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拾ったスマホ ―写真が八枚になったらもう終わり―  作者: 黙
第二部

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44.小林 真希3

 朝から、フライパンの油がはぜる音に混じって甲高い声が響いていた。


「ちょっと真希、顔が疲れてるわよ」


 テーブルの向かいに座る母が、トーストをかじりながら不躾な視線を向けてくる。


「なんか顔つきも怖いし、笑顔のほうがいいわよ?」


 いつも何かにつけてうるさく干渉してくる母の言葉だ。


 普段の私なら、舌打ちをして大声で口喧嘩を始めるところだった。


 でも、今日は不思議と全く気にならなかった。


 私も少しは大人になったのかな。


 そんなことよりも、今は早く学校に行って山下に会いたかった。


 昨日の教室での出来事が、頭の奥で渦巻いている。


 あの変な写真を見たときはやりすぎと思ったが、間違っていた。


 あいつの制服を全部剥ぎ取って、裸で土下座させたら絶対に楽しいはずだ。


 胸の奥が、期待でドクドクと熱く脈打っていた。


 登校してすぐに教室を見渡したが、健太の姿はなかった。


 メッセージアプリを開いてスタンプを送るが、いつまで経っても既読すらつかない。


 そのまま一時間目のチャイムが鳴ってしまった。


 教師の退屈な声が響く中、私はイライラとシャーペンの先で机を叩き続けた。


 斜め前の席から、分厚い眼鏡の奥の目がチラチラとこちらを盗み見ているのに気がつく。


 山下の額には、不快な脂汗がじっとりと滲んでいた。


 すぐいじめてやるから、待ってろよ。


 唇を舐めながら、私は健太からの返信を待ち続けた。


 だが、昼休みになっても健太は姿を現さなかった。


 購買のパンをかじりながら、ふと簡単なことに気がついた。


 健太がいなくても、別に何の問題もないじゃない。


 私は立ち上がり、山下に短く手招きをした。


 私の合図に気づいた山下がビクッと肩を跳ねさせるのを確認し、待つことなく早足で教室を出た。


 誰も使っていない、埃っぽい空き教室のドアを開ける。


 すぐに、背後から重い足音がついてきて中に入ってきた。


 山下の顔は、異常なほど紅潮している。


 その表情が、何故だかひどく可愛らしく見えた。


「脱げ」


 私は窓際に腰掛けたまま、短く命じた。


「え?」


 山下の喉から、間抜けな声が漏れた。


「全部脱げって言ってるの」


 山下は自分の胸元を両手で掴み、もじもじと視線を床に落とした。


「そっか、逆らうんだ。分かった、もう帰っていいよ」


 私が冷たく言い放つと、山下は困ったように視線を激しく彷徨わせた。


 そして、震える指でゆっくりとワイシャツのボタンを外し始めた。


 私のたった一言で、自分より体の大きな男が言いなりになっている。


 全身を、ゾクゾクとした黒い快感が駆け巡る。


 とてつもない満足感で、頭の中が痺れていく。


 やがて、山下が完全に裸になって床に突っ立った。


「四つん這いになりな」


 私が指を鳴らすと、山下は崩れるように四つん這いの姿勢になった。


 私は近づき、そのだらしない豚のような尻を思い切り手のひらで叩き上げた。


 パーン、という乾いた音が教室に響く。


 山下の情けない悲鳴が、耳の奥を心地よくくすぐった。


 しばらく思いつくままに平手を浴びせ、スマホのカメラで記念撮影をする。


 床に這いつくばる山下の顔面をローファーの底で踏みつけている時、ふと視線を感じた。


 山下の目が、下から食い入るように私のスカートの中を覗き込んでいたのだ。


 気持ち悪いとは微塵も思わなかった。


 むしろ、これでこいつは更に私の言うことを何でも聞くようになるだろう。


 その欲望に塗れた変な顔のドアップを、私は笑いながら写真に収めた。


 ひとしきりいじめを堪能した帰り道、私は歩きながら写真フォルダを開いた。


 なかなかよく撮れている。


 スワイプしていくと、あの見覚えのない不気味な写真がまた増えていることに気がついた。


 次は、見知らぬ女が裸にされて泣き叫んでいる写真だった。


 私が今日やったことと被っていて、なんだかあんまり面白くない。


 もう一枚、新しい写真があった。


 あの無表情な男が、一人の男を無理やり土下座させている構図だ。


 こんなの、今更つまんない。


 そう思って画面を閉じようとした時、私の指先がピタリと止まった。


 写真を拡大し、無表情な男の顔を覗き込む。


 口の端が、不自然なほど吊り上がっている。


 あの無表情な男が、ひび割れたような顔でニヤリと笑っていたのだ。


 人間の筋肉の動きとは思えない、歪で、底知れない悪意だけを煮詰めたような笑み。


 薄気味悪さが、足元からじわじわと這い上がってくるのを感じた。


 その時、画面の上部に通知のバナーが降りてきた。


『オールしてて、寝てた』


 健太からの、間の抜けたメッセージだった。


「健太は、いらないかな」


 私は誰に聞かせるでもなくそう呟き、オレンジ色に染まった夕暮れの道を一人で歩き出した。



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