29.北島 玲奈9
いつもよりも、ずっと遅い時間に目が覚めた。
重い。
深く暗い場所に、重いイカリが心を留めているようだった。
碧の事があって、サッカー部の練習は自由参加となっていた。
リビングに降りると、両親が腫れ物に触るような気遣わしげな視線を向けてきた。
味のしないトーストを無理やり胃に流し込み、自分の部屋でぼんやりと壁を見つめる。
瞬きをするたびに、碧の顔が浮かんでは視界が滲んだ。
だめだ、こんなところに一人でいたら狂ってしまう。
私は乱暴に涙を拭い、スパイクが入ったバッグを肩に担いだ。
背中にかかる両親の心配そうな声に、「大丈夫」とだけ短く返して家を飛び出す。
焼け付くような日差しのグラウンドに着くと、みんなは練習をしていた。
私を見つけた監督が、静かに歩み寄ってくる。
「……無理だけはするなよ」
ぽん、と軽く肩を叩かれる。
私は無言で頷き、がむしゃらにグラウンドを走り回った。
パスを出す瞬間、いつも右サイドを駆け上がっていた碧の姿を探してしまう。
その度に胸が張り裂けそうになったが、私はただひたすらに目の前のボールだけを追いかけた。
全身から滝のように汗が吹き出し、息が激しく乱れる。
練習が終わる頃には、空は薄暗いオレンジ色に染まっていた。
悲しみが消えるわけじゃない。
でも、夢中になってボールを追えば大丈夫だった。
私はこれからもサッカーを続けるんだ。
碧の分まで。
荒い息を吐きながら、強く拳を握りしめた。
水道で顔を洗い、帰り支度をして校門に向かう途中だった。
「玲奈」
声に振り返ると、夏のお別れサッカーで引退したばかりの三年生の先輩が立っていた。
「どうしたんですか?」
「地獄の勉強の息抜きにね」
先輩は、日に焼けた顔で優しく微笑んだ。
短い間だったけれど、入部したばかりの頃から本当によく面倒を見てくれた人だ。
「そうだ、写真撮ろうよ。二人で」
その何気ない一言が、私に忌まわしい写真を思い出させる。
どうしよう。
声を出せずに立ち尽くしている間に、事態は勝手に進んでいく。
「誰か、写真撮ってー!」
先輩の明るい声に反応し、通りかかった二年生の先輩がスマホのレンズをこちらに向けた。
お世話になった先輩からの、最後の思い出作り。
こんな状況で、写真を撮られたくないなんて断れるわけがない。
私は引きつる頬の筋肉を無理やり動かし、レンズに向かって目一杯の笑顔を作った。
「玲奈、いい笑顔。もう一枚いくねー」
その陽気な掛け声の瞬間、私の顔から完全に血の気が失せた。
「玲奈、今度は変な顔ー」
カシャ。
無機質な電子音が、容赦なく鳴り響く。
「ありがとう! あとで送るね!」
無邪気に手を振る先輩たちに曖昧な会釈だけを返し、私は逃げるようにその場を離れた。
薄暗い通学路の角を曲がったところで、震える手で自分のスマホを取り出す。
写真のフォルダを開く。
息が止まった。
私のスマホの中に新しい写真が二枚増えていた。
一枚は、作り笑いとは違う、満面の笑みを浮かべている私の顔。
もう一枚は、服を剥ぎ取られたような私の裸の姿だった。
合計、四枚。
碧の死を知っても、どこか映画の出来事のように現実感が伴わなかった呪いの存在。
それが今、背後で得体のしれないものが蠢いているような恐怖となって、心臓を締め付けていた。
本当に、こんなことで死ぬの?
全身を覆う熱い汗が、急激に氷水のように冷たく感じられる。
画面の上部に通知のポップアップが表示されているのに気がつく。
見知らぬ番号からの着信履歴と、一通の短いメッセージ。
『勇気君と連絡が取れました。この番号に掛けてください』




