そして年月は経ち僕は自分の考えを強く持てるようになった。それと同時にある考えが浮かんだのだ。
――明領様は金になるかもしれない。
このころから島は閉鎖的になっていった。その影響で島の高齢化は進みいつしか小中学校は合併、高校は閉校となった。やがて明領島には義務教育を終えた者は高校へ進学する為に島の外へ出て学習し、それを終えるとまた島に戻って来るという常識が芽生えた。つまり一度島に戻って来た大人たちは積極的に島の外へ行くことは無くなったのだ。
そんな中僕はなんとかして金儲けをしようと方法を考えた。しばらくして島に来訪者が現れた。島の外からの来客、そのころにはもう珍しいという部類の出来事だった。彼女の名前は『珠江』と言った。占い師をしているらしい。どうやってこの島のことを知ったのかと聞いた際に彼女は「この島には神聖な力が宿っている」と言った。質問の答えになっているかどうかと言えば全くなっていない。しかし僕はこれをチャンスと捉えた。いいおもちゃがやって来た。いい金儲けの道具がやって来たと。
僕は彼女に近づいた。彼女はこの島のことを「居心地の良い素敵な島」だと言った。今思うとお互いが特に何も言わずに同棲のようなことをしていたという何とも不思議な関係だった。この関係を世間では『交際』と言っているのだろうか。彼女は自分が僕の手のひらで転がされていることなどつゆ知らず全てをさらけ出してくれた。もしかすると一瞬だけ彼女の笑顔に惹かれたときがあったのかもしれない。記憶にはないが。結局彼女は一度島に来てからというもの帰る素振りを見せることが無かった。今思い返すと彼女は明領島で教祖として居座りたかったのかもしれない。そうでなければただの占い師がただの離島にやって来るはずがない。彼女もお金目当てだったのだ。ならやる事は一つ。彼女自身が金儲けの道具になってもらうことだった。
やがて彼女は子を身ごもった。
――この子はきっと明領様の加護を受けているわ、それくらい特別な子なの。
そう言って少し膨らんだお腹を撫でていた横顔を今でも覚えている。私はそんな彼女の言葉に黙って頷いた。
生まれた子の名前は『明光』と名付けた。明領様の明に光と書いて『めいこう』。名付け親は珠江だった。そんな彼女に僕は言った。
――神様なら……ずっと守っておかなきゃいけないね。世間にも見つかることなく、僕たちで。
そんな僕の言葉に彼女は一瞬だけキョトンとした表情を向けた。しかしすぐに笑顔を浮かべてこう言った。
――そうね。明領様の加護を受けている、もしかすると明領様がこの子に宿っているのかもしれないわ。だってそうでなきゃ私が明光なんて素敵な名前を思いつくはずがないもの。
このときにはすでに彼女の思考は明領島に染まっていた。
そして明光は明領島の教祖となった。島の住民は何一つ疑うこともなく明光を崇めた。生まれて間もない赤ん坊を崇め倒す大人たちは滑稽だった。
その一年後、僕は珠江を殺した。
理由は簡単、用済みになったからだ。殺すことに対しての躊躇は特になかった。初めてのことではなかったから。島の住民には『明領様の力に耐え切れず消滅してしまった。しかし彼女はこの島を見守ってくれている。明領様と共に」と言った。すると住民は案外すんなりと受け入れてくれた。このころの島には明領様と言えば何とかなる、という考えが広まっていた。
それから数年が経過し島の一人の女性が島の外へ出ることになった。名前は一ノ瀬由香。母親が元々明領島出身でまだ島がそこまで閉鎖的ではなかった頃に島の外で結婚してその相手との間に生まれた子だった。が、父親の浮気が原因で離婚、体調を崩した母親の為に実家のある島へとやって来た子だった。どうやら母親を安心させる為に大学に通いたいらしい。島には彼女と同年代の人間はいなかった。居心地が悪かったのか島の外の快適さに慣れてしまったのか理由は分からない。島に出るか出ないかでひと悶着あったのだが結局彼女は島から出て行くことになった。
