40.細山 翔太3
エアコンの送風音が、狭い車内に空しく響き続けている。
久しぶりに外の空気を吸った気がした。
パチンコ屋の広大な駐車場は、太陽の熱を吸い込んだアスファルトの匂いが充満している。
ハンドルを握る手に、じっとりと嫌な汗が滲んだ。
今日、母親から聞かされた言葉が、頭の中で渦巻いている。
昔の知り合いから辿った、親父の現在。
何かヤバいことをしくじり、本職の連中に命を狙われているらしい。
戸籍上はすでに死んだことにされ、今はどこかの橋の下でホームレスに紛れて生き延びている。
潜伏していそうなエリアの見当はついた。
だが、母親は血の気を引かせた顔で、何度も俺に釘を刺した。
生きていることがバレたり、過去に何があったかを探ろうとすれば、俺の命すら危ないのだと。
コンコン、と運転席の窓ガラスが硬い音を立てた。
思考の泥沼から引きずり出され、視線を向ける。
ガラスの向こうに、だらしない服を着た若い男が三人立っていた。
俺は無言でパワーウィンドウを下げ、ドアのロックを解除する。
「乗れ」
短く顎でしゃくると、男たちはぞろぞろと車内に乗り込んできた。
後部座席に二人、助手席に一人。
安い香水と汗の入り混じった、ひどく懐かしい匂いが鼻を突く。
「お久しぶりです、翔太さん」
助手席に座った男が、ヘラヘラと笑いながら頭を下げた。
「急にどうしたんすか、こんなところに呼び出して」
「ああ、俺よ」
俺はフロントガラスの先にある、陽炎の揺れるアスファルトを見つめたまま口を開いた。
「最近、呪われてな」
車内の空気が、一瞬だけピタリと止まった。
「は? 本気で言ってます?」
後部座席の男が、吹き出すのを堪えるような声を上げる。
「だからよ、お前ら俺の呪いをもらってくれねえか」
「いやいや、何の遊びっすか。海斗、お前がもらえよ」
「うるせえよ、健太。翔太さん、それ面白すぎです」
俺は男の言葉を無視して、ジーンズの尻ポケットに手を突っ込んだ。
くしゃくしゃになった薄茶色の封筒を引きずり出す。
「ある音を聞いてもらうだけだ」
封筒の口を逆さにし、中身を乱暴に振り落とした。
「そしたら、この中身やるよ」
束になった一万円札が、センターコンソールの上にパラパラと散らばる。
母親に渡した生活費と、目の前のこの金。
これで、勇気から呪いの調査として受け取ったバイト代はほとんど底をつく。
だが、今はそんなことはどうでもよかった。
「え、これ本当に……」
助手席の男の目が、コンソール上の札束に釘付けになっている。
生唾を飲み込む音が、静かな車内にはっきりと響いた。
「よくわかんねえけど、くれるなら聞きます」
欲望にまみれた浅ましい顔を見て、俺は短く鼻で笑った。
スマホを取り出し、黒い画面をタップする。
無機質で、ひどく不快なあの着信音が二回、密室の車内に響き渡った。
男たちは不思議そうな顔をして、スマホから流れる音にじっと耳を傾けている。
音が鳴り止むのを待ち、俺は自分の写真フォルダを開いた。
そこに並んでいた不気味な写真が、目の前で三枚、すっと消滅するのを確認する。
「よし、もういいぞ」
俺は画面を消し、スマホをコンソールに放り投げた。
「金を取って、さっさと降りろ」
男たちは我先にと一万円札を鷲掴みにし、逃げるように車から転がり出た。
バタン、バタンとドアが閉まる音が連続して響く。
再び静寂を取り戻した車内で、俺はシートに深く背中を預けた。
サイドブレーキを下ろし、シフトレバーを握り込む。
「さて、オヤジの顔を見に行くか」
低く呟いた声は、エンジンの唸り声にかき消されていった。




