21. 普通の狼は喋らない
旅は5日目、すでに中間地点を越え、順調に進んでいた。
今日は山越えがあり、馬に多めの休憩を与えながらのんびり進んでいた。
「タミアンおうまたんの上、飽きまちた」
「おまえ、降ろしたら確実に迷子になるだろ?」
「タミアンは、とんな子供ではありまてん!」
(子供だよ!)
クリスとサミアンが言い合っていると、先を行くガインが口を挟んだ。
「おまえ、まだ人型になれないのだろう? 普通は生後6ヵ月もすれば人型になれるはずだが」
そうだ。そういえば、サミアンは獣人だから、人型にもなれるのだ!
どんな子供になるのだろう?
クリスも興味津々になった。
「タミアンは、ただのおおかみだから、人型にはなれまてん」
「サミアン。普通の狼は喋らないぞ」
「!?」
サミアンはこの世の終わりのような顔になった。
(知らなかったのかよ……)
「まあ、そのうち人化することもあるだろう」
ガインはフォローするように、そう言った。
だが、サミアンはよほどショックだったのか、いじけて馬を飛び降りた。
そして森の中へ駆け出してしまった。
「サミアンッ!!」
(これ、迷子になるやつ!)
「ガイン! おまえデリカシーってもんが無さすぎる!」
クリスは思わずガインに言った。何度か思ったことはあるが、口にするのは初めてだった。
(なんか、スッキリしたっ!)
「大丈夫だ。いざとなればおれが獣化して連れ戻す」
獣化? そういえば、逆にガインが獣の姿になることもできるのか。
それはそれで見てみたい。
馬を木に縛り、サミアンの捜索に向かう。
緑深い森で小さなサミアンを探すのは、骨がおれる。
(ガインの鼻に頼るしかないかなぁ)
「ガイン獣型になれるか?」
「ああ、しかたないだろうな」
そういうと、ガインは木の陰へと姿を消した。
(なんだ、獣化するところは見れないのか……)
木の後ろでガサガサ音がする。
どうやら服を脱いでいるようだ。
(そうか、服は破けちゃうのか)
木の陰からユラユラと湯気のようなものがこぼれる。
そして姿を表したガインは、大きくて真っ黒な狼の姿だった。
「かっこいいぃぃぃ!」
クリスはつい思ったことを口に出してしまった。
「そ、そうか」
率直な褒め言葉に、ガインもめずらしくどもる。
「それより、乗れ。いざという時、武器がないのは心許ない」
(狼って乗れるんだ)
クリスはガインの背中に飛び乗った。するとガインは信じられないスピードで、森を駆け出した。
これは、振り落とされないようにしないと命の保障がない。
(し、しぬ)
クリスの意識が飛びかけたところで、ガインが止まった。
(よかった。生きてる)
「クリス降りろ。ちょっとマズイことになった」
(おれもマズイことになってるよ)
「サミアンを見つけたが、近くにアーマードボアがいる。サミアンが危ない」
クリスは朦朧とする頭を振って、急いで意識を覚醒させた。
「ボアはどっちだ?」
「右方向50メートルほど先だ」
「サミアンは?」
「正面に60メートルといったところだろう」
獣化した狼は、臭いで距離まで掴めるようだ。
ガインの示す方向から考えて、サミアンとボアの距離は、あまりないと思われる。
「クリス、ボアを頼めるか。おれが近づくと、近くにいる弱い獲物に突進する可能性がある。おれは気配を消してサミアンの後ろへ回りこみ救出を試みる。おまえは、ボアが変な動きをしたら、木の上からボアの気を引き、できることなら仕留めてくれ」
アーマードボアはAランク下位に指定されている巨大な猪型の魔獣だ。背中から頭部まで岩みたいな硬い甲殻に覆われていて、矢は弾かれてしまう。
(おれにできるだろうか?)
だがやるしかない。
今はサミアンの安全が第一だ。
「わかった。まかせろ」
そういうとクリスは、近くにある一番高い木を器用にのぼり、眼下を眺めた。
ボアの背中が確認できる。
サミアンは……見えない。
クリスが木の下のガインにうなずくと、ガインは距離をとって回り込むため先に進んだ。
ガインがサミアンにたどり着ければ、ボアは逃げ出すかもしれない。
できることなら、戦闘は避けて通りたい。
だがボアはサミアンに気づいたのか「ブォー」と鼻を鳴らした。
クリスは、ボアの気をそらすべく、ボアから離れた位置に矢を放った。
「よしっ!」
ボアはクリスの方へ向き直り、こちらに向かって走り出した。
「シュンッ」
クリスはボアの左目めがけ、矢を放つ。ボアは「ブギァァ」と声をあげたが、構わず突進してくる。クリスは連射で矢を放つが、固い甲羅にはじかれて、ボアの勢いは止まらない。
そして、ボアはクリスが登った木に突進した。
「ドォォン」と音が響くと、木が「メキメキ」と音をたてながら倒れていく。
クリスは衝撃と同時に、宙に放り出されていた。




