時間との勝負
実は轟木と梶原は元バディです。…あれ、どっかで書いたっけ??
「どうします?追い返されたら」
「それはもう土下座して入れてもらうしかないよね」
厚田と梶原は船に乗り波に揺られながらそんな呑気な会話をしていた。
同班の丸中と轟木が昨夜の大雨で明領島に取り残された。しかもその島には何やら訳アリのものがあるらしい。轟木からの情報である程度島の状況を把握出来ているがやはり実際に見てみないとよく分からないのも事実。現代の鎖国と呼ばれる程だ、何かはあるだろう。そんな島にあの二人は訳があって上陸した。もしかすると後から来た自分たちは余計に招かれざる者なのではないか、そうなると島に上陸する前に追い出されるかもしれない。一見薄情に見える考えだが島の人間側からすると違和感のない扱いになるだろう。もし仮に自分が明領島の住民だったとすると急に現れた刑事とその後にやって来た刑事……うん、確実に追い返す。
「けど実際行方不明になられている人もいるんでしょ?だったら僕たちが島に上陸する正当な理由があると思いますよ」
「そうだねアッくん、だけどね正当な理由があっても追い出されるかもしれないから俺は焦ってるんだ」
梶原が恐れているのは明領島に自分たちの常識が通用するかどうか、という点だ。外の世界との交流を遮断している場所に共通することは島の人間たちだけでルールが決められているということもある。もしかすると日本国憲法が通用しないなんてこともあるかもしれない。実際この世の中には『犬鳴村伝説』というものがある。しかしそれは都市伝説、言ってしまえば全くのデマである。実際に斧を持った人間が襲ってくるところを想像しただけで足元が竦んでしまう、もし遭遇してしまったら申し訳ないけど発砲させてもらう。まぁ銃の携帯はしてないんだけどね、ははは。
「ところで大丈夫なんですかね、マキさんに任せて」
「本人がやるって聞かないんだから仕方ないでしょうよ」
二人は揃って船の操縦室へと目を向ける。今二人が乗っている十二メートル級の警察用船舶を操縦しているのは班の班長で主任の巻だ。どうやら少し前に取得したが中々使いどころがなかった免許が役に立つときがやってきたからなのか随分と張り切っていた。それはもう止める間もなく。
梶原は一つため息をつくと厚田が右肩に掛けている中ぐらいの黒いカバンに目を向けた。
「アッくんそれ何?」
その問いに厚田は小さく息を吐くと仕方のないという様に眉を下げながらこう言った。
「……ドローンです」
「ドローン?なんでまたそんな物を」
「マキさんから持っておくようにお願いされたんです。あの人どうやら最近ドローンの資格を取ったらしくてこのドローンを使って行方不明者を探す気満々ですよ」
「マジか」
最近何やらコソコソとしていたのは知っているがまた新しい資格を取得したことに軽くめまいを覚えた、いつの間に取得してたんだ。最近の主任は暇さえあれば何かの資格や免許を取ろうとしている。余暇でも過ごすのかと思っていたが捜査のためだったようだ。
「ちなみに次は乗馬ライセンスを取りたいらしいっす」
「馬に乗って犯人追いかけるの?騎馬警官にでもなるの?」
もはや驚きを通り越して呆れてしまった梶原は操縦席の様子でも見ようと体の向きを変えた。口では様々な文句を言っているが実際主任の操縦は上手い。ほとんど波が無いという点もあるのだろうがとても安定している。
「まさかあの人こんなこともあるかもしれないって思って船の資格を取ったんじゃないよな……さすがに違うよね?」
「僕に聞かないで下さいよ、僕自身あの人が何考えてるか分かんないんですから」
「うん、俺も。何十年の付き合いなんだけど本当に分からないの」
考えることを放棄した二人は視界に広がる海原を眺めた。普通に生活していて辺り一面に広がる大海原を見ることはあまりなくどことなく別世界に来たような気がする。と、ここで梶原のスーツの内ポケットに入っていた携帯が小さく振動した。
