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呪音の連鎖 ―写真が八枚になったらもう終わり―  作者:
第二部

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30.保科 勇気3

 有紀ちゃんと別れ、近くの駐車場に停めてあった軽自動車に乗り込んだ。


 むわっとした熱気が顔にまとわりつく。


 キーを回してエンジンをかけ、窓を全開にして走り出した。


 どうしても足が必要になり、慌てて中古で買った車だ。


 エアコンの送風口からは生ぬるい風が吐き出されるだけで、安かったということ以外に長所は一つもない。


 だが、今はそれで構わなかった。


 どちらにしろ、呪いが終わるまでの短い付き合いになる。


 肌を焼くような西日の中を走り抜け、アパートの近くに車を停めた。


 慎重に周囲を確認しながら、自分の部屋へと歩く。


 もちろん、両手にはあの白い布をしっかりと抱え込んでいた。


 すれ違う人の視線や、手に持っているスマートフォンに細心の注意を払う。


 運良く布を被るような事態にはならず、無事に玄関のドアまでたどり着いた。


 ノブを回すと、鍵が開いている。


 中に入ると、狭い三和土に母の見慣れた靴が揃えられていた。


 また、勝手に入ってる。


 ため息をつきかけた俺の視線が、その隣に並んでいるもう一足の靴で止まった。


 すり減った、大きな革靴。


 部屋の奥へ進むと、洗剤の匂いがするリビングに父と母がいた。


「汚いから掃除してあげたわよ」


 振り返った母が、悪びれる様子もなく言う。


「勝手に入るなよ」


「あら、引っ越しも生活費も援助してあげてるのに、ひどい言い方」


「わかったよ、いつもありがとう。……それにしても」


 俺は抱えていた布をテーブルに置き、もう一人の訪問者に向き直った。


「父さん、珍しいね」


 父は、目尻にシワを寄せてニコニコと笑っていた。


「母さんがすごく心配しているからね。様子を見に来たんだよ」


 いつもと変わらない、穏やかな声だった。


 昔から自己主張などせず、ただ静かに俺と母さんを見守るように生きている人だ。


「勇気、母さんの話は信じがたいことなんだけどね」


 父が一歩、俺の方へ近づいてきた。


「その音? 聞かせてごらん」


「はあ?」


 俺は反射的に後ずさった。


「そんなことしたら、父さんたちまで呪われちまう」


「呪いなんて本当は信じられないんだけどね」


 父の穏やかな声に、微かな、けれど決して曲がらない芯のような強さが混じった。


「本当にそれがあるなら、私は勇気を先に死なせるつもりはないんだよ」


 母の方を見ると、何も言わずにじっと俺を見つめている。


 全てを父に任せているようだった。


「でも……」


「枚数が増えると良くないと聞いた。減らせれば、動きもとりやすいだろう」


 父が俺の肩に手を置いた。


「それに勇気が解決するつもりなんだろう。私はそれを待つよ」


「父さん……でも、失敗したら」


「勇気、私は君の父親だ」


 その真っ直ぐな言葉に、胸の奥が熱く締め付けられた。


 呪いを移す。


 許されるはずのない行為、それでも父は俺が守られることを当たり前だと強く示してくれている。


 視界が歪み、俺はいつの間にか頬を伝っていた涙を手の甲で乱暴に拭った。


「ありがとう……必ず解決してみせる」


 俺はポケットからスマホを取り出し、画面を操作した。


 不快な電子音が、掃除されたばかりの部屋に鳴り響く。


 親の命を削る、忌まわしい音。


「写真に撮られると呪いが進む。本当に気をつけてほしい」


 音を止めた俺が言うと、父と母は自分のスマホの画面を確認しながら、静かに頷いた。


 その直後、俺のスマホが震え出した。


 画面には、登録のない電話番号が表示されている。


 通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。


「もしもし」


『……もしもし、勇気さんの電話でしょうか』


 スマホの向こうから、ひどく震える、疲れ切った少女の声が聞こえてきた。


『北島玲奈といいます』



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