本格的に島から出る際には儀式が必要になる。自分の毛髪と爪を少量採り瓶に入れて祭壇に捧げる。これはもし明領様のことが島の外にバレてしまった場合、原因が自分にあるのならその責任を取ります。という意味の捧げものである。その人間が明領島の人間であるということの証明にもなる。旅立ちの儀式を終えた彼女は島を出て行った。もう戻ってくることはないだろう、島の誰もがそう思った。
数年後、その彼女が殺害されたという話を聞いた。彼女の母親がそう言っていたのだ。特に警察が島にやってきたりということはなかったがしばらくして思いもよらない事が起こった。殺害された彼女の遺品を遺族に返却したいという警察の要望が届いたのだ。彼女の家族がいるのは明領島、遺品を返却することに関して何も疑問は無かった。しかし問題だったのは島の外の人間が明領島に上陸するということだった。週に数回船でやってくる移動販売とは話が違う。もし警察が来て明光の存在、そして僕が過去に犯した罪がバレてしまったらどうしよう。少しばかり焦ってしまった。そこで僕は村役場の職員にお願いして警察が返却しようとしている遺品というものはどのようなものなのかを何となく不自然に思われないようにこっそりと聞いた。どうやらポーチらしい。そこまでは良かった、問題は柄だった。なんとそのポーチにはウサギのキャラクターがプリントされていたという。
明領島には遠い存在である明領様を身近に感じられるようにと各家庭に『明領様』をイメージした置物を置かくという習慣がある。僕は以前一ノ瀬家の玄関にウサギのぬいぐるみが置かれているのを見たことがあった。
――一ノ瀬家は島を裏切った。
それが真っ先に思い浮かんだ言葉だった。裏切者には罰を下さなければならない。明領様もそう思っているはずだ。
噂は瞬く間に広がった。そして一ノ瀬和美を島内で孤立させようとする動きもあったのも事実。このまま放っておけば一ノ瀬和美は自死を選ぶのではないか、とまで思っていたが警察が来る前に彼女をなんとかしなければ今の島現状はもちろんのこと彼女が警察に島の詳細を話してしまう可能性さえもあった。それだけはなんとか阻止しなければならない。だから僕は自ら手を下したのだ。彼女の遺体を万が一行方を調べられたとしても決して見つけることは出来ないであろう場所へ隠した。証拠隠滅だ。これで明光の存在さえバレなければこちらの勝利と言ってもいいだろう。……そう、思っていた。
どうして隠し扉が開いているのだろう。
役場から出て海の向こうに三隻の船の姿を確認した常世田は急ぎ足で先に家へと戻った刑事二人に迎えが来たことを伝えようとした。やっと邪魔者が消える、そう思って心が向上していたのも事実。玄関の引き戸を気持ちが悟られないように落ち着いて開けた。すると人の気配がない。
「轟木さーん?丸中さーん?」
刑事たちの名前を呼び掛けるが返事が返ってくる気配もない。確かにあの二人はここへ戻ったはず。常世田は訝しみながらも歩みを進めた。まず二人が寝泊まりをしている部屋の襖を一言声を掛け開けた。しかしそこには姿はない。奥の部屋も同様だ。布団も綺麗に畳まれておりもうこの部屋には来ることがないかのようだ。船を迎えに浜辺まで移動したのか、とも思ったがそれなら常世田がここに来るまでにすれ違っているはずだ。一体彼ら
はどこに行ったのだろう。
――まさか。
常世田は内心焦りながら隠し扉のある廊下へと足を運んだ。
「……は」
肺の中に入っていた空気が抜けた音がした。隠し扉が開いている。確かに朝明光の部屋に行ったときは裏から入ったのでここが開いているとしたら昨日からだ。しかしそんなへまはしない。一体どうして。最悪事態を想定しながら慎重に隠し扉の中へと入ろうとするとその奥から一つの影がぬるりと揺れた。思わず肩をすくめ恐る恐る顔を上げた。
「こんにちは、常世田さん」
そこには邪魔者の一人、轟木が微笑みながら立っていた。




