10. 黒い点
「タミアンちゃんに会えなくなるなんて寂しいです。毎日楽しみにしてましたのに……」
翌朝、銅貨のお礼にお菓子を用意し、アリアに最後の挨拶をするため、ギルドに立ち寄った。
昨日のガインとの話し合いは、サミアンの爆弾発言により、混乱したガインが「それは白狼様の神聖な力だ。こんな、丸っこい犬に使えるはずがない!!」と叫んだことで、サミアンが「ガインきらい!帰る!」と言い張り、決裂して終わった。
(肝心の痣の消し方は、わからぬまま……)
それにしても「白狼」……
サミアンの言っていることは本当なのかもしれない。
だが、ガインの気持ちもよくわかる。狼の子供は、こんなに緊張感のない丸い物体ではないと思う。
実際に起きたことを考えれば、疑いようもないのだが、サミアンの見た目がそれを許さない。
正直、クリスも半信半疑だ。
「あの後、ガインさんは大丈夫だった?」
「ええ、なにかお一人で頭を抱えて『そんなことあるわけない』とかブツブツ言っておいででしたが、1時間程で帰って行きました」
(1時間も困惑していたのかよ)
「それは、大変ご迷惑を……」
(ガインが、だけど)
「それより、本当に行かれるのですか? ガイン様は当ギルド所属の方ではないので、長居はしないと思いますが」
アリアはクリス達がガインが原因で街を離れると思っているようだ。
「もとよりトルクトスを目指す途中でしたので。アリアさんには大変お世話になりました」
「アリアたん。討伐ほうちゅうありがとうごだいまちた」
「あらっ」
アリアはよほどサミアンとの別れを惜しんでいるのか、その言葉に目を潤ませた。
「いけませんね。旅立ちは笑顔でないと…… クリス様、タミアンちゃん、お元気で、旅の幸運をお祈りしておりますわ」
短いつき合いだが、クリスの旅の中でも一番印象深いギルド職員だった。
サミアンと一緒だったからだろうか…
「アリアさんもお元気で、幸運をお祈りしております」
「アリアたん。おげんきで」
そう言ってサミアンは前足を差し出す。
そして、アリアがその足に触れると……
「あら? クリス様と同じ痣が」
(やってしまった……)
「すいません! アリアさん! まだその痣の消し方がわからないんです! 時々大きくなったり小さくなったりしますが、たぶん命に別状はありません。必ず消し方を調べて伝えに参ります!!」
焦ったクリスは、一気にまくし立てた。
アリアは自分の手の甲を見つめると「可愛い痣。これでいつでもタミアンちゃんを思い出せますわ。それに、消し方を教えにきて下さるのなら、またお会いできますね」と、寛大な言葉で見送ってくれた。
アリアがいい人で本当によかった……
トルクトス王国の国境検問所までは、5日ほどの道程だ。
途中には険しい山道もあり、集落もないので、夜営を余儀なくされる。
「タミアンは野宿得意でちゅ」
そりゃそうだ。
クリスと出会うまで、人の世話になっていたようには見えない。
子供だと侮っては失礼だろう。
そして、今回の旅には今までにはない利点がある。
サミアンのアイテムボックスのお陰で、手荷物を持たずに移動できるのだ。防寒具に非常食。これまで荷物の量を考えて調整していた備品を、持ち歩けるようになった。
旅の質もグンとあがるだろう。
「タミアンのリュックちゃまちゃまでちゅね」
「ああ『様々』だな」
そんな感じで順調に進んでいたが、休憩しようと足を止めた時、嫌な物が視界の片隅に入った。
(後ろに黒い点が見える……)
またしても既視感を覚える。
サミアンも気がついたようだ。
「後ろにガインたまがいまちゅね。ププッ、あれで、バレてないちゅもりでちょうか?」
(同じことしてただろうがっ!しかも、倍くらい距離が近かったわ!)
「もう既に隠れる気が無いんだろうな」
ガインは足を止め、その場で休憩するようだ。
(めんどくさい)
見張っていることを隠すつもりはないが、合流する気もないらしい。
「クリチュたま、ガインたまは、めんどくたいひとでちゅね」
(だからお前がいうな!!)
「まあ、こっちにくる気がないなら、居ないものとして考えよう」
そうやって、遠くにガインの気配を感じながら旅を続け、3日目。この峠で一番標高の高い地点まで到達した。この辺りはどちらの国にも属しておらず、竜の神域とされる場所だ。この辺りで姿を消す冒険者も多く、常に警戒して進まなければならない難所となっている。
「クリチュたま。この辺はなんだか空気がおいちいでちゅね」
「ああ、神域だからな」
「クリチュたま、お首のちたが光ってまちゅ」
サミアンに言われ確認すると、服の下で何かが発光しているのが確認できた。
「ああ、これは母に貰ったペンダントだ。神聖な場所で光る石がついてる」
「かっこいいでちゅ! ちんいきちゅごい!」
「だが、竜系の魔物も多い地点だ。気をつけないと丸飲みされて、骨も残らないぞ」
クリスが脅すと、サミアンは悲壮な顔になった。
「タミアン、うんこになるんでちゅか?」
クリスは物の例えで言ったつもりだが、あながち間違いではない。
「まあ、そうなるな」
「うんこはいやでちゅ!」
「ああ、だから警戒は怠るなよ」
「はい、クリチュたま」
そんなことを話していると、トルクトス方面から、人の声が聞こえてきた。悲鳴のようなその声は、しばらく轟き、そして聞こえなくなった。
「うんこになりまちた……」
(まだうんこではないと思うよ)




