7. 赤いリボン
宿に戻ると、サミアンは器用にリュックから前足を抜いて、口で上手に留め具を外した。
(使いこなしてる……)
ただの犬にしか見えないが、やはり獣人なんだなと感じる。
サミアンは、リュックからさっき買ったばかりの赤くて細いリボンを口に咥え、クリスの前にやってきた。
「なんだ? 首に巻いてほしいのか?」
「ちがいまちゅ。これはクリチュたまにプレデントでちゅ」
「えっ? おれに?」
なけなしの銅貨1枚を、クリスのために使ったと知り、クリスは、サミアンの頭を撫でた。
「いい子だな、サミアンは。だがそれは、おまえが自分の財布で初めて買ったものだろう? おれには似合わないし……」
クリスがそう言うと、手の甲の痣が、少し光って大きくなった。
「あれ? また大きくなった。なんか、質感まで肉球みたいになってきたぞ」
「プニプニでちゅね」
「他人事みたいに言うな!」
「クリチュたま。おとこのひとでも、髪紐のかわりにリボンちゅけてるひといまちゅ」
「まあ、そうなんだけど……」
男に見えるよう、クリスはこれまで華やかなものを避けてきた。今もサイドに垂らした髪を素っ気ない黒い紐で結んでいる。
「お店でみつけたとき、クリチュたまに、にあうとおもいまちた」
そういってサミアンは、クリスの手に顔をこすりつけ、手を開くように促した。
クリスは手のひらに置かれた赤いリボンを見つめる。
サミアンのヨダレは見なかったことにして……
「おれに、似合うかな?」
「はい、つけてみてくだたい」
クリスは髪の結び目に、リボンを巻いて、きれいな蝶結びをつくった。
「クリチュたま! かわいいでちゅ!」
目をキラキラさせて見つめるサミアンの視線が眩しい。
クリスは立ち上がると、宿に備え付けの鏡の前に立った。
そこには、少し恥ずかしそうに頬を赤くした自分がいた。
赤いリボンは、クリスの目にも自身の茶色の髪に似合っているように映る。
「変じゃないかな?」
「はいっ! とってもにあってまちゅ。とれに、タミアンのリュックと、おとろいでちゅ!」
「おそろい…… そうだな。おそろいだ」
もし一人だったらこのリボンを外していたかもしれない。だけどサミアンとお揃いなら、それもいいかなと思えた。
なにより、サミアンが嬉しそうだ。
「ありがとう。サミアン」
そう言って微笑むと、クリスの手の甲が、また少し光を帯びた。
「えっ? なんで? 小さくなったんだけど」
サミアンも覗き込む。先ほどまでのフンワリした空気が一転する。
「タミアンのリボンをつけたらちいたくなりまちた。クリチュたまがリボンをいっぱいつけたら治るかもちれまてん」
(それはないだろ、それにどこにつけるんだよ)
それにしても不思議だ。
大きくなるばかりだと思ったが、小さくなることもあるらしい。
このまま小さくなるといいのだが、痣をつけた本人がこんな感じだ。期待はできない。
やはり、トルクトスで調べるより他にないだろう。
だが、まだ路銀が心許ない。
途中、峠を越えるので、防寒具も用意する必要もあるだろう。
「明日から、Cランク魔獣と遭遇しやすい西の森に狩場を変えるか」
「ちゅよい魔獣でちゅか?」
「ああ、あの森にはゲイルシュライクがいるらしい」
「ゲイルチュライク?」
「ああ、通称『ゲイル』と呼ばれる小さな鳥型の魔獣だが、気が荒くて動きが速い。風魔法まで使う厄介な奴だ。農業被害も多く、駆除できる者も少ないから報償金も高いし、装飾品として羽も売れる」
ここ数日の狩りで、サミアンの動きが想像以上に速いことがわかった。もし攻撃を受けても、サミアンなら避けられるだろう。
そしてクリスとも相性がいい。 短剣と弓だけのソロ冒険者だったクリスがBランクになれたのは、この鳥を狩れる数少ない弓の使い手だったからだ。素早い動きを捉える目と、それを射貫く弓の腕、その両方がなければ狩るのは難しい。
それにアイテムボックスを持たないソロ冒険者は、大きな魔物は狩っても運べないが、ゲイルシュライクならば、大量に持ち帰れるのだ。
「タミアンにもちゅかまえられまちゅか?」
「どうかな? 下に降りてきたら、避けるのに精一杯かもしれないが、チャンスがあれば捕獲できるかもな」
「タミアンがんばりまちゅ」
「ああ、明日に備えて今日は早めに休もう」




