1, 謎生物を拾った
セルディア王国 某所
「さて、次はどこへ行こうかな。やっぱりトルクトスかな~」
クリスは街道を歩きながら、のんきに次の行き先を考えていた。
クリスは拠点を持たず、各地を転々としている冒険者だ。
一つの街で適当に依頼をこなし、懐が温かくなったら次の街へ向かう。
そんな気ままな生活を、もうしばらく続けている。
「この先の村で一泊して、北へ向かうか」
天気はいい。
財布の中身にも余裕がある。
昨日まで受けていた依頼も無事に終わった。
久しぶりに、何の問題もない旅になりそうだった。
――そう思っていた。
「おい、何やってるんだ?」
町はずれの道端で、数人の子供たちが何かを棒でつついていた。
クリスが声をかけると、子供たちはギョッとした顔で振り返る。
そして何を思ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……なんだよ」
別に怒鳴ったわけでもない。
妙な反応が気になり、子供たちが集まっていた場所を覗き込む。
「なんだこれ?」
そこには、使い古されたモップのような物が落ちていた。
「ゴミで遊んでたのか?」
クリスはそのまま通り過ぎようとして…… 足を止めた。
今、動かなかったか?
戻ってしゃがみ込み、近くに落ちていた細い枝でつついてみる。
ピクッ。
「…………」
もう一度つつく。
ピクピクッ。
「うぉ、動いた!」
慌てて枝を放り投げた。
よく見れば、泥で固まった毛の隙間に血が混じっている。
どうやら子供たちは、ゴミで遊んでいたわけではなかったらしい。
「うわ……ひどいな」
見なかったことに…… できるわけないか。
「まったく……今日は平和に終わると思ったのに」
クリスはため息をつきながら防寒用のマントを脱ぐと、謎の生き物をそっと包んだ。
抱き上げてみれば、驚くほど軽い。
「お前、ちゃんと生きてるよな?」
返事はない。
「もうちょっと頑張れ。せっかく拾ったんだからな」
腕の中で、小さな何かがわずかに身じろぎした。
「よし。生きてるなら何とかなる」
クリスは来た道を振り返った。
街へ戻るか。
この先の村へ行くか。
「……村のほうが近いな」
こうしてクリスの気ままな一人旅は、予定外の拾い物によって、少しだけ予定を変えることになった。
村の入り口で村民に確認すると、村には一軒だけ宿があるようだった。
宿の主人はクリスの抱えた汚れた生物に顔をしかめたが、大きな街からそう遠くない小さな村は、素通りされることも多いのだろう、宿代を多めに渡すと渋々お湯と盥を用意してくれた。
「傷もあるし、さすがに丸洗いは無理かな……」
クリスは自分の手ぬぐいをお湯に浸すと、傷口を優しくぬぐった。
「うわ、結構ひどいな。脚の骨、折れちゃってるよ」
傷に触らないように最後に全体を拭きあげると、かろうじて四つ足の犬のような体が出てきた。
「犬……だよな? うわ、ガリガリだな」
まだ子供のようだが、栄養状態が良くない。
親とはぐれてしまったのだろうか? そもそも汚れ方が尋常じゃない。いつからこんな状態なのだろうか?
むしろこの状態で、生きていることのほうが不思議だった。
傷口に自分用に携帯している塗り薬を塗布し、清潔な布で巻く。
手持ちの痛み止めを取り出しかけて、手をとめた。人間用の薬を、得体のしれない生き物に飲ませるのは危険かもしれない。
だが、衰弱がひどい。せめて栄養になるものをと思い、宿の主人に用意してもらった山羊のミルクを与え、様子をみることにした。
「ここは安全だ。ゆっくり休め」
言葉が通じるのかわからない。そもそも意識があるのかもわからない。
だが、犬のような生き物はゆっくり息を吐きだし、そして大きく吸い込んだ。
クリスにはそれが、まるで返事をしたかのように思えた。
いつの間にか眠ってしまったようだ。気が付いたら朝になっていた。
眠い目をこすりながら、昨日拾った謎生物のことを思い出し、床に重ねた毛布の上を眺める。
……目が合った。
昨日まで瀕死だったはずの謎生物が、立ち上がりこっちを見ている。
「え? なんで?」
思わず大きな声を出してしまったが、動じることもなく、モップのような毛の隙間からライトブルーの瞳を覗かせている。
そして、なぜかマヌケに舌を出していて、緊張感の欠片もなかった。
「お前、痛くないの?」
「いたくないでちゅ」
「うおっ!! しゃべった!!」
答えが返ってくるとは思わず、クリスはあとずさった。
「えっと……おまえ、もしかして獣人?」
ゆっくり冷静さを取り戻しながら、思い当たる可能性を口にする。
「ちがいまちゅ。ひとがたにはなれまてん」
……否定された。
(なに? どういうこと?)
