5. 肉球は変化する
リトナで活動を始めて10日ほどが過ぎた。
クリスは首からペンダントを外すと、大切そうに脱いだ服の上に置いた。それから胸を潰すために巻いていた布を外して、いつものように体を拭く。
ふと気がつくとサミアンが口を開けてアホ面をしながら眺めていた。
「どうしていつも見てるんだ? おれが女だって知ってるだろ?」
「おかあたまとちがいまちゅ。おかあたまは、もっとおむねがおおきかったでちゅ!」
「………」
(コイツの純粋さが憎いっ)
子供は時に残酷だ。男になりすますには、都合がいいと思っていたはずなのに、少しだけカチンときた。
「いいか、これは個人差というやつだ。おれは茶色の髪に、瞳はヘイゼル。お前の母親とは違うだろ?」
「おかあたまは、白い髪で、青いおめめでちた」
「そう。一人一人個人差があるんだ。それに胸は小さいほうが男っぽくみえるだろ? おれはこれでいいんだよ! って、あれ?」
クリスが叫んだ途端、クリスの右手の甲が光った。
「なにこれ? ちょっと大きくなったんだけど……」
以前サミアンにつけられた肉球型の痣が、少しだけ大きくなり、平らだった皮膚がふっくりと膨らんでいる。
「えっ? これ大きくなるの?」
サミアンに尋ねるが、相変わらずアホ面をコテッと傾けるだけで埒が明かない。
ツンツンとつついてみるが、それ以上の変化はなかった。
「こうなったら早くお金貯めてトルクトスに行かないと」
「トルクトチュに行ったらわかるんでちゅか?」
「……たぶんな」
トルクトスは200年前まで、獣人のみが暮らす土地だった。農業には適さないと長年放置されていたのだが、鉱物資源に目を付けた人間により侵略されたのだ。
現在は人間の王が治める国となっているが、今でも多くの獣人が暮らしている。
「明日は、何を狩ろうか? 今日のゴブリン退治は、あまり乗り気じゃなかっただろ?」
「ゴブリンはきらいでちゅ」
鼻が利くサミアンに、臭いの強い魔獣は相性が悪いらしい。
出会った頃のサミアンは、ゴブリン並みに異臭を放っていた。そのせいで、自慢の鼻も利かなくなっていたようだ。だいぶ回復してきたのだろう。
「あちたは、アリアたんからもらった、ほうちゅうをちゅかいたいでちゅ」
「ん? 報酬? そう言えば、買い物してなかったな。矢の補充もしたいし、明日は買い物に行くか」
「あちたは、おかいものでちゅか?」
床に伏せていたサミアンは、立ち上がり、尻尾をブンブン振っている。
「ああ、たまには休養も必要だ。ほら、こっちこい。お前も拭いてやる」
そう言うと、サミアンは恥ずかしそうにモジモジしながらクリスの足元にやって来た。
まだ人に甘えることには、慣れないようだ。
(だがモジモジが可愛いから、あえて甘やかす!)
お湯で湿らせた手拭いで、顔や足を拭くと、元の白さを取り戻す。仕上げにブラッシングをすると、毛が空気をたっぷり含み、フワフワのモコモコになった。
「顔、突っ込んでいいか?」
「クリチュたま? なにを?」
クリスはフワフワになったサミアンを顔の高さまで持ち上げると、おもむろに顔を押し付けた。
「ク、クリチュたま! くちゅぐったいでちゅ!」
短い脚をパタパタ動かすが、クリスは動じない。
「ああ、枕にしたい。いい夢みれそう」
「はなちてくだたい!」
サミアンは、クリスの頭に前足をかけ、なんとか脱出する。
「クリチュたま! タミアンは枕ではありまてん! タミアンは、床でねまちゅ!」
クリスの悪ふざけに腹を立てたサミアンは、トコトコと部屋の隅へと歩いて行き、伏せて丸くなった。
「ごめんよサミアン。もうしないよ」
クリスにもモフモフの誘惑に負けた自覚はある。ちょっと調子にのりすぎたようだ。
「床、冷たいだろ? もうしないからこっちおいで」
サミアンは、片目だけ開いてクリスをチラ見しただけで、また目を閉じてしまった。
本格的に拗ねてしまったようだ。
でも、こうやって感情を表に出せるのはいいことだ。
思えば出会った頃のサミアンは、すぐに「ごめんなさい」「わかりました」と口にしていた。
時々変なプライドが顔を出すだけに、そのギャップがずっと気になっていた。
少しは心を開いてくれているんだろうか?
「おれももう寝るけど、寒くなったら、こっちに来るんだぞ」
サミアンに声をかけ、ランプに手を伸ばす。
「おやすみ、サミアン」
「……」
翌朝、サミアンはクリスにぴったりくっついて、気持ち良さそうに寝息を立てていた。




