33.保科 勇気5
玲奈との電話を切り、薄暗い廊下で深く息を吐き出した。
壁に寄りかかったまま、冷たいコンクリートの感触を背中に感じる。
手がかりがなさすぎる。
それに有紀ちゃんのことをどうしようか。
田中のおじさんとの約束破ってることになるよな。
でも、それを報告する?
いや、恐ろしすぎる。
あの子は、もう絶対に関わらせない。
うん、それで大丈夫なはずだ。
乾いた喉を鳴らして唾を飲み込み、リビングへと戻った。
「ちょっと聞きたいんだが。この不思議な呪いについて、詳しくね」
ソファに座っていた父が、穏やかな声で俺を迎え入れた。
父の片手にあるスマホの液晶画面が、部屋の中で青白く光っている。
父はニコニコと笑いながら、その画面をこちらへ向けた。
そこには、新しく増えた顔のない男の写真がはっきりと写し出されていた。
すでに父も呪いの当事者だ。
俺は重い足取りで向かいの椅子に腰を下ろし、これまでに知り得た呪いのルールや経緯をすべて話した。
父は時折うんうんと深く頷きながら、俺の話にじっと耳を傾けていた。
まるで、出来のいい推理小説でも読み解くかのように、淡々と考察を始める。
「最初に落ちていた携帯を拾って感染した時、勇気の携帯には呪いの写真があったのかな?」
「え、どうだったかな」
記憶の糸を必死に手繰り寄せる。
「なかった気もするけど……あの時は意識してなくて、よく覚えてないな」
「死んだ人の携帯から、写真は移っていたのかな」
「いや。花音の携帯から風花さんが感染したはずだけど、花音の携帯には八枚の写真が残ったままだった」
「前は八枚で死ぬと言っていたね」
父は顎に手を当てて、虚空を見つめた。
「とするなら、死んだ人の携帯から感染した場合、写真は移動していない。それなら最初は写真はない可能性が高いね」
「そう……なのかな」
「この呪い……まあ、それがあるとして」
父の眼鏡の奥の目が、鋭く光った。
「明確なルールがある。いじめの再現だね。指名が一度に二人までというのも、そういうことだろう」
いじめの再現。
「勇気が全ての携帯を壊すというのは、確かに一つの手だけど。今壊してはだめなのかな」
「それはもう試したんだ。新しい携帯を買ったら、すぐにそこに写真が現れた」
俺はテーブルの上に置いた、自分のスマホを指差した。
「そのせいで急いで買う羽目になって、この金色のダサいケースしかなくて……まあ、そんなことはいいんだけど」
「それもなかなかかっこいいと思うよ」
父はふふっと笑い、すぐに真顔に戻った。
「そうか。それで全ての携帯を集めて、同時に壊すわけか」
「どう思う?」
すがるような気持ちで問いかける。
「可能性はあるだろうけどね」
父の声は、命の危機に瀕しているとは思えないほど冷静だった。
「同じくらい、だめな可能性もあると思うよ」
容赦のない客観的な意見に、俺は深く肩を落とした。
「ただ、その元凶の……橋田だったね。
その人の携帯は、他の携帯とは違う機能がある。それを壊すのはどうだろう」
「アドレス帳に、感染した持ち主の名前が出るんだ。それを先に壊すと、誰が感染したか分からなくなって携帯が集められなくなる」
「だから全部まとめて壊すということだね」
父は楽しげに指先でテーブルを叩いた。
「もしかしたら、その橋田という人間が何を望み、何を嫌がるのか。そこが鍵になるかもしれないね」
「そうはいっても、これ以上の情報は俺には……」
「よし、探偵を雇おう」
父はポンと手を叩き、顔をほころばせた。
「ちょっと、楽しくなってきたね」
我が子に死の呪いが迫り、自らの余命も削られているというのに……
「こういうところはよく似た親子よね」
ため息交じりに放たれた母の言葉を理解できなかった。




