29.どちら様
「どちらたまでちゅか?」
顔を洗って帰ってくると、サミアンが首を傾げてそう言った。
「クリスだよっ!」
顔が重い。
瞼どころか、顔全体が浮腫みまくっているのだろう。
「クリチュたまのお顔、おもちろくなってまちゅ」
(サミアンにもデリカシー教育が必要だ)
「朝飯はどうする? その顔で食堂行くつもりか?」
(親子かっ!!)
クリスは昨日の一件で、サミアンにこれからどう接すればいいのか、少し戸惑っていた。
だが、サミアンは相変わらすサミアンで、あまりにもいつものような光景に、笑いが込み上げてきた。
「フフッ、少し動けば治るさ。腹減った。行こうぜ朝飯」
「クリチュたま。笑うとお顔が怖いでちゅ……」
「今のは笑ったのか?」
(だから、デリカシーっ!!)
「今日はどこに行きまちゅか? レオたまのところへは、いきまてん」
昨日、置いていかれたサミアンは、第一声で予防線を張った。
昨日わかったこともある。本当はクリスとガインが目を背けていただけなのだが、サミアンが白狼だとすれば、調べるのは狼族の伝記だ。
ただ、これはガインがすでに調べており、有力な情報を得られなかったものだ。
「狼族の里ってどこにあったの?」
「ここだ」
「え?」
「だから、ここだ。トルクトスの王都は狼族の里を焼き払った跡につくられた」
クリスは昨日の授与式で、ガインが王宮で、険しい顔をしている姿を思い出した。
(それは、心中複雑だよな……)
狼族のガインでも知らないほど、狼族の伝承は、後世に伝わっていない。そこまで徹底的に歴史から消されたのはなぜなのか?
「他の獣人族の伝記は調べたの?」
「ああ、書き記されたものは大体な」
「なら、口伝として伝わっているものは?」
「……多少は、だが完全には」
やることは決まった。
クリス達は、一つ一つ集落を回り、その民族に伝わる狼族に関する口伝を調べることにした。
手がかりが少なすぎて気が遠くなるが、できることを一つずつやって行くしかないだろう。
しばらくは、ここ王都アルガを起点に周囲の集落を回ることになった。
「それなら、ついでに道中で達成できる依頼を受けていくか?」
ガインの提案にクリスは頷く。
「レオたまのところには、行きまてん」
サミアンの提案は却下された。
ギルドではクネクネが対応してくれた。
(頼んでもないのに)
「ガイン様、狐族の集落に向かうのでしたら、ちょうどいい依頼がございます。Bランクのフォレストボアになりますが、こちらは、群れで狐族の畑を襲っているようですので、他のパーティーと共同で討伐することをおすすめいたしますぅ~」
「そうか、その依頼受けよう。ただし、他のパーティーは無用だ」
ガインは、クネクネの勢いに動じることなく、淡々と依頼を受けた。
そしてクリスは、クネクネの観察が、面白くなってきていた。
(2人の温度差すごいな…)
「クリスもそれでいいか?」
「群れって2人でなんとかなるのか?」
「おまえの補助があれば容易い」
(Bランクの群れって容易いのか?)
「まあ、ガインがそう言うなら。今回は普通にBランクだし……」
クリスは気づいていなかった。
Bランク魔獣を「普通」と言っている時点で、すでに普通ではないことに。




