アルムとアン4
― 翌日 ―
ピエリスとエレナを連れ、アルムさんの元へと向かっている。
城壁の外と言っても、それほど離れているわけでも無い。
なので特に迷う事も無く辿り着く。
まだ距離は離れていたが、玄関の前に3人の人影が見える。
更に近づいて行くと、言い争いのようなものが聞こえてきた。
何かあったのかと焦りを覚える。
僕が飛び出そうとすると、ピエリスが腕を引き止める。
「待ってください。緊急を要してはいないようなので、ひとまず様子を見ましょう」
「……そうだね」
確かに危険な状況では無い様なので、話をこじらせるよりは一旦様子を見た方が良いかもしれない。
3人のうち1人はアルムさん、もう2人は大人の男性で知らない人物だ。
その2人は、それなりに整った装備をしているので、アルデーヌ家の関係者かもしれない。
完全に盗み聞きとなってしまうが、状況を把握したい。
少し後ろめたくはあるが、あちらの会話に耳を傾ける。
「儂等に奴隷になれというのかッ!」
「おいおい、人聞きの悪い言い方は止めてくれよ爺さん」
「そうだぜ、御当主様は家も仕事も失うアンタ等に助け舟を出そうってんだ」
「アンタ等のせいで大事な取引が失敗したっていうのに、本当に優しいお方だよ」
「ふざけるなッ!」
「いったい何が不満なんだ? 住む家も仕事もこれまで通りじゃないか」
「御当主様のご温情に泣いて感謝するべきだろ?」
「ああ、確かにこれまで通りここで暮らし、同じように働く事が出来るだろうさ」
「その通りだ。この契約書にサインするだけで良いんだ」
「だがッ! 家賃代に土地と家畜のレンタル料を払えば、生活費だけでギリギリでは無いか!?
これでは奴隷の生活とほとんど何も変わらんッ!!」
「……はぁ、じゃあ逆に聞くが、今後の当てはあるのかい?」
「…ッ……それは……」
「ま、よく考える事だ。ただし、そう時間は無いけどな」
「…………」
2人がこちらの方へ移動してきたので、鉢合わせしないように身を隠してやり過ごす。
2人が遠く離れて行くのを確認し、いまだ玄関の前で呆然としているアルムさんの元へ移動する。
「こんにちは」
「おや、こんにちは」
「すみません、実はちょっと前に着いていて、先ほどのやり取りの一部を聞いてしまいました」
「ははは、構いませんよ」
「あの2人はやはり」
「ええ、アルデーヌ家の者です。酷い契約の話を持ち出されましてね……」
そう言うと、アルムさんが疲れたように笑う。
「立ち話もなんです、どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
中に入ると、20代半ばくらいの女性がいた。
少しアンに似ているので、母親かな。
「いらっしゃい、お客様?」
「ああ、すまんがお茶を入れてくれ」
「わかったわ」
案内された席に座ると、長居するのもアレなので、早速本題に入る。
「すみません、結論から言うと、お力にはなれませんでした」
「……やはり、そうでしたか…」
「話を聞いておきながら、すみません」
「そんな顔をしないでください。貴方が気に病む事ではありませんよ。
むしろ、こんな話を聞かせてしまい、こちらこそ申し訳ない」
辛い立場だろうに、こちらに気を遣って笑った顔を見せてくれる。
「…少し言いにくい事なのですが」
「…?…はい、なんでしょうか?」
「もしも行く当てが無いのであれば、フェニックス領に来ませんか?」
「……フェニックス領…確か、少し前に新しい領主を迎え、名も変えたあの土地ですか?」
「はい、新しく牧場を作る案がありまして、経験者なら好待遇で歓迎します」
「それは本当ですか!?」
先ほどまでの疲れ切った様子から一転、勢い良く話に食いつく。
「…え、ええ。まだ家畜も用意できてませんが、先に住んでもらって構いません」
「……失礼を承知で確認させて頂きたいのですが、金銭面の詳細などは?」
「相場が分からないので、詳しくは領主代理のジェードと話し合う必要があります。
ですが、こちらの認識としては、用意した環境に住み込みで働いてもらうというものです。
なので、生活に困るような状況にはならないはずです。
後は、実際に働いてみて改善して欲しい点があれば、遠慮なく相談してください」
簡潔にだが説明すると、アルムさんがテーブルの上で手を組み、頭を乗せて目を瞑る。
……なにぶん急な事だったので、大事な金銭面の詳細については決まってはいない。
やはり、こんな説明では悩ませてしまうだけだっただろうか。
「……わかりました…是非とも儂等を雇って頂きたい」
「…え?……ご家族に相談しなくても良いのですか?」
「当ても無い儂等には、今2つの選択肢しか無いのです。
一見これまで通りに見えても、実際にはアルデーヌ家の下で奴隷の様な生活を送るか。
貴方の言葉を信じ、見知らぬ土地に希望を見出すか……ならば答えは決まっています」
アルムさんが覚悟を決めた眼差しを向けてくる。
僕もこの覚悟に答えねば。
「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
今日、ここに来るまでに実は少し憂鬱な気分だった。
〝どうして助けてくれないんですか〟
〝そんな助けならいらない〟
そんな何かを言われる覚悟をしてきたのに、アルムさんは文句の1つも言わなかった。
本当に強い人だ。
彼らがもう、理不尽な目に遭わない環境にしなければ。




