32.白狼の祝福
「母親はどうした」
「わかりまてん。タミアンは気がついたら一人でちた」
「他には?」
「おかあたまは『人間を恨んではいけまてん』と言ってまちた。だからタミアンは人間に叩かれても、恨みまてんでちた」
サミアンは「褒めて」とばかりに尻尾を振ってクリスを見たが、クリスの心境は複雑だった。
なんと答えていいかわからず、ただサミアンを抱き上げ抱きしめる。
「サミアンの母親が先代の白狼と考えて間違いないだろうな」
ガインは腑に落ちたように呟いた。
「おれも親父から『人間を恨むな』と教えられた。それが白狼の意思だとは知らなかったが」
クリスは、王宮でのガインの様子を思い浮かべた。
狼族の土地を奪った人間の王を前に、心中穏やかではなかっただろう。
だがガインは狼族の教えの通り行動したのだ。
(それであの表情だったのか)
サミアンに質問を終えたモナは、ガインの様子を黙って眺めていた。そして、痛々しいものを見るような顔で口を開いた。
「200年前の戦争は知っているかい?」
「ああ、狼族が人間と戦ったと」
「そうさ。狼族だけが戦った。狼族は他の種族の参戦を許さなかった。人間に反意を示すことも禁じた」
ガインは驚きで、目を丸くする。
「おかげで戦後、狼族以外の獣人の権利は保証された」
そんな事実は世間一般に知られていない。狼族が中心となって戦ったとなっていたはずだ。
「詳しく知る者はいない。だが獣人達は、今の生活が狼族の犠牲の上に成り立っていると、わかっているのさ」
ならばなぜ狼族は人間と戦う道を選んだのか?
他の種族と同様に、戦わず権利を主張する道は無かったのか?
ガインは得た情報が頭の中で処理しきれないのか、目をつぶり、何かを考え込んでいる。
「それ以上は、私も知らない。役にたったかい?」
「あ、あと、この痣について何か知っていますか?」
クリスは、グローブを外してモナの前に手の甲を差し出した。
「ふん。これは『白狼の祝福』さね。白狼が幸せを願う相手に与える印さ。私の母にもあった」
「『白狼の祝福』? これは消えないのですか?」
「消したいのかい? 祝福だよ?」
「え? でもカッコ悪くないですか?」
その場に変な沈黙が訪れる。
「クリチュたま、ひどいでちゅ!タミアンのちゅくふくはかっこいいでちゅ!」
(えー。手の甲に肉球だよ?)
なぜかクリス以外の全員が呆れ顔だが、クリスはこの件に関しては自分が正しいと思った。
「私が知るのは、それは持ち主を幸せに導くものだということだけだ。消し方なんぞ知らんわい」
モナはまた何か思い出したら手紙を書くと約束してくれた。
まだ謎は多いが、だいぶ前進したと言って過言はないだろう。
そして一つ、確定してしまった事実がある。
白狼から生まれたということは、サミアンは(これでも)本当に狼だということだ。




