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呪音の連鎖 ―写真が八枚になったらもう終わり―  作者:
第二部

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32.細山 翔太2

 色褪せた安アパートの畳に、背中をべったりと預けて天井のシミを見上げていた。


 勇気に電話をしてから、家でゴロゴロと無為に過ごす毎日だ。


 スマホのフォルダには、不気味な写真が四枚に増えている。


 あと少しで死ぬかもしれないというのに、不思議とそれ自体はあまり気にしていなかった。


 それよりも、頭の奥底にへばりついて離れないものがある。


 吉田俊二。


 隣の部屋から、重い襖がガラリと開く音がした。


「……おはよう」


 母が起きてきた。


「翔太、お腹すいた」


 気怠そうな足音が台所へ向かうのを聞きながら、俺は短く舌打ちをして畳から体を起こした。


 狭い台所に立ち、フライパンに油を引く。


 ジューという音を立てて手際よくハムを焼き、卵を落として目玉焼きを作る。


 昨日の残りの味噌汁に火をつけ、トーストを焼いて小さなテーブルに無造作に並べた。


 水で顔を洗ってきた母は、寝癖のついた髪のままテーブルについた。


 ハムエッグを箸でつつきながら、前日に店に来た客の愚痴を、ツンとくる酒臭い息に混ぜて吐き出し始める。


 それをまともに聞くでもなく、俺は再び畳に寝転がってタバコに火をつけた。


 煙が、ぬるい空気の中で淀む。


 水商売をしながら、女手一つでここまで育ててくれた。


 感謝はしている。


 だからこそ、ずっと聞きづらかった。


「翔太、最近機嫌悪いよねぇ」


 トーストをかじる音の合間に、不意に母がこっちを見た。


「そんなんじゃねえよ」


「ほら、機嫌悪い」


 母が面白そうに目を細める。


 タバコの灰を空き缶に落とし、俺は天井から視線を外さずに口を開いた。


「あのよー……」


「なに? 言いたいことがあるなら言いなよ。気持ち悪いよ」


「吉田俊二」


 その名前を口にした瞬間、背後でカチャリと箸の止まる音がした。


「ん、父親のことが聞きたいの?」


 母のトーンが、わずかに低くなる。


 俺は黙ったまま、短くなったタバコの煙をゆっくりと吐き出した。


「まあ、あんたももう成人もしたわけだし」


 背中で、椅子が軋む音がした。


「気になるなら教えるよ。何が聞きたい?」


「生きてるのか?」


「どうだろうね」


 母は少し考えるように間を空けた。


「翔太が三歳くらいの時だったかな。ふらっと家を出て、帰ってこなくてそれっきり」


「え、それだけかよ」


「チンピラだったからね。そもそも籍もいれてないし」


 母の声には、恨みや悲しみよりも、乾いた諦めのようなものが混じっていた。


「ほかの女のところに行ったのか、それとも何かヤバいことでもしくじったのか」


「何だよそれ」


「若かったし、バカだったんだよ。あの人も私もね」


 母はカラカラと、わざとらしく明るい声で笑った。


 その笑い声が、狭い部屋の壁にぶつかって落ちる。


「それでも、翔太がいたのは」


 不意に、母の声が小さく、柔らかくなった。


「私にとっては、良かったね」


「へっ、何だよ」


「照れなくていいだろ」


 俺はタバコの火を強めに押し消し、身をよじって母の方へ顔を向けた。


「会う方法はないかな」


 母は少し驚いたように目を瞬かせた。


「会いたいのかい」


 腕を組み、記憶の底を探るように虚空を見つめる。


「そうだねえ……あの頃の仲間に聞いてみようか?」


「まあ、どっちでもいいよ」


 俺は再び天井に目を向け、寝返りを打った。




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