56.ビスカルディーニの狼
ポチャン
用水路のほとりで、ノインは水面に写る自分に石を投げつけた。
額の痣は、ノインが心の中でガイン達に文句を言うほど大きくなる。
今はプクッと膨らんで、本物の肉球が額についているみたいになっていた。
「なんだよこれ。何が祝福だよ。呪いの間違いじゃないのか?」
ノインは膝を抱えて顔を埋める。
「おれは間違ってない。狼の誇りを失ってまで、町に順応したくない。このまま、山でも入って一人で生きてやる!」
そう考えたところで、また額が熱くなるのを感じた。それがノインの幸せなのかと問うように……
「おれにどうしろって言うんだよ」
その時、遠くからものすごい勢いで走ってくる白い塊を発見した。
「あ、あいつ……」
「みちゅけまちた!! おかあたまっ!」
サミアンの後ろからは、クリスが走ってくる。
そしてクリスは、やたらと疲れていた。
「ゼェ、ゼェ、世話、かけさせ、んな。クソガキ」
「う、うるせぇ! 何しにきたんだよ、このクソババア」
「誰がクソババアだ! って、おまえ。クッ、ブハッ」
クリスはノインの額を見て、腹を抱えて笑いだした。
「笑うなクソババア!!」
クリスは笑いながらグローブをはずし、自分の手の甲をノインに見せた。
「あっ」
「お揃いだな」
クリスの手には、自分と同じ肉球型の痣があった。
だけど、ノインのそれと違い、小さいままだ。
「これ、小さくなるのか?」
「ああ」
「どうやって?」
ノインがそう尋ねるが、クリスは少し首をかしげて考え込んだ。
「なあ、この後どうするつもりだ?」
クリスは、ノインの質問には答えず、逆に質問で返した。
「おれは山で一人で暮らすって決めたんだ」
「そうか、山は怖いぞ、時々Aランク魔獣とかに遭遇するしな」
ノインは、少し怖くなった。遭遇したことはないが、今の自分では、丸飲みにされてしまうだろう。
「こ、怖くないさ。おれはビスカルディーニ家の狼だぜ」
「ふーん。そのビスカルディーニの狼ってのは、白狼を守るのが仕事じゃないのか?」
ノインは、ハッとしてサミアンを見た。ビスカルディーニ家の狼は白狼を守るのが仕事だと、母から聞いていた。父はそれで、旅に出たのだと聞いている。
ガインもきっとそうなのだろう。
山にこもっていては、白狼を探せない。ガインだって好きで「犬」と名乗っているわけではないのだ……
それに引き換え自分はどうだ。
白狼のサミアンを置いて逃げようとしていた……
「ごめんなさい」
ノインがそう言うと、額が熱くなった。だけど今までと違い、痣が小さくなるのを感じる。
ノインは、確認するように額に触れた。さっきまでの膨らみはなくなり、平らになっている。
「それはガインに言ってくれ。ほら、さっさと帰るぞガキども」
クリスは、そう言うとさっさと一人で行ってしまう。
サミアンも、その後を追いかけて行ってしまった……
少しずつ、二人との距離が離れていく。ノインは、急激に一人になる不安に襲われた。
「ま、まって」
ノインの言葉にクリスとサミアンが振り向く。
「早く行くぞ、ノイン」
「はやくでちゅ、ノイン」
ノインは、慌てて二人の後を追った。
自分の名を呼んでくれるこの二人と離れたくないと思った。
宿に戻ると、ガインは部屋で待っていた。
「父上、ごめんなさい」
ガインは何も言わずにノインを見つめる……
ガインにひどいことを言って、みんなに迷惑もかけた。
ノインはこれから言われる言葉を覚悟して、ギュと目をつぶって俯いた。
「無事に戻ったならそれでいい」
「え? それだけ?」
「ああ」
クリスを見ると、ただ肩をすくめて、片側の口角をあげた。
ガインはノインではなく、クリスに向けて口を開いた。
「クリス、世話をかけた。ノイン一人では、帰りにくかったかもしれない」
「おれは、おれのしたいようにしただけだから」
「ああ、それでも助かった」
「そ、そうか」
その様子を大人しく眺めていたサミアンは、ここぞとばかりに、口を開いた。
「『なかよちかぢょく』でちゅね!」
(思い出させんなっ!!)




