42.まいりましょう
「クリスはまだか?」
レオルドは机を指でトントン叩きながらそう言った。
「おとうたま、おかあたまが来まてん」
サミアンは、レオルドの腕の中でそう言った。
ガインは、ソファーに座り、ただ目を閉じていた。
「クリスは必ず戻ってくる」そう信じているが、レオルドとサミアンの焦りが伝わり、クリスを探しに腰を上げてしまいそうな自分を叱咤していた。
その時、外から悲鳴が聞こえ、その後ガヤガヤとした喧騒が聞こえてきた。
「なんだ? 何かあったのか?」
3人は、窓辺に移動し、窓の外を眺めた。そして、遠くの屋根に数人の人影を見つける。
「あちゃー、あいつら街中で戦闘始めやがった」
少し観察していると、フードを被った数人が、一人を追いかけているように見える。
「クリス……」
「なんだって? おまえこの距離からわかるのか?」
矢をつがえてから射るまでの速度が異様に速い。敵は2人同時に矢で射たれ、屋根から転落している。そんなことできる者は、少なくともトルクトスにはクリス一人だ。
ガインは二階の窓から飛び降り、駆け出した。
「お、おいっ、ガイン!」
「おじいたま! タミアン達もまいりまちょう!」
腕の中で鼻息を荒くするサミアン。ガインがいれば大丈夫だとは思うが「行かない」とは言えなかった。
「あー、うん。じゃあ行くか」
「はいっ! おじいたまっ!」
その少し前……
一晩中答えが出ないまま、朝を迎えた。
クリスは、昇る朝日を眺めた。
日の光が夜露で冷えた体を優しく温める。
すべてが、馬鹿らしく思えた。
弱気になって、逃げることばかり考えているから、最悪な未来ばかりが予想されるのだ。
今までは一人だったから、それしか考えられなかっただけだ。
今は自分を支える者達がいる。
逃げ続ける限り、叔父はいつまでも自分を追ってくる。
ならば迎え撃つ方向に舵をとったほうがいい。
両親の死に叔父が関わっていた証拠を見つけられれば、爵位を剥奪することだってできるかもしれない。そうなれば、無闇に権力を笠に着ることもできなくなる。
(おれがサミアンとガインを守る!)
少し斜め上を行っているが、クリスは2人と共に進む決断を下した。
ようやくギルドが見えてきたところで、クリスは足を止めた。
前方に、フードを目深に被った男が二人。背後からも足音が近づいてくる。
(早いな、もう来たのか)
クリスは母国を出発する前、この刺客達と対峙していた。
その時は身を隠しながら、命からがら出国し、男の姿になって、追手を逃れた。
(あ、なんだ。あの時とは違うじゃないか)
今のクリスはAランク冒険者だ。昔あれほど怯えた刺客の気配は、以前ほど脅威を感じなかった。
だが、ここで仕掛けられるのはマズイ。
ここは王都の繁華街だ。人も多く、乱闘になれば、周りにも被害が及ぶ。せめて、郊外に陽動するべきだろう。
クリスは、外階段の建物を探し走り出す。弓使いのクリスには、平地では分が悪い。屋根を伝って逃げたほうが、街への被害も少ないだろう。
(あー、もうっ! 何人いるんだよ!)
人数が確認できない。
人通りの少ない路地に差しかかった瞬間、クリスは振り向きざまに二本の矢を放った。追ってきた三人のうち、二人が屋根から転落する。
だが下を見れば、まだ数人が、クリスを追って来ている……
屋根の上に一人、下に何人いるかわからない。
屋根の上に残った一人には、ほかの二人を射る間に距離を詰められていた。
弓を構える間合いではない。矢をつがえるより、相手の剣が届くほうが早い。
クリスは、腰の短剣を手にし、振り向いた。それと同時に、相手の剣が、クリスを襲う。
「キィン」
相手の剣を短剣で受け止める。鋭い金属音が屋根の上に響いた。
相手は一旦後ろに下がり、クリスとにらみ合う。
「狙いはなんだ?」
相手は無言で、剣を握り直した。
残りの奴らが屋根に登ってきたら分が悪い。ここに留まるのは危険だが、コイツはここで始末するしかない!
そんな窮地のクリスの耳に、男たちの悲鳴が聞こえてきた。
(下の追手が誰かと戦っているのか?)
ゆっくりとクリスの口角が上がる。
(下の奴らはまかせるぞ、ガイン!)




