2. 白い点
「おねえたんは、どうちておとこのふくをきているのでちゅか?」
突然の爆弾発言に、クリスはドアノブに手を置いたまま、ゆっくりと振り向いた。
当の仔犬は相変わらず緊張感のない顔で、こちらを見つめている。
「なんでわかった? この3年で見破った者は一人もいなかった」
「……なんとなく? でちゅ」
「なんとなく……か」
曖昧な答えだが、言葉数の少ないコイツに問いただしても、納得のいく答えにたどり着ける気がしない。
「まあ、いい。おれは一人旅をしているからな。女の一人旅は、人さらいの危険もあるし、酔っぱらいに絡まれたりで面倒も多い。お前に『犬の獣人』を名乗れと言ったのと同じようなものだ」
「とうでちゅか。どうちてひとりでたびをちゅるんでちゅか?」
こっちの質問にろくな答えも返せないくせに、一丁前に質問で返してくる。
ちょっと、めんどくさい。
「一人が好きだから」
投げやりに答えると、仔犬はなぜかしょんぼりと耳をふせた。
「……わかりまちた」
何を納得したのかはわからないが、仔犬はトコトコとドアの隙間から出ていく。
丸い尻尾がフワフワ揺れて、後ろ姿も緊張感がない。
たった1日のつきあいだが、その背中には妙な哀愁が漂い、少し名残惜しく思った。
(放り出すようだが、子育てなんてしたことないし、おれにはどうすることもできないよな)
宿を出ると、クリスはしゃがんで仔犬の頭を撫でた。
「また汚くなったら、ここの宿の親父を頼るんだぞ。たぶん気づいて洗ってもらえるはずだ。元気でな」
仔犬は、何も答えずクリスを見つめる。そして、右の前肢をヒョイとあげて何かを訴えかけるような顔をした。
「なんだ? 握手か?」
クリスは右手を出して、仔犬の前肢を握った。
すると、掌がほんのり温かくなり、僅かに光ったような気がした。
「えっ? なに?」
仔犬から手を離すと、手の甲が熱くなり、そこにうっすらと肉球型の痣が浮かび上がった。
「な、なんだこれっ!?」
仔犬は、しばらく痣をじっと見つめると、コテッと首を傾げた。
「お前にもわからないのかよっ!?」
「ごめんなたい」
素直に謝られても困る。
「あ~、もう、消えないじゃん、これ!」
擦っても消えないし、ものすごくカッコ悪い。
まるでコイツの緊張感のなさが転写されたような気分だ。
獣人の生態に詳しくはないが、人間にはない特別な力があるのかもしれない。
幸いこれから行く先は、獣人の多いトルクトス王国だ。誰かに訊けばわかるかもしれない。
「もういいや、おれ行くわ」
「ありがとうごだいまちた」
「おう、元気でな」
「はい」
あっさりしている仔犬に拍子抜けしながら、クリスは歩き出す。途中で振りかえると、仔犬は同じ場所にじっとしたまま、クリスの背中を見つめていた。
クリスは手を振り、また歩き出した。
ここセルディア王国には、都市を転々としながら1年ほど滞在していた。
クリスは、母国の刺客から追われている。男の姿をしているのは、少しでも刺客の目を眩ませるためもあった。
それもあり、旅に出てから3年間、誰かと深く関わることもなかった。
サミアンとの時間は、たった1日だったが、クリスにとっては、久しぶりに温もりを感じる時間だったのだ。
「後ろ髪を引かれる思いって、こんな感じなのかな……」
一人で呟きながら先を目指す。
村を出てしばらく歩いたところで、いるはずがないとわかりつつも、ついつい後ろを振り向いた。
(えっ! いるっ!!)
はるか後方だが、白い点が見える。しかもクリスに合わせ、足をとめたようだ。
「えっ? なんで? たまたまこっち方面に来たかったとか?」
何が起きているのかわからず、クリスは少し足を早め、先を急いだ。
そして1時間程歩いたところで、もう一度振り返る。
(やっぱりいる!!)
仔犬が一定の距離を保ち、クリスの後をつけてくる。
(なんなんだ、アイツは? 一緒に行きたい素振りなんて、一つも見せなかったよな?)
何がなんだかわからない。
ここまでいくつかの分岐があった。偶然同じ方向だったということではないだろう。
クリスは、唐突に横の林へ身を隠した。そして、木の陰からこっそり覗くと、白い球体が、慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
「あ、転んだ」
転んだ勢いでゴロゴロ転がっている。
こんな生活を続けていたのなら、アイツが泥だらけだったのもうなづける。
昨日までは、ガリガリで動けなかった体だ。急に走ったらそうなるのも無理はない。
仔犬はクリスを見失った辺りまで来ると、キョロキョロと周囲を見回した。
「はぁ、完全についてきちゃってるじゃん……」
クリスは覚悟を決め、木の陰から顔を出した。
「おいっ! なんでついてくるんだよ」
仔犬はビクッと体を揺らすと反射的に謝った。
「わっ!! ごめんなたい!」
こうも素直に謝られると、それ以上何も言えない。
昨日の子供たちのように、暴力をふるってくる者も多かったのだろう。
「あー、えーっと、そろそろ休憩しようと思っているんだが、一緒にどうだ?」
怖がらせないように、優しく声をかける。
「……ちかたありまてんね。ごいっちょちまちゅ」
(えっ? なんで上から?)