「ん?」
その振動が伝えたのは新着メールの受け取りだった。差出人は轟木研一、本文はたった一文だった。
『なんとか時間稼ぎするから早く来い』
「……切羽詰まってんなぁ」
眉を顰めながらも口元には僅かな笑みが浮かべられていることに厚田は気づいた。
『時間稼ぎ』という言葉がつづられているところから見ると恐らくすでにある程度のことは解決しているのだろう。答えは見つけているけどその後の処理に困っている、つまりは応援待ちだということだ。しかし梶原は知っている。文面では切羽詰まっているように見えるが実際は『こっちは何とかするから安全運転で来い』という意味だろう。これも全て長年の付き合いの結果だ。
「不器用な男だこと」
梶原は一つため息をつくとゆったりとした足取りで船の操縦室へと向かった。ドアの開閉音に気がついたのか巻が目線だけチラリと彼の方へ向けた。
「主任」
「はい」
「急ぎ目の安全運転でよろしく、だそうです」
突然の注文に巻は数回目をぱちくりさせた後、全てを理解したような笑みを浮かべて前を見据えた。
「やっぱり肥料となると人糞ですか?」
「昔はそうだったんですけどね。最近は堆肥とか海由来の肥料が主流ですね」
洞窟から出てもなお常世田に質問攻めしている恵に対して轟木はため息をついた。最初は話を聞きながら頷いていたはずだが気がつくと彼女の手元には手帳がある。形からして『本気』なので本当に将来農家になりたいという気持ちが少しあるのではないか?と訝しんでしまう。ついつい目を細めてしまうのは先輩ということで免じて欲しい。
「海由来となると……やはり海藻ですか?」
「海藻にはミネラルを始めとする多くの栄養素が含まれていますからね」
「しかし畑の食物に対して海の塩というのは害にはならないのですか?」
「塩抜きをしてます。海水を洗浄して乾燥、その後に刻むんです。すると立派な堆肥になります」
「はぁー……勉強になりますねぇ。『土壌医検定』の勉強になりますぅ」
今まで黙っていた轟木が鼻にかかったような声でそう言った。
――嘘ついた。
恵はそう思った。鼻にかかるような声を轟木が発した場合、ほとんど、いや百パーセントの確率で嘘をついている。この男は嘘をつくのが下手である。……ここで「それは刑事としてはどうなんだ、少なからず支障が出るのではないか」などと考えるのは野暮だ。
「へぇ、警察の方もそういう資格とか取得されるんですね」
……バレてない。少しは疑問を持って欲しい、常世田に対して恵はそう思った。
「うちの主任も色んな資格を取得しようとしてるんですよね。しかも王道からマイナーなものまで。先輩なんて最近ご当地資格みたいなものにも興味を持ち始めて。農業に興味を持っている私が言うのもなんですけどこの人は一体どこを目指しているのかと時々不安になっちゃうことも事実です」
自分で言うのもなんだがとても良いパスなのではないかと思う。そう、自画自賛だ。
「……『信長の台所歴史検定』っていうものがあるんですけどぉ、すごく気になってるんですよねぇ。名前とかカッコイイじゃないですかぁ」
恵の完璧なパスを一瞬で無駄にされた。
しばらく歩いていると「では私は役場に用事があるのでここで失礼します」と常世田が二人から離れた。そんな彼にしっかりとお礼を言った恵たちはそのまま浜辺の方へと歩き出した。
「で、本当に受けるんですか?えっと……土壌医検定でしたっけ」
「受ける訳ないだろう。嘘だよ嘘」
「ですよね。じゃあ信長の台所歴史検定は?こっちに関してはよく名称を知ってましたね」
「それに関しては何かの広告で見た気がする。頭に浮かんできた。多分結構カッコイイ名前だったから印象に残ってたんだろうな」
「そんなもんなんですかぁ?」
隣の轟木を訝しみながら恵は目の前に広がる海に顔を向けた。
水平線の向こうに白い船が三隻ほど見える。
「先輩!あれ……」
恵が指した方へと目を向けた轟木は目を細めながら水平線の向こうを見た。白い船の上には一台のヘリコプターが見える。
