35.2本の短剣
「向こうもこちらに気がついたようだ」
クリスにも気配はわかるが、目に見えない距離の獲物の頭数や、状況はわからない。
獣人ゆえなのか、Sランクゆえなのかはわからないが、ガインは明らかに自分より上位なのだと感じる。
ブラッドベアも強者の気配を感じているのか、動きを止めたようだ。
(このまま山へ帰ってほしい)
「来るぞ!!」
クリスはガインの言葉とほぼ同時に、近くの木へ飛び移る。
「ドドド」という地鳴りのような低い音が近づく……
(見えた!!)
「シュシュンッ!!」
「ギャォァ!」
「右目外したっ!!」
下で大剣を構えるガインに向かい叫ぶ。
「シュシュン!」
「チッ!」
2頭目も両目を狙うが、警戒されたのか避けられる。
クリスは、間を空けず矢を射ち込み続ける。
(当たっても、勢いが止まらないぞ)
下では、1頭目とガインが攻防を繰り返している。
鋭い爪でガインの大剣すら弾かれ、会心の一撃が入らないようだ。
そこへ2頭目も突っ込んでくるが、ガインは大剣を大きく振り回し、2頭目の体を切りつける。
(浅いか……)
クリスの矢も2頭目を射るが、深手には至っていないようだ。それどころか、クリスのいる木に襲いかかる。
立ち上がったブラッドベアは、クリスのいる枝に届かんとする大きさだった。
クリスは枝から飛び上がり、状況を確認する。下のブラッドベアは角度的に矢を当てられそうにない。それならばと、もう1頭の潰し損ねた右目に矢を放った。
「よっし!」
だが、このまま落下すれば、2頭目の爪の餌食だ。
(あ、これ死ぬかも……)
死を覚悟したクリスだったが、2頭目の後ろから、ガインの大剣が突き刺さる。
大剣はブラッドベアの体を貫き、そのまま背後の木に深々と突き刺さった。
クリスは落下の衝撃で、地面を転がる。そして急いで体勢を立て直し確認すると、ガインの後ろには両目を潰され目標を失ったブラッドベアが暴れていた。
クリスは腰の短剣を抜き、暴れる熊の背中から首を狙い、横向きに突き刺す。だが致命傷には至らず、短剣を引き抜く間もなく、振り返った熊に叩き飛ばされる。
「っつ!!」
右腕を爪で抉られ、鋭い痛みが走る。
そして、倒れたクリスに再び爪が振り下ろされる。
咄嗟に目を閉じたクリスだったが、何も起こらない。
(あれ? いつの間にかもう死んでる?)
恐る恐る目を開けたクリスの目に飛び込んできたのは、短剣を高く突き上げたガインの姿だった。
短剣は、クリスの短剣と交差するようにして、クリスに襲いかかったブラッドベアの喉に突き刺さり、血を溢れさせている……
「あっ……」
もう1頭を確認すると、大剣で木に縫い付けられ、絶命している。
目の前のブラッドベアも、ガインが短剣を引き抜くと、大量の血を吹き出して横倒しになった。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「ハァ、ハァ、ハァ」
クリスとガインの荒い呼吸だけがこだまする……
「なんとかなったな」
(『なんとかなったな』じゃないだろっ!!)
「……スーッ、死ぬかと思った」
クリスは大きく息を吸ってそう言った。
ガインは、大剣を木から引き抜き、ブラッドベアを回収する。
「これを飲んでおけ」
そしてついでのようにマジックバッグからポーションを取り出すと、クリスに投げてよこした。
「えっ、あっ…… い、痛った!!」
ケガをしたことを思い出したとたん、焼けるような痛みが、右腕を襲う。
「すまない、ケガをさせて」
よく見れば、ガインの体にもブラッドベアの爪跡が残っている。
「おれが、両目射ち失敗したから……」
「普通あの間合いでは、片目も潰せない。気にするな」
もう1頭をマジックバッグに回収したガインは、クリスの前に手を差し出した。
「立てるか?」
「え、ああ」
「よし、帰ろう」
クリス達は大きな手土産を持って、村へ帰還した。