そういえば、獣人は獣の姿で生まれ、成長の過程で人型になることを覚えるという。まだ人型になったことがなく、自覚がないだけだろう。
「まあ、いいか……」
クリスは考えても答えが出ないことは、最初から考えない主義だった。そもそもまだ子供だ。まともな返答ができるとも限らない。
近づいて傷を確認すると、驚いたことに傷跡がすっかり消えている。それどころか昨日は折れ曲がっていた骨までも治っているように見える。
獣人は人間より治癒力が高いと聞くが、こんなに早く治るものなのだろうか?
疑問は尽きないが、治ったのならやることは一つだ。
「よっし。朝ごはんの前に洗うぞ!!」
元気ならば、遠慮することはない。正直、こびりついた汚れが異臭を放って、我慢も限界なのだ。
少し寒いだろうが、大量の水が必要になるだろう。
クリスは謎生物を抱き上げると、宿の主人に許可をとり、井戸へと向かった。
「冷たいが我慢してくれよ。あとで店主がお湯を持ってきてくれるからな」
とりあえず盥に水を溜め、手持ちの石鹸を泡立てる。謎生物をそこに放り込むと、汚れがひどすぎてあっという間に泥水になった。
「ちゅめたい」
「少しの間だ。我慢しろ」
盥の水を入れ替え、それを何度か繰り返すと毛は全体的に白くなっていく。
「おまえ、本当は真っ白だったんだな」
本来の色がわからないほどの汚れだった。クリスは絡んだ毛をほぐすように、丁寧に洗った。
細い体はさらに細くなり、思った通り犬のような骨格が現れた。
途中で店主がお湯をもってきてくれたので、体を温めるためにしばらく浸からせる。
「やっぱり犬だよな……」
クリスがボソッと呟くと、間を開けず、仔犬が口を開く。
「ちがいまちゅ」
……また否定された。反抗期だろうか?
「おおかみでちゅ」
狼? 狼族はたしか金色の瞳のはずだ…… それに二百年前の戦争で掃討され、生き残りは少ないと聞く。
自分を大きく見せたいお年頃なのかもしれない……
「そうか、狼か」
面倒なので肯定してやると、自称「狼」は尻尾をブンブン振った。
「やめろ、水がはねる」
「はわっ! ごめんなたい!!」
叱ると、しゅんとして、すぐに尻尾を丸める。
あんな姿だったんだ、理不尽な思いもたくさんしてきたのだろう。怯え方が普通じゃない。
「怒ってない。ほら、拭くよ」
クリスは、狼に手ぬぐいを掛けると、また毛が絡まないように優しく拭いた。
部屋に戻り、すっかり乾くと、自称「狼」はまん丸の何かになった。
「えっ、かっ、かわいい!!」
犬? 熊? 少なくとも「狼」ではない。洗えばわかると思ったが、謎はさらに深まった。
強いて言うなら緊張感のない犬?
朝食を食べに食堂に向かうと、店主に「きれいになったな、犬っころ」と言われたので、犬で間違いないだろう。
本人は不満そうだったが「獣人」だと説明すると、食堂で食べることも許可してもらえた。
「狼族は色々あって危険視されているし、動物は喋らないからな、知らない人には『犬の獣人』で通すんだ。一番トラブルが少ない」
「……わかりまちた」
完全にとは言い難いが、素直に納得してもらえたようだ。
まだ小さいのに、思考する能力は高いように感じる。
朝食のメニューはパンに野菜スープ、それにひき肉を煮込んだもの。
店主は見かけによらず可愛いものが好きなのか、仔犬でも食べやすいように気配りしてくれたようだ。
「いただきまちゅ」
「お、坊主、偉いな。腹いっぱい食って大きくなれよ」
店主は上機嫌で、厨房へと戻って行った。
クリスは、幸せそうに肉をほおばる仔犬を眺めながら、先ほどの店主とのやり取りを思い返した。
正直、あんなにやせ細り、飢えた状態で「いただきます」と言うとは思っていなかった。よほど育ちがいいのか……
「急にそんなに食べて大丈夫か?」
「はい、おいちいでちゅ」
仔犬は元気に出された食事を完食した。
「お前、どこから来たんだ? 親が探しているんじゃないのか?」
部屋に戻り、旅の支度をしながら訊ねる。
クリスとしては先に進みたいが、元の街なら戻って親元に返さなければならないだろう。
「おかあたまは、もういまてん」
孤児か……。それにしても母を「お母さま」と呼ぶのはやはり育ちがいいのだろう。
「おれはこの先の街まで行くが、お前はどうする? 街までいけば、孤児院があるぞ」
「……」
返事がない。
この村に残ったとしても、今のきれいな犬の姿なら、ここの店主のように面倒を見てくれる者もいるだろう。
そもそも獣人の生態がわからない。本人がここに残りたいのなら、止める道理はないだろう。
「おれはもう行く。宿を出たらお前は好きにするといい」
そう言って荷物を担ぎ部屋を出ようとしたその時、仔犬はとんでもないことを口にした。
「おねえたんは、どうちておとこのふくをきているのでちゅか?」