「……応援だ」
轟木は自身の左手首についている腕時計を見た。出航の電話から三十分程度しか経っていない。予想よりも遥かに早い到着だ。
「行くぞ丸中」
「え、ここで待っとくんじゃないんですか?」
「ここに船が着岸するのを待つよりかは自分たちが出来ることをした方が良い。と、いう訳で行くぞ」
「えっ……ちょっと待って下さいよ!」
轟木が向かった先はやはり寝泊まりした家でまさに明光が二階にいる建物だった。
「今常世田は役場に行っている。アイツが戻って来る前に明光を保護、応援の到着を待つ」
「応援が到着する前に常世田さんが戻ってきたらどうするんですか?」
恵の問いに轟木は斜め上に視線を向けた。数秒、そのまま何かを考えているような何も考えていないような表情をした後恵の方へ向き直り笑顔で頷くと無言で走り出した。
そんな彼に恵は目を細めながら舌打ちをした。この脳筋刑事め。出会った頃と変わっていないというところを喜んで良いものかどうなのか。
今までは慎重に開けていた廊下の隠し扉をこれでもかというほど容赦なく開け小箱の中から鍵を見つけると扉を開けずんずんと階段を上がっていく。そんな轟木の姿を後ろから眺めて本日何回目は分からないため息をついた。
恵が二階に上がるのは初めてだった。
木製の階段を上がると三つの扉が見えた。轟木が昨日言っていたことを思い返す。右側のドアノブが付いている扉の先はトイレ、そして正面と左側にある襖の内の一つ、正面の襖は……祭壇のある部屋へと繋がっている。
先に前を進んでいる轟木は先ほど扉を勢いよく開けた威勢はどこへやら今度は襖をゆっくり、それはそれはゆっくり開けた。最初の扉を勢いよく開けた時点でその気遣いはほぼ意味を成していないことには気づいていないようだ。轟木がゆっくりと恵がいる後ろを振り返り小さく頷いた。恐らく部屋の中に入ってきてもいいという合図だろう。恵は先ほどの轟木に習い足音を殺しながら襖をくぐる。
そこにはいたのは白い着物を身に着け右手に『たんぽぽを持ったはにわ』を握りしめている推定五~六歳の少女だった。
「……この子が明光」
少女は恵の方を見、首を傾げている。何一つ曇りなどない純粋そのものの目を向けながら。
恵は一言挨拶をした。
「こんにちは」
すると彼女は不思議そうな表情から一変し恵に対して満面の笑みを向けた。
「へへっ」
「……人見知りしないんですね、珍しい」
「人見知りするかしないか以前に恐らく人見知りという『概念』が無いのかもしれんな」
「なるほど」
現に明光は轟木に抱えられても嫌がるような素振りは見せず楽しそうに声を上げている。昨日初めて会ったとは思えないほどにはすごく懐かれているように見える。恵は轟木の人見知りに対する概念が無いかもれないという仮定に対して妙に納得しながら彼女の右手に握られているはにわを見た。
「これってさっき先輩が言っていたキーホルダーですよね。今この子が持っているということは朝常世田さんに見せたっていう訳ではなさそうですね」
轟木はこう言った。『彼女があのキーホルダーを常世田に見せたりしたら警察は今回の事案を監禁とは認めない』『変わりに虐待として扱う』と。つまり彼女はこの部屋から出ることを拒んでいないということだ。
「今すぐにこの子をここから連れ出しますか?」
「うーん、そうだなぁ」
腕の中にいる明光にネクタイを弄ばれながら轟木は考えを巡らせるように視線を斜め上に向けた。
「いくら応援の船の姿が見えたとはいえここに辿り着くのには時間がかかるだろうな。よし、決めた。お前に時間稼ぎを任せる」
「……はい?」
轟木は腕に抱えていた明光をゆっくりと恵に渡し一階へと繋がる階段を降りて行った。
「……え?」
恵は腕の中の少女に目を向けた。
「ふふふっ」
腕の中で楽しそうな声を上げる彼女と階段を颯爽と降りて行った轟木を交互に見ながらしばらく恵はその場から一歩も動けなかった。




