ケモノとバケモノ5
2匹の獣が、ヴィルトを挟み討つように襲い掛かる。
獣はもう、離れた位置にいる2人を警戒する余裕は無いようだ。
凄まじい勢いで振り払われた拳を避け、1匹がその腕に、もう1匹が足へと噛み付く。
喰いちぎるつもりだった2匹だが、そうはならなかった。
骨をも噛み砕く咬合力を以てしても、今のヴィルトの筋肉は噛みちぎれなかったのだ。
そして異常な程の熱が口内を焼き、攻撃した側の方がダメージを受ける結果となった。
ヴィルトが、近くにいた方の後肢を踏み砕く。
獣は痛みに耐えきれず、悲鳴を上げる。
肢を砕かれた方にまたがると、自らの怒りを発散するように、ただひたすら殴り始める。
番を助ける為、もう1匹の獣が正面から飛び掛かる。
それに対し繰り出した拳が、獣の頑丈な牙を砕き、血と破片が辺りに散らばる。
牙を失った獣がのたうち回る。
そちらは放置し、また、自らの下にいる獣を殴り続ける。
一発が必殺になる拳を、何度も何度も、執拗なまでに叩きつける。
既にリングは、ヴィルトの攻撃に耐え切れず、砕けていた。
そんな攻撃に対し、生物がいつまでも耐えきれるわけがない。
数えるのが面倒な程に、ひたすら殴られ続けた獣は、もう、とうに事切れている。
ヴィルトが拳を振るう度、辺りに血がまき散らされる。
ミンチどころか、磨り潰しているかのようだ。
残った最後の1匹にはもう、怒りの感情は無かった。
あったのは、目の前の存在に対する絶対的な恐怖のみだった。
既に獣には、戦う意思も無かった。
いや、こんなものは、戦いと呼べないかもしれない。
殴って、蹴って、叩きつける。
原始的な攻撃による一方的な蹂躙。
相手が死ぬまで、いや、死んでも終わらず、自らの怒りが収まるまで繰り返される。
獣は逃げ出そうとする。
怪我や痛みもあるが、それ以上に、恐怖で身体が震え、上手く動かせなかった。
その頭の中には、殺された子の事も、未だ殴られている番の事も無い。
ただひたすらに〝死にたくない〟という、生物なら当たり前に持つ、根元的な感情のみが占める。
震える身体にムチを打ち、荒い呼吸で、ノロノロと出口に向かう。
逃げようとする獣に気づいたヴィルトが、鼓膜が破れかねない程の雄叫びを上げる。
振り返らず全力で逃げるべきと分かっていても、獣は後ろを振り向いてしまった。
そこには、自らに迫りつつある〝死〟と、子とは違う形で、原形を留めていない番だったものが見える。
それは、獣の知る〝死〟の形では無かった。
食う為に、生きる為に殺し、利用するのではない。
殺す事そのものが目的であり、その死体が何かに活用される事も無い。
言ってしまえば、次に繋がらない意味の無い〝死〟だ。
獣が出口に向かい、駆け出す。
だが、もう少しという所で、見えない壁のようなものにぶつかる。
それは獣が逃げれないよう、ユーリオンが張った結界だった。
獣が鋭い鉤爪の付いた前足を振るう。
見えないものの、感触から壁が消えた事を理解し、安堵する。
ユーリオンが稼いだ時間は、ほんの数秒ほどだ。
だが、獣に〝死〟が追い付くには十分な時間だった。
ヴィルトが獣の尾を掴み、中央へと引きずっていく。
獣が鳴き声を上げるが、助ける者などいない。
後はもう、ヴィルトの怒りが収まるまで蹂躙されるだけだった。